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第6話 王都への帰還

 ナヴィドとリーンリアの二人は相変わらず馬車に揺られながら王都を目指していた。もう、そろそろ王都の城壁が見えてくるころだ。街道を通る人や馬車の数もかなり多くなってきた。


「そろそろ王都が見えてくるはずだ」

「そうか、ついに来たのだな」

 感慨深げに呟くリーンリアの顔も幾分ほころんでいる。故郷を後にして人族の領域にたどり着くまで、様々なことがあったのだろう。いつか話してもらえる日がくるかもしれないが、今は黙って見守るしかなかった。


 王都クーテシホンは東西を大河に挟まれた中州に位置している。街をぐるりと囲む城壁は、近くの石切り場から運ばれた石を組んでモルタルで固められている。清廉さを感じさせるほど白く、見上げるほど高い城壁は国民たちの誇りでもあった。

 街への入り口は同罪の河にかけられた大橋を渡るしかない。攻めるに難く護るに易い地形だ。しかし、王国が成立してからこれまで、王都が攻められたことはなかった。


 ナヴィドは王都まで馬車に乗せてくれた補給部隊の男に礼を言って別れると、リーンリアを連れて軍学校へ向かった。リーンリアの様子は田舎から出できたお上りさんさながらだ。見るものすべてが物珍しいのだろう。きょろきょろと辺りを見回しながら、ナヴィドに質問を投げかけてくる。それはかつてのナヴィドの姿でもあった。


 王国軍は全員が志願制の職業軍人だ。農民に槍を持たせて戦わせるような時代はすでに過ぎ去っている。素体によって兵士の死亡率が格段に下がった結果、一人一人に戦うための知識と訓練を施すようになったのだ。軍学校はそうした職業軍人として志願した者たちの教育機関として設立された。


 軍学校に着いたナヴィドはリーンリアを連れて学長室へと赴いた。懐にはフェレイドン将軍からの手紙を携えている。これからリーンリアが王国で生きていくためには彼の政治的手腕に期待するしかない。ハーフとは言え魔族を受け入れることは国内にかなりの反発を生むだろう。


