第62話 成長の証
十分な休息と練習期間を経て、ナヴィドたちの分隊はランク戦に登録した。すぐに次の対戦カードが発表される。現在の序列は228位。この試合に勝てば100位代に上がれるだろう。ナヴィドたちのモチベーションも上がっていた。
「今日の相手は210位と217位だ。資料には目を通してくれたか?」
あらかじめ調べておいた対戦相手の情報をまとめた資料を手に、ナヴィドは分隊メンバーを見渡した。
「一通り目は通している。が、いつになく細かいな」
リーンリアは分厚い資料の束をめくりながら眉をひそめた。
「ああ、先ずは敵を知ることだ。俺たちは序列を駆け上がっている。毎回、対戦相手は初見になることが多いからな」
「覚えきれるか、心配」
机に突っ伏したオルテギハは不安を口にした。
「試験はもうすぐだ。落第はランク戦での死と考えれば、少しは覚える気になるんじゃないか」
「わかってる、覚えないとは言ってない」
ナヴィドの脅しが利いたのかオルテギハはもう一度資料と格闘し始めた。
「ナヴィドくん、このナイトって」
「お、ヴィーダ、気付いたか。流石ヒーラーだな」
ナヴィドは自分が気になった情報にヴィーダも気付いたことが嬉しく思った。
「もう、茶化さないでください。それよりもリーンなら相性がいいんじゃないかな?」
「そうだ、こいつにリーンを当てない手はない」
上手くいけば短時間で相手を無力化できる。ナヴィドは捕らぬ狸の皮算用を思い描いてにやにやと気味の悪い笑顔を浮かべた。
「オレの相手はこいつらか。前のボウガン使いみたいな変わり種はいなさそうだな」
シアバッシュは前回の戦いで盾ごと被弾して真っ先に離脱したことを気にしていた。あんな変則的なアタッカーが何人もいても困るが、調査不足がもろに影響したケースだろう。
「今回は正統派のアタッカーばかりだ。その分、実力も折り紙付きだが」
「なら相手にとって不足はないな」
拳を手で受け止めて気合を入れるシアバッシュの姿は護るというより倒しに行く雰囲気だ。
「試合は明日の放課後だ。みんな気合入れて行くぞ!」
みんなから思い思いの返事が返ってきたが、反応は悪くない。ナヴィドは少しだけ肩の荷が下りた気分だ。なにせ分隊メンバーだけでなく、自分の課題も解決しなければならない。戦力的には一番足を引っ張っているだけに自分が伸びた分だけ全体の底上げになる。真っ先に取り組まなければならない問題でもあった。
――俺には何かに特化できるほどの能力はない。なら器用貧乏を極めてもいいか。
次の日の放課後、闘技場にはランク戦を戦う3組の分隊が顔を揃えていた。試合開始を今か今かと待ち構えている。どの顔も自信に満ち溢れていた。自分たちの勝利を疑っていないのは、これから起こる展開がある程度、読めているからでもある。
恐らく前回と同様にナヴィドたちの分隊は真っ先に狙われるだろう。これまで対戦相手から注目を浴びるだけの結果を残している。集中攻撃でナヴィドたちの分隊を倒せば、後は実力の拮抗した分隊同士の戦いだ。自分たちの分隊の勝利を疑わないのはある意味、仕方のないことだった。
――最初から負けることを考えて戦いに来る奴はいないよな。
試合開始の合図が闘技場に響き渡った。ナヴィドたちは左側の分隊に向かって走り出した。対戦相手が合流する前に各個撃破できれば、勝ち筋が見えてくる。逆に挟撃されてしまうと、勝つことは難しいだろう。毎度のことながら時間が問われる展開だった。
今回、ナヴィドの装備はかなり変則的だ。武器としては銃タイプだが、銃口の先に刺突用の小剣を備えている。両手で銃を扱えるように腕に固定した小型の盾も装備しており、緊急時の壁役も可能となっていた。近接、遠隔、防御の三役をそこそこにこなせる、なんとも欲張りな装備だ。もちろんそれぞれの装備を使いこなすことは一朝一夕では難しい。だが、ナヴィドは持ち前の器用さで実戦レベルまで練度を引き上げていた。
