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キミと始める再生の旅を、今ここから  作者: Jint


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第52話 酒場での密談

 下町の酒場にフードを目深に被った男が酒を飲んでいた。服装は薄汚れていて長い旅の後を感じさせる。肩を落として身を縮める姿はどこにでもいる田舎から出て来たばかりの労働者に見えた。


「よお、ここは空いているか?」

 赤毛の短髪で体格の良い男が店に入ると、奥のテーブルにいたフードの男に声をかけた。

「私の近くで酒を飲めるのならな」

 薄汚れた服は随分長い間、洗われておらず、周囲に体臭を振り撒いていた。


「ふん、アルコールで消毒されるだろう」

 赤毛の男は椅子をぞんざいに引くと、荒々しく腰を下ろした。近くに来た給仕の娘に赤毛の男はエールを注文する。


「何かの祝いか?」

「……戦場から帰って来たばかりだ」

 フードの男をひと睨みすると、赤毛の男は小声で答えた。

「戦場は北だったのか?」

「いや、西の砦の防備だ」

 王都クーテシホンの西には人族の国があり、国境線で戦闘は行われていなかった。


「それで俺の話は信じてもらえたのか?」

「確かに情報通りの位置に補給拠点があった。作戦は成功だ」

 フードの男は咳き込むような笑い声を上げた。

「くくく、それは重畳。これで我々の関係も一歩進められるというわけだな」

「図に乗るなよ。こちらはいつでもお前を捕らえられるんだぞ」

 歯を強く噛みしめた赤毛の男は、低く威嚇するような声で吐き捨てた。


「貴様もわかっているだろう。俺はただのメッセンジャーだ。捕らええたところで大した点数稼ぎにもならん」

 陰鬱な雰囲気を纏っていたフードの男は肩をすくめて見せた。

「ふん、わかっている。俺もお前も取るに足りない存在だ」

 給仕の娘がエールを運んできたのを横目で見て、赤毛の男は膨れ上がった怒気を抑えた。


「なら、乾杯しようじゃないか。戦場に」

 コップを掲げたフードの男は口元ににやついた笑みを浮かべた。

「戦場に」

 赤毛の男はテーブルに置かれたコップを掲げた。


「それで我々の情報を基に補給拠点は叩いたんだな?」

「ああ、まだ信頼性に乏しいので、実行部隊は派閥外から選ばれたがな」

 赤毛の男は面白く無さそうに杯を仰いだ。


「なんともったいない、いい得点稼ぎになったろうに」

 楽しそうな声色を抑えるようにフードの男は顔を伏せた。フードの男としては渡した情報の信頼性が証明されば目的は達成している。誰がその情報のおこぼれに預かろうが、大した問題ではない。だが、目の前の男に連なる者たちの石橋を叩いて渡るような慎重さを少し揶揄してみたくなっただけだった。


「ふん、これからいくらでも稼がせてくれるんだろう?」

「それはそちらからの情報次第だ。ギブアンドテイクといきたい」

 フードの奥で赤い目が光ったのを赤毛の男は目の端で捉えた。

「わかっている。こちらも生贄の羊を用意させてもらう」

 赤毛の男はテーブルに頬杖をついて、店内を眺めながら返事した。


「ふっ、融和派よりもずっと友好的じゃないか、我々は」

 両手を軽く広げたフードの男は赤毛の男に笑いかけた。爬虫類のように嫌らしい友好的とはとても言えない笑みだ。


 フードの男と赤毛の男が目指している場所は互いに全く異なっている。正反対と言っていい。だが、人族と魔族の融和によって戦争がなくなることに関してのみ意見は一致している。


 そんなことは、クソ食らえだと――。


「あんな腑抜けた連中と一緒にされるだけで虫唾が走る。またぞろフェレイドン辺りが国王に要らぬことを吹き込んでいるに違いない」

 属している派閥を目下悩ませ続けている男の顔を思い出して、赤毛の男は床に唾を吐いた。


「そうだ我々は戦いの中でしか、己の価値を見いだせない。必要なのだよ、戦場が」

「ああそうだ。戦いが必要だという一点においては、お前と一緒にダンスを踊れるよ」

 血に酔ったように浮かれた様子で、赤毛の男は杯を高く掲げた。


「ならば、交渉は成立だな」

「ああ、いいだろう。対価を払ってやる」

 話している内容は血生臭いはずなのに、赤毛の男もフードの男も商売をしているような軽い調子だ。兵士たちは魂送で守られていて実際に死ぬことは少ない。血の対価を払うのはそこに住んでいる国民たちだった。だが、本来国民を守るべき王国軍の一部にはそれを自分の痛みとして感じることができない者たちがいた。


「それでどこが手薄になっている?」

「二度目はないと高を括っている。いや、我々でそのように誘導している。すでに有能な者は移動させた」

 謎解きをさせるように赤毛の男は遠回しの情報を与え続ける。それはどこか二人でゲームを楽しんでいるようだ。


 フードの男が何かに気付いたように顔を上げた。

「キシュルか」

「そうだ。キシュル砦には、まだ前回消費した素体も満足に補給されていない」

 ご名答とでも言い出さんばかりに赤毛の男の笑みが深まった。


「援軍は来ないというわけだな」

「くどいぞ」

 少しでも情報を得ようと質問を重ねるフードの男に、赤毛の男は短い言葉を吐き捨てた。


「まあ、そう怒るな。こちらからも情報を提供しよう」

 フードの男はなだめるように互いの絆を確かめ合った。

「ほう、大盤振る舞いだな」

 赤毛の男は気持ちを切り替えるためにエールを喉に流し込んだ。

「我々の主は気前がいいんだ」

「それは、ご相伴に預かりたいな」


「近々、大攻勢が計画されている。これまでにない規模でだ」

「……なんだと」

 フードの男の言葉に衝撃を受けて、赤毛の男は驚愕で顔をこわばらせた。

「この前の補給拠点がなんのために物資を集めていたと思う。この作戦のためだ」

「バカな、山越えをしようというのか……」

 赤毛の男が驚きのあまり立ち上がらなかったのは奇跡に近い。酔いが急速に回るのを感じてテーブルに両手をついた。


「さあ、たっぷりと味わってくれ」

 フードの奥で赤く爛々と光る目を見つめて、赤毛の男は背筋に何か冷たいものが走るのを感じた。





 


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