第51話 雨の降った後
祝勝会という名の反省会は、いつものようにオルテギハの実家の食堂、兼酒場で行われた。始めは参加するのを渋っていたヴィーダも、リーンリアとオルテギハに説得されて顔を出している。ヴィーダが参加を渋ったのは懐の寂しさだけが理由ではないだろうと、ナヴィドは薄々勘付いていた。
「勝利を祝って、乾杯!」
ナヴィドの音頭で会の幕が開いた。
「しかし、あれだけの人数相手によく勝てたもんだよな」
シアバッシュはすでにエールを何杯も空けて、赤ら顔で上機嫌な様子だった。
「最後まで、足止めしてくれたから。リーン、凄い」
オルテギハはリーンリアの活躍を間近に見て、柄にもなく熱くなっている。
「私なんて今回、一人しか倒していないぞ」
リーンリアは酒に酔った風でもないのに顔を赤らめて謙遜したが、一人で二つの部隊を引きずり回していたのだ。これで攻撃でもエースの成績を残していたとしたら、この分隊はリーンリアのワンマンチームになってしまうだろう。
「いや、リーンには今回かなり無理をさせた。十分、頑張ってくれたよ」
ナヴィドは労わるような優し気な視線をリーンリアに向けて、肩を軽く叩いた。
「ナヴィドは毎回、とんでもないことを言い出すからな」
リーンリアは苦笑しながら、ナヴィドの突飛な作戦を揶揄するようにぼやいた。
「リーンは、リーンは本当にそれでいいの?」
ヴィーダの重苦しい声が勝利に酔っていたメンバーに冷や水を浴びせた。思い悩んだような暗い顔を上げて、ヴィーダはリーンリアの目をじっと見つめている。
「それでというのが、どういう意味かわからないが、特に不満はないぞ」
「でも、リーンには凄い力があるのに、わたしたちと一緒にいて本当に満足している?」
ヴィーダの目は真剣だった。自分たちを切り捨ててでも上に行くことがリーンリアにとって最も良いことではないかと考えている。
「そうか、みんなにはまだ話していなかったな」
リーンリアは静かにため息をつくと、ヴィーダに向き直った。
「お、おい、リーン」
ナヴィドはリーンリアが何を言い出すのか咄嗟に把握できずに止めようとした。
リーンリアはナヴィドを片手で制して、かぶりを振ってみせる。自分に任せておけとの意味なのかナヴィドには判断がつかなかった。
「私がナヴィドに頼んだのだ。実力よりも信頼できる仲間と一緒に戦いたいと」
リーンリアはヴィーダの目を見つめ返した。その瞳には一点の曇りもなかった。
リーンリアが自分の出自を語り出すのかと、最悪の事態を予想したナヴィドの強張った顔は安堵で緩みそうになった。リーンリアの心の内では自分が戦う理由と分隊の問題は分けられているのだろう。出自を隠すことはあくまでリーンリアの個人的な問題であり、分隊メンバーを悩ませることではなく、ましてや裏切っているわけではないと気持ちの整理がされていた。
「で、でも、わたしたちリーンに頼ってばかりじゃない……」
ヴィーダはリーンリアの胸の内を聞いてもまだ納得がいかないようだ。羽ばたくための翼をリーンリアは持っているのに自分たちが足を引っ張っているのではないか。そんな歪んだ理想がヴィーダを縛っている。
――ヴィーダの抱いている劣等感はなかなか重症のようだな。
「あー、ヴィーダの言いたいことはわかるぜ。だがよ、オレたちだっていつまでも頼りっきりってわけじゃねえだろ」
シアバッシュの意見はてらいがないものだった。これまで実績を積み重ねて、分隊としての成長を実感しているからだろう。
「アタシたちが強くなれば、もっと上に行けるはず」
オルテギハの語る未来は楽観的だ。リーンリアに頼らなくても分隊としての伸びしろはまだ残されている。全体として実力が底上げされれば、序列が上がる余地は大きいと感じられた。
「それはわかってる。わたしだって何もしていないわけじゃないわ」
ヴィーダの返答はどこか歯切れの悪いものだった。みんな目標に向けて頑張っている。だが、頑張っているからといって結果がついてくるわけではない。生まれつきの能力による差は埋めがたいものがあるし、それぞれの取り組み方にも温度差がある。
「ヴィーダ、俺たちは仲間だろ。いや、少なくとも俺はそう思っている。はっきり言ってくれ。言いたかったことはそんなことじゃないんじゃないか?」
ナヴィドはヴィーダの態度から彼女が抱いている不満がリーンリアの処遇だけにあるのではないかと察していた。
「……ナヴィドくんの作戦ってリーンに頼り過ぎだと思うの」
ヴィーダの返答にナヴィドは心臓を錐で突かれたような痛みを感じた。思いもよらない方向から殴りつけられたような感覚に陥る。ナヴィドは大きく息を吐くと目を閉じた。
「ヴィーダの言う通りだ。俺はみんなのことを仲間だと言いながら、リーン以外の実力を信頼していない。自分も含めてだ。だから、リーンに最も要となる役割を当てて、他のメンバーは誰が落ちても替えが利くようにしている。ヴィーダが俺の作戦に不審を抱くのも当然だ」
ナヴィドの突然の告白に場が静まり返った。
沈黙が辺りを支配する。
ナヴィドはみんなからの罵倒の言葉を待った。
「で、なんだ、オレたちに罵って欲しいのか?」
シアバッシュの口調は笑いをこらえるような軽いものだった。
「いや、そういうわけじゃないが」
ナヴィドは肩透かしをくらって、目を丸くしたまま二の句が継げない。
「ヴィーダ、言ってやれよ。どうして欲しいのか」
「え、えーっと、もっとわたしにじゃない、わたしたちにも頼って欲しいかなっと」
ヴィーダが真っ赤な顔を隠すように俯いて呟いた。
聞いているナヴィドの方が恥ずかしさのあまり顔を上げられない。暴走した挙句にとんでもない勘違いをして、見当違いの告白をしてしまったようだ。
「リーンの実力を信頼しているのは、みんなそう」
オルテギハはナヴィドの顔色が青くなったり赤くなったりするのを眺めていた。
「オレだって、自分よりリーンの実力を信頼している。作戦の要にするなら外せないだろうな」
「私はナヴィドが頼ってくれるのは嬉しいぞ」
リーンリアは空気を読まずにストレートに気持ちを伝えてくる。いつもは何気なく見ていた顔も、今は気恥ずかしくて目も合わせられない。
「ナヴィド、焦り過ぎ。実力以上の結果を出そうとしてる」
オルテギハの指摘はもっともなものだった。焦っていることはナヴィドも自覚している。
「そうです。もっとゆっくりでもいいじゃないですか」
「こいつヴィーダが困っているから、必死で昇進しようとしてるんだぜ」
人の悪そうな笑みを浮かべたシアバッシュが爆弾を投げ込んできた。
「何、シアバッシュ、それは本当か?!」
シアバッシュのからかうような言葉にリーンリアが何故か喰いついている。
「ナヴィドくん……」
ヴィーダは顔を少し赤らめてナヴィドを見つめた。
ナヴィドは半分涙目になりながらヴィーダを睨み付けた。
「ヴィーダの態度がわかりにくいのが悪い!」
「え、えーっ!」
思いもよらない言葉を投げつけられてヴィーダは肩を落とした。