「失礼します」

 学長室のドアをノックし、声に従って部屋に入った。中には長身痩躯で目つきの鋭い女性が机に腰かけて二人を待っていた。

「ようこそ、私はこの軍学校を預かる学長のナーデレフだ。それでキミたちは何の用だ?」

「フェレイドン将軍の命を受けて、彼女をここまで案内してきました」

 ナヴィドはフェレイドンからの手紙を手渡した。ナーデレフは手紙を受け取ると内容を一瞥する。手紙を読み進めるうちにナーデレフの顔は険しさを増していった。


「ったく、フェレイドンの奴め。こちらに厄介事ばかり押し付けやがって。おい、リーンリア、私のことを覚えているか?」

 手紙から顔を上げたナーデレフはリーンリアを睨み付けた。

「は、はい。お姉様ですよね?」

「ふん、その呼び方は何度も止めろと言ったはずだが、フェレイドンの奴が面白がって教えたのだろう。これからは学長と呼んでくれ」

「わかりました、学長」

 話についていけないナヴィドの視線は、ナーデレフとリーンリアを行ったり来たりしている。ナヴィドの様子を見たナーデレフは口の端を歪めて苦笑した。


「お前のナイトにも説明せねばなるまいな。そうだな、先ず奪還作戦のことは知っているか?」

 ナヴィドは突然問題の解答を求められた生徒のように身を強張らせた。

「連れ去られた人々を魔族から救い出す目的で始められた作戦ですよね?」

「そう、それだ。私とフェレイドンは第2次奪還作戦に参加した部隊の生き残りだ」

「第2次というと連れ去られた人々の救出に成功したと聞きましたが」


「そう多くはないが、何人かを救出し、魔族の情報を持ち帰った、奪還作戦の唯一の成功例だ。私とフェレイドンはその功を以て今の地位にいるというわけさ」

「では、その時にリーンリアと知り合ったのですか?」

「そういうことだな。魔族の本拠地に忍び込むのだから、我々の力だけでは及ばない。現地に協力者を作ったのだ。それが辺境領主であるリーンリアの父君だ」

 ナーデレフは懐かしそうに目を細めて窓の外に視線を向けた。


「何故、領主という立場でリーンリアの父親が人族に協力を?」

「開明的な思想の者はどこにでも生まれる。リーンリアの父君は人族と魔族の融和を目指しておられた。それはリーンリアの母君のことも関係していたのだろう」

「なるほど、人族の女性を娶るぐらいの変わり者でしたね」

「我々は2ヶ月ほど人目を忍んで彼の居城に滞在し、人族の奪還と脱出ルートの策定を行った。その間にリーンリアにはよく遊びをせがまれたものだ」

「お、お姉様!」

 リーンリアが顔を赤くして声を荒げた。

「学長だと言っただろう。まあ、そんなわけでリーンリアとは浅からぬ縁があるということだ」


「それならリーンリアがここで暮らすのも問題ないということですか?」

「まあ待て、問題はそう単純ではない。確かに我々はリーンリアの父君に対して返しきれないほどの恩義がある。だが、この国、いやこの軍学校の生徒でもいい。彼らがリーンリアを見てどう思うだろうな」

「軍学校に入った生徒は概ね二分されます。食い詰めた者か魔族に恨みを持つ者です。魔族が近くにいると知れば、ただでは済まないでしょうね」

「……お前は意外に辛辣だな。そこまでわかっていて何故ここまで案内した?」

 ナーデレフはナヴィドの意外に冷静な態度に目を丸くして尋ねた。


「彼女の外見は人族と変わりません。耳さえ隠していればバレないと思ったのですが」

「市井での生活ならなんとかなるだろうが、ここは軍学校だぞ。訓練中も隠し通せると考えるのはかなり希望的観測が過ぎるんじゃないか」

 お手上げだと言わんばかりに両手を広げるナーデレフは何かをナヴィドに求めているように見える。


 ――確かに学長の言う通りだろう。リーンリアを軍学校に入れるには正体がバレないことが必須条件だ。それならどうすればいい……。


「リーンリア、人族と共に暮らす決意があるなら、耳を切り落とさないか?」

 ナヴィドはリーンリアに向かって真剣な面持ちで提案した。

「耳を、か?」

「何も丸々そぎ落とせというわけじゃない。尖っている先端を丸めて人族と変わらない外見にするだけだ」

「なるほど、もっともな話だ。私の決意はそんなことでは覆らない。いいだろう、ナヴィド、お前が私の耳を切ってくれないか?」

 リーンリアはナヴィドの提案に即答した。捨て鉢になっているわけではない。リーンリアは魔族の国を出る前に、すでに覚悟を決めてきたのだろう。


「言っておくが、俺は不器用だからな」

「不揃いにされたら、一生、ナヴィドに面倒見てもらわないといけないな」

 リーンリアのいたずらっ子のような笑顔を見て、ナヴィドはたじろいだ。


「このナイフを使え。傷はすぐに治療してやる」

 ナーデレフがナイフを差し出した。この用意の良さから考えると、ナヴィドは彼女の思惑に乗ってしまったということだろう。

「リーンリア、なるべく痛くならないように気を付ける」

「ああ、さっさとやってくれ」

 リーンリアの態度は落ち着いていて湖面のように穏やかだ。何故、リーンリアからこんなに信頼されているのか、ナヴィドは不思議に思った。


 リーンリアの尖った耳の先端を指先でつまむと、耳の下側からナイフを入れた。切れ味の鋭いナイフは、バターを切るようにするりと耳に滑り込んだ。人族の耳をイメージして丸く切り取る。傷口からあふれ出た血をナーデレフがふき取って、軟膏を塗り込んだ。ガーゼを当てて血止めをすると、手早く包帯で固定した。ナヴィドはもう片方の耳も同じように切り取った。


「終わったぞ、傷が治るまで包帯を取るなよ」

「うむ、楽しみは取っておく。これで私も人族の一員というわけだな」

 リーンリアの表情は澄み切っていて晴れやかだ。何一つ不安を抱いていないように見える。ナヴィドは心の奥底でちくりとした痛みを感じた。


「改めて歓迎しよう、リーンリア。キミがここで何を成すのか、見届けさせてもらうよ」

 ナーデレフがリーンリアをしっかりと抱きしめた。

「はい、ご期待に沿うよう。全力を尽くします」

 リーンリアの瞳には涙が浮かんでいる。ナーデレフとの信頼関係は一朝一夕のものではないのだろう。

 ナヴィドは居心地の悪さを誤魔化す様に、自分も両手を広げてリーンリアを迎えようとしてみた。

「……お前にはまだ早い」

 呆れたような顔のナーデレフが、ナヴィドの額を指で弾いた。





 


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