第61話 特別訓練
次の日の放課後、ナヴィドたちの分隊は訓練場に集まっていた。これからのランク戦に向け、新たな戦術を練習しに来たのだ。今までのランク戦から分隊の課題はある程度、わかっている。常に自分たちよりも多い敵と戦うことが強いられる状況で、ナヴィドたちの分隊は相手を倒すのに時間がかかり過ぎている。圧倒的な殲滅力が欠けていた。
「というわけで俺たちには殲滅力が足りない」
分隊を前にしたナヴィドは自分たちの課題を突き付けた。思考過程を省いて結果だけを提示されても、分隊メンバーは戸惑いを見せるだけで納得した様子はない。
「ってもよ。リーンリアとオルテギハの攻撃力は他の分隊と比べてもかなり高い方だろ?」
誰も返事を返そうとしないので、仕方なくシアバッシュがわかりきっている疑問を呈した。これまで戦ってきた分隊のアタッカーと比べて二人が見劣っているとは思えない。ナヴィドがどの部分を課題と思っているのか、認識をすり合わさなければならなかった。
「その通りだ。アタッカー陣が仕事をしていないわけじゃない」
ナヴィドもアタッカー陣にこれ以上の攻撃力を求めようとは思っていなかった。となれば、課題があるのは別の部分だ。
「オレとヴィーダに攻撃力を求められてもな」
「誰も二人の仕事を増やそうとは思っていないって」
シアバッシュは守りの要だし、ヴィーダは全体のケアを優先してもらう必要がある。下手に二人に攻撃力を求めて崩れてもらっても困る。
「んじゃ、お前の特訓のために呼んだのか?」
残るメンバーは支援役のナヴィドだけだ。これまでナヴィドは状況に応じて役割を変えつつ、指揮を執ってきた。攻撃力を上げる余地はあるだろう。だが、ナヴィドの問題はマナの保有量の少なさにある。生まれつき器に限界があるのだ。一朝一夕で何とかなる話ではなかった。
「まあ、それもあるんだが、分隊の連携でどうにかしたいってところだな」
「なるほど分隊の連携でか」
ようやく話がスタート地点に戻ってきた。
「シアバッシュ、ケンカで多勢に無勢の場合はどうする?」
「ケンカでか、それならまあ真っ先に頭を潰すな」
ケンカ慣れしているシアバッシュは経験から得た答えを即座に返した。
「囲まれた場合は?」
「狭いところまで逃げてから相手するかな」
一度に複数を相手取るには相応の実力差が必要になる。同等の強さを持つ相手と戦う場合、障害物でも何でもを利用して一対一に持ち込む工夫がなければ、勝つことは難しいだろう。
「まあ、そんなところだよな。同じことをランク戦でもやればいい」
「ホント簡単に言ってくれるぜ」
ナヴィドの無茶振りに辟易した顔をしたシアバッシュは肩をすくめてみせた。
「もちろん最初から上手くいくとは思っていないさ。何にしても基本は機動力だろうな。戦うべき時間と場所をこちらから選べるのは大きい」
自分が無茶を言っていることを自覚しているナヴィドも苦笑しながら説明を続けた。
「ということは何をするつもりだ?」
「そうだなまずは……」
「右後方に退くぞ!」
「了解だ!」
ナヴィドの指示に分隊メンバーが一斉に移動を開始した。この訓練を始めて既に100回を超えている。隊列はスタミナのない者から崩れ始めていた。
「……こ、これ、まだ続くんですか?」
「当り前だ。ランク戦の時間制限までは動き続ける体力を作ってもらう」
「ナヴィドくんは、鬼ですね……」
元々、体力のないヴィーダは動きについていくだけでやっとの状態だった。息も絶え絶えでいつ倒れてもおかしくない。
「シアバッシュなんて重い装備を着たまま走っているんだぞ。俺たちなんて軽い方だ」
もっとも不満を言いそうなシアバッシュが黙々と訓練を続けているのだ。軽装の二人が先に根を上げるなんて言語道断だろう。実際のところシアバッシュは文句を言う気力もなく、無言で訓練を続けていただけだったが。
「わかってますよ。わたしが一番、体力がないってことは」
本来、ナイトやヒーラーはあちこち走り回る必要がない。じっくり構えて定位置で迎え撃つのがセオリーだ。これまで兵士として最低限の体力はあっても訓練までして鍛えようとはしていなかった。
「よし、休憩しよう」
ナヴィドが訓練の終了を告げると、シアバッシュとヴィーダが地面に倒れ込んだ。荒い息を繰り返すだけで立ち上がる気力もないようだ。逆にアタッカー陣はいつも走り回っているためあまり疲れは見えない。リーンリアとオルテギハは帰りにどこか甘い物でも食べに行こうと、話し合っている。それを聞いているヴィーダは今にも吐きそうな青い顔をしていた。
「体力作りはすぐにできるものでもないしな。個別メニューでランニングでも増やそうか」
恨みがましい二人の目がナヴィドに注がれた。文句を言う気力は無くても、目は口程に物を言っている。
「ただ、走るのも飽きてくるんじゃないか?」
「ゲーム形式の方が、楽しいかも」
アタッカー陣はこの訓練を苦に思っていないので、色々とアイデアが出てくるが、後衛との温度差が凄まじい。最早、シアバッシュとヴィーダの目に光がない。どこか虚ろな表情でぶつぶつと文句を言うだけだ。このままでは二人が闇に落ちてしまいそうだったので、ナヴィドは身体を動かさない陣形の確認に切り替えた。
「何でこの陣形で前に出るんだよ」
「ん、前に出た方が、敵と当たり易い」
ナヴィドの指摘にオルテギハは自分なりの考えを述べた。それは無謀と積極性をはき違えた脳筋思考だ。ナヴィドはこめかみを指で揉みながら何度目かのため息をついた。
「温存するために後ろに置いてるんだろうが、前に出たら台無しだ」
「常に全力、出し惜しみはなし」
オルテギハは本気で陣形を覚える気があるのか、ナヴィドは不安になってきた。
「で、リーンリアはどうして一直線に移動するんだよ」
「最短距離を走るのがもっとも速いではないか」
何故当たり前のことを聞くのかと言わんばかりの答えがリーンリアから返ってきた。
「敵に行動が読まれ易いだろ。迎撃もされるじゃないか」
「大丈夫だ。全て避けてみせる」
力強く宣言したリーンリアの言葉に力づけられるどころか前途が不安になって、ナヴィドは目の前が霧に包まれたように感じた。
――ダメだ、こいつら本能で戦っていやがる……。
地に足を着けて考えるよりも、その場で反射的な判断を求められることが多いせいで普段の思考も引っ張られているようだった。
体力作りとは正反対に陣形の確認では後衛陣が圧倒的なパフォーマンスを発揮した。職業病なのか、ナイトもヒーラーも一歩下がって全体を視野に入れた動きが染みついている。すぐに頭に血が上りそうなシアバッシュでさえ、戦闘では冷静さを兼ね備えている。
――なんだかお互いに足して二で割りたくなったな……。
しかし、体力もそこそこあり、陣形もそこそこ把握しているナヴィドがこの分隊でもっとも弱いことを思い出して、やるせない気分になった。