相手の部隊が目視できた時点でナヴィドは狙撃の体勢に入った。もちろんナヴィドの持っているマナの量では距離が遠すぎて攻撃が当たったとしても致命傷にならない。攻撃力の問題をナヴィドは他人のマナをあてにすることで解決した。
「ヴィーダ、頼んだ!」
「はいはい、シアバッシュさんは前に」
ヴィーダはナヴィドの肩に左手を置き、シアバッシュの背中に右手を当てた。3人のマナをナヴィドに集める。ドラゴンに傷を負わせた光弾に大量のマナを注ぎ込んだ上限突破の攻撃だ。前回は銃身が解けて使い物にならなくなったが、今回は許容量を大きく引き上げた銃に変えている。その分、全体的に重くなった銃は片手では扱えなくなった。
強い光が一瞬だけ辺りの景色の色を飛ばした。何もかもが真っ白な世界に塗り替えられる。遅れて一条の光が相手の分隊に向かって走った。切れそうな程、細い光の糸がナヴィドと対戦相手のナイトを繋ぐ。相手は攻撃を感知することも、盾を構える暇もなかった。
光が消えた後、そこには首のない身体だけが立ちすくんでいた。すぐに残った身体は塩の柱へと変わり果てた。
「な、何が起こった?!」
「バカな、攻撃だと、この距離でか?!」
相手の分隊は超遠距離からの狙撃でリーダーを失ったことで恐慌状態に陥った。兵士といえどもまだ経験の浅い学生だ。理解を越えた状況に対処が遅れたことを責めるのは酷な話だった。
間髪入れずリーンリアとオルテギハは相手の分隊に突っ込んだ。前衛を無視して後衛に肉薄すると、あっという間にヒーラーとソーサラーを葬り去る。残すは両手剣と槍を持った二人のアタッカーだけだ。最初の狙撃から100を数えるほどもかかっていない。
遅れて合流したナヴィドとシアバッシュが加勢すると、数的優位もあってそれほど苦にすることもなく、残りのアタッカーたちを排除した。
「マジかよ。シャレにならねえ強さだな、俺たち」
シアバッシュが5つの塩の山を前に感嘆の声を上げた。ことさら今までと違ったことをしているわけではないが、互いの歯車が噛み合うように動かした結果、とんでもないトルクが生み出されてしまったのだ。
「自画自賛は後にしろよ。まだ半分残っているんだぞ」
「わかってるって。ちっとは士気を上げるのに貢献しろよ」
シアバッシュは真面目腐った顔で警告するナヴィドを揶揄った。
こちらへ近づく分隊の姿が目視できた。すぐに接敵して戦闘になるだろう。少しでも戦力を削っておく頃合いだった。
「リーン、マナを借りるぞ」
「返すあてもないのに借りるのは良くないぞ、ナヴィド」
リーンリアの返答に苦笑しながらヴィーダはナヴィドとのパスを繋いでマナを集め始めた。
「お、おいこれってちょっと多過ぎるだろ?!」
「ちょっとどころじゃないマナを感じます……」
すぐにリーンリアから手を離せば最悪の事態は免れたはずだが、引き出そうとすればするほど溢れてくるマナを前にしてヴィーダの思考は停止した。
「うん、どうしたんだ。何が起こっている?!」
リーンリアから引き出されたマナは人が保有する量としては規格外だった。ナヴィドは自分から溢れそうになっているマナを押さえつけるのを諦め、狙いだけを定めて銃を撃った。光の帯が銃口から溢れると同時に銃身が熱に耐えきれず溶け出す。想定以上のマナが流れたことで新型銃の耐久度を上回ってしまったのだ。
のたうち荒れ狂う光の帯は相手の分隊に襲いかかった。先頭にいたアタッカーは瞬時に塩と化し、そのまま左右に陣取っていたアタッカーの二人も飲み込みこんで上半身を蒸発させた。
「前衛が一瞬で全滅かよ……」
「この手は封印だな。毎回、武器をおしゃかにするなんて、金がいくらあっても足りん」
ナヴィドは自分で稼いだ金をつぎ込んだ銃が一試合も終えることなく、修理に出さなければならない事態に目の前が暗くなった。同じことを続けていれば、修理代だけであっという間に破産だ。
ナヴィドはランク戦に勝利しても悲喜こもごもな状態だった。




