第9話 三人目の仲間
ナヴィドとシアバッシュの二人は練習場に突っ伏していた。荒い息を吐くだけで立ち上がる気力もない。リーンリアは二人の前で涼しい顔をして、わずかにかいた汗を拭っていた。
「ふむ、確かにシアバッシュの方が強いな」
「わかって、もらえた、ようで、なによりだ」
息も絶え絶えにナヴィドは答えた。リーンリアを納得させるために、乱取り稽古を行って、二人ともコテンパンにやられたところだった。
「この女、何で、こんなに、強いんだよ!」
シアバッシュが小声でナヴィドに話しかけてきた。
「俺たちとは、鍛え方が、違うんだ」
「二人、がかりだぞ、化け物か?!」
「よせよ、後で、もっと、しごかれるぞ」
予期せぬ形にはなったが、リーンリアの実力をお披露目することになり、シアバッシュにも彼女の強さは十分伝わったようだ。多少、怯えた目をしているが、これで分隊メンバーが一人増えることになった。シアバッシュが他の分隊から勧誘されなかった問題は、まだ解決の糸口さえ見えていないが、取り敢えず一歩前進だと、ナヴィドは前向きに捉えた。
「さて、分隊メンバーも三人になったことだし、残りのメンバーを集めたいところだな」
教室に戻ったナヴィドはリーンリアとシアバッシュに話しかけた。
「後は、どの役割が足りないんだ?」
興味津々なリーンリアと聞き流しているシアバッシュにはかなり温度差があった。
「攻撃役と回復役だな。支援役は俺がやろう」
「それじゃ、攻撃と回復だな。誰かまだ分隊に入っていない問題のありそうな者がいるか?」
――まるで問題児を集めているみたいじゃないか。人聞きの悪いことを言わないで欲しい。
「シアバッシュ、誰か心当たりはないか?」
我関せずといった態で頬杖をついて、明後日の方向を見ているシアバッシュに話を振った。
「その前に、お前たちの目的を聞いておきたい。オレたちの分隊がどこを目指すのか、な」
シアバッシュは視線を向けていなかったが、話は聞いていたようだ。
――コイツ、オレたちの分隊って言ったぞ。意外にちょろいんじゃないか?
「私はこの国で生きるために自分の有用性を証明し続けなければならない。同じ分隊に入ったからには、少しでも大きな戦果を得るために尽力しよう」
リーンリアの答えはシンプルだ。王国軍に入れば10人が10人とも似たような答えを返すだろう。だが、突出した力を見せつけられた後では、受ける印象は違ってくる。大きな戦果が局地的なものであっても、リーンリアが影響を与えることは確実だからだ。
「俺は奪還作戦に参加したい。あの作戦に参加できるのは一握りの精鋭たちだ。今の俺の実力では無理だが、分隊としてなら可能性があると思っている」
ナヴィドは分隊に寄生して出世したいわけではない。だが、どんなことをしても奪還作戦に参加したいのだ。その理由は極めて個人的なものだった。
シアバッシュは口の端を歪めて不敵な笑みを浮かべた。
「いいねえ、そういうギラギラしたのは嫌いじゃねえ。みんなで生き残るために少しでも強いメンバーで固めようだの、実家から王国軍での実績を求められているだの、そういう温いこと言っている輩には飽き飽きしてたんだ」
「シアバッシュの目的はなんなんだ?」
「オレの答えは決まっている。この戦争を終わらせるためだ」
シアバッシュは強い意志を感じさせる睨み付けるような目で言い放った。
――おっとシアバッシュは英雄志向だったのか。周りとの温度差にやられた口だな。
食い詰めて軍学校に来た奴らは高い理想に付いていけず、魔族に恨みを持つ者は高い実力に付いていけない。シアバッシュが周囲と折り合いをつけるような器用さを持っていればそうはならなかっただろうが、彼は孤高を貫いたが故に孤立を深めてしまっていた。ナヴィドはシアバッシュが抱える問題の一端を垣間見た気がした。
