第7話 新たな門出
「リーンリアです。みなさん、よろしくお願いします。」
教官の紹介を受けてリーンリアが挨拶すると、教室内がざわめいた。2年生の半ばを過ぎた中途半端な時期に編入してくる学生など、何か事情を抱えているに違いない。おまけに外見が美少女とくれば、ここに来た理由を知りたくなるのは人の性だろう。
ナヴィドは一見してリーンリアの出自がバレなかったことに胸をなでおろしていた。先端を切り落とした耳は肩にかかる髪に隠れて自然に見えている。
リーンリアは早速クラスでも積極的な生徒たちに囲まれて根掘り葉掘り質問を受けていた。夜遅くまで覚え込ませたカバーストーリーを逸脱しない程度のアドリブを交えてリーンリアはにこやかに受け答えをしている。両親を亡くして遠縁の将軍を頼ってきた天涯孤独の少女との設定は悪くなかった。それほど特権を享受しておらず、適度に同情を引く境遇だ。周囲からの妬みは買わないだろう。
「ナヴィド、一緒にお昼ご飯を食べないか?」
昼休みになってリーンリアが声をかけてきた。周囲の視線がナヴィドに集まる。男子生徒は射殺さんばかりの強い視線だ。何故、お前が新入生と一緒に食事をするほど仲良くなっているとの疑問はナヴィドにも痛いほどわかる。
――くそっ、リーンリアに釘を刺すのを忘れていた。俺が妬みの対象になってるじゃないか。
ナヴィドは騒ぎが大きくならない内に、リーンリアを連れてさっさと食堂に向かった。
「リーンリア、俺とは初対面の設定だっただろうが。初対面で飯に誘う奴がいるか?」
「そう怒るな。ちょっと心細かったんだ。一緒にご飯を食べるぐらいいいじゃないか」
「お前は黙っていれば美少女なんだ。一緒にいると、俺が妬まれるんだよ」
「黙っていればとは酷い言い草だな。ナヴィドだって口を開けば、数倍は人が悪いぞ」
リーンリアが頬を膨らませて明後日の方向を向いた。こういう子供っぽい仕草を見ている分には飽きない。ナヴィドは苦笑しながら軍学校の慣習について説明し始めた。
「軍学校に在籍している間、俺たちは気の合った者同士で分隊を作ることになる」
「自分たちで分隊を、か?」
「大昔に冒険者たちがパーティを組んでいた名残だ。5人1組が部隊の最小単にになっている」
「ふむ、なかなか面白い制度だな」
「そんなわけで、誰もがクラスから浮くことを極端に恐れている。一緒に組んでくれなくなるからな」
「なんだか途端に窮屈な制度に感じてきたぞ」
リーンリアは嫌なことを聞いたと言わんばかりに眉をひそめた。
「大方は成績優秀者から順番に組んでいく。皆、死にたくはないからな。少しでも強い分隊に入りたがる。リーンリアも実力が認められれば、引く手あまたって感じだ」
「ナヴィドはもう分隊を組んでいるのか?」
「俺の実力は知っているだろう、平々凡々だ。勧誘がかかるのはもっと後になるよ」
そう言ってナヴィドは肩をすくめて見せた。
「よし、それなら、私と分隊を組んでくれ」
「おい、話を聞いていたのか? リーンリアの実力は俺が一番よく知っているんだぞ」
ナヴィドの異議をリーンリアは涼しい顔で聞き流した。
「なにも実力の近い者同士が組むことが、決められているわけじゃないんだろう?」
「それはそうだが……」
「私は実力よりも、背中を任せられる信頼できる相棒が一緒の方がいい」
リーンリアは真っ直ぐな瞳でナヴィドを見つめた。気恥ずかしくなったナヴィドの方が先に視線を外した。
――ああ、こういう殺し文句は愛の囁きで使って欲しいもんだ。
「わかった、一緒に分隊を組もう」
ナヴィドは降参だとばかりに両手を肩まで上げた。
「ふふふ、頼んだぞ、隊長!」
リーンリアの思惑通りに事が進むのは、癪に障るところもあるが、ナヴィドにとっても悪い話ではなかった。