「そういうことなら俺たちは手を取り合えるだろう? よろしく頼むぜ」
「わかっているよ。少なくとも邪魔はしねえ」
シアバッシュはナヴィドが差し出した手を軽く叩いた。
「それで誰か心当たりはないのか?」
「そういうことは、お前の方が詳しいだろうが」
シアバッシュは苦手なことを隠そうともせず、不愛想に言い放った。。
「シアバッシュには友と呼べる者はいないのか?」
リーンリアのストレートな問いに、シアバッシュが何とも言えない嫌な顔をしてナヴィドに助けを求めた。
「気になっている奴ぐらいでいいんだよ。コイツは思ったよりやりそうだとか」
ナヴィドはシアバッシュに助け舟を出した。リーンリアとの相性はかなり悪そうだ。分隊として先行きの不安は残るが、今は脇に置いておく。
「あー、そういうことなら、あのチビの回復役がいいんじゃねえか?」
「……お前から見たらみんなチビなんだよ。もう少し情報をくれないか」
「赤毛のちっせえのに結構、胸のデカい女だ」
――おい、リーンリアから睨まれているぞ。言葉には気を付けてくれ。
「ヴィーダか?」
「そいつだ! 盾役をやっていればわかるんだが、欲しいときに回復が飛んでくる。滅茶苦茶タイミングがいいんだよ」
ナヴィドも一緒に組んだことがあったが、そこまでヴィーダの実力が高いとは思わなかった。だが、シアバッシュが評価するならかなり期待が持てそうだ。問題はヴィーダが他の分隊から勧誘されていない理由だろう。
「テンパるところが誘われない原因か」
「それな。普段は問題ないんだが、自分に危険が及ぶと、動けなくなって分隊に死人が出る。模擬戦ではよく狙われているぜ」
シアバッシュは大した問題じゃないと言わんばかりの口調だが、回復役としては致命的とも言える短所だ。しかし、実際に一度組んでみないと、問題の本質はわからない。
「一度、声をかけてみるか。向こうが入ってくれるかどうかも、わからないしな」
「ふむ、私は構わないぞ」
リーンリアは相変わらず分隊メンバーの人選をナヴィドに任せっきりだ。よくわかりもせずに変に自己主張をされても困るが、後で不満を言われても困る。
――まあ、リーンリアは誰と組んでもマイペースっぽいけどな。
「それじゃ、明日、ヴィーダに声をかけてみるよ。放課後に練習場に集まってくれ」
教室に残っていたヴィーダを見つけたナヴィドは、前の席に座って声をかけた。
「ヴィーダ、ちょっと話があるんだが、今、構わないか?」
「はい、何でしょうか?」
ヴィーダは首を少し傾けて返事を返した。襟首までかかる赤毛が揺れて、絹糸のように光を反射する。軍装を押し上げる胸はかなり窮屈そうに見え、ナヴィドは目を奪われそうになるのを必死で押し止めた。
「俺たちで分隊を組むことになって、メンバーを集めているんだ。キミも入ってくれないか?」
「えっ、えーっと、わたしですか?」
ヴィーダの目が泳ぎ始めた。ヴィーダにとって予想外の話だったようだ。即答するほど話に乗って来る様子もない。
「ヴィーダはもう分隊に入っているのか?」
「いえ、まだだけど……」
「それなら、試してみるぐらい構わないだろう? 俺たちのことも知ってもらいたいからな」
ナヴィドは少し強引にヴィーダに誘いをかけた。優柔不断なタイプなら相手の返事を待っていても時間がかかるだけだ。
「嫌です。お断りします」
ヴィーダから予想外にきっぱりとした拒絶の言葉が出て、ナヴィドは狼狽えた。
「理由を聞かせてもらってもいいか?」
「ナヴィドくんと一緒の分隊には入りたくないんです」
――おい、俺、彼女に何かしでかしたのか?!