「そう決まれば、取り敢えず分隊メンバーの勧誘からだな」
「クラスの皆はもう分隊を組んでいるのか?」
「成績優秀者や仲のいい奴らは組んでいるな。まあ、まだ四分の一といったところだ」
「それなら、メンバーも集められそうだな」
ナヴィドは楽観的なリーンリアを見てため息をついた。事はそう単純ではない。試験結果が公開されているため、生徒の実力は周知の事実だ。水面下ではメンバーの勧誘が熾烈を極めているだろう。残っているのは実力不足か、何か問題を抱えているかだ。
「俺たちは実力差がある。分隊メンバーは実力よりもバランスで決めた方がいいと思っている」
「いいぞ、異論はない」
「リーンリアは遊撃だ、分隊の攻撃力を担うだけに、ここは外せない。俺は盾を使うナイトをやっているが、通常は最も実力のある者が壁役をやった方が良い。誰か適任がいれば譲ろう」
「他の役割にはどんなものがあるんだ?」
「もう一人、攻撃役が欲しいな。後はセオリー通りなら支援役と回復役かな」
「ふむう、誰かアテはないのか?」
「アテか……」
残っている成績優秀者から探すのであれば、抱えている問題を解決する必要があるだろう。実力不足の場合はこれからの伸びしろと、組んでいけるかどうか人柄次第の部分がある。どちらも一長一短だ。
「実力の確かな問題児ならいる」
「そいつは何が問題なんだ?」
「とにかく口が悪い。アイツからは文句以外の言葉を聞いたことがない。話していると生気が失われていく」
リーンリアの期待に満ちた顔が曇りを通り越して無表情になった。
「……問題児ってレベルじゃないように感じるが」
「だが、壁役として腕はピカイチだ。マナの量もかなり高く、立ち回りも安定している」
「ナヴィドなら扱いきれるのか?」
「いや、まったく自信はないが、試してみる価値はあるだろう。アイツ自身の問題もよく知らないからな」
「そういうことなら私は賛成だ。可能性はゼロではないだろう」
リーンリアはナヴィドに任せたと言わんばかりに無責任な物言いで賛同した。
――分隊で一緒に戦う仲間なんだからな。他人事だと思ったら大間違いだぞ。
ナヴィドはリーンリアと話し合って、放課後に件の問題児を勧誘することにした。
ナヴィドの前に立っているのは黒髪の癖毛を無造作に伸ばし、親の仇を見るような目つきをした男だ。上背はナヴィドよりも少し高く、しなやかな筋肉を携えている。
「オレに用があるって聞いたが?」
奈落の底から響くような低く威圧感のある声だ。声だけで圧倒されたナヴィドはすでに回れ右をして帰りたい気持ちでいっぱいだった。
「分隊に勧誘をしたいと思ってな」
「お前が、オレを、か?」
男はナヴィドを指差して、次に自分を親指で指した。
「そうだ。俺とリーンリアの二人で分隊を作った。今、メンバーを集めている」
ナヴィドは男から目を逸らさずに話を続けた。
「ハッ、笑わせるぜ。お前の成績じゃ、クラスで10位にも入っていないじゃねえか。それにこっちの女は転入したばかりで実力もわからねえ」
「リーンリアの実力は俺が保障する」
「だから、お前の保証なんてアテにならねえんだよ!」
男は言葉を叩きつけるように言い放った。
「それじゃ、試してみればいいだろう?」
「なんだ、俺と戦いたいって言うのか?」
「そう聞こえなかったか? まさかここで逃げるつもりはないよな?」
「言うじゃねえか。そのケンカ、買ってやるよ。精々、女の後ろで旗振り役でも努めろよ」
「いや、相手は俺がする」
男の鋭い目つきが初めて驚きで丸くなった。
「バカか?! 勝負にならねえよ」
「一本勝負だ。俺が勝てば分隊に入ってくれ、お前が勝てば学食でおごってやる」
男はナヴィドが本気で言っていることを感じ取って姿勢を正した。
「まあ、バカは嫌いじゃねえ。相手してやるよ」