第50話 不協和音
ナヴィドに向かって突っ込んできた両手剣の男と槍使いの女が、足元に張った障壁に躓いて前のめりに倒れた。手と膝を地面についた二人が接触するまで少しは時間が稼げるだろう。
――毎度、すまないね。初見殺しだ。
ナヴィドはボウガンの射撃に備えて、盾を地面に突き刺して構えた。間を置かずにボウガン使いの女から大量のマナを乗せた矢が放たれる。マナで強化された矢は光で線を描くようにナヴィドに向かって飛び、そして盾を貫いた。
大穴の開いた盾が支えを失い、傾くように後ろに倒れる。だが、盾の後ろにナヴィドの姿はない。すでにナヴィドは地面に伏せて狙撃の構えに入っていた。盾が地面に落ちるよりも先にナヴィドはボウガン使いの女を狙い撃った。
「ちょっ、カウンタースナイプとか、そういうのナシにしない?」
独り言を残してボウガン使いの女の頭が光弾で吹き飛んだ。女の身体は吹き飛びながら塩となって風に吹き飛ばされた。
――とはいえ、まだ劣勢なんだけどな。
大穴の開いた盾を構えてナヴィドは立ち上がってきた両手剣の男と槍使いの女を迎え撃った。昔取った杵柄とはいえ、この序列が相手ではすでに実力差はかなり開いている。おまけに片手が銃では攻撃で牽制することもできない。
横薙ぎに振るわれた両手剣をナヴィドは盾で受け止めた。続く槍の突きは身体を半身にしてなんとか避ける。顔のすぐ側をかすめていった穂先を視界の端に捉えて、ナヴィドの背中に冷たい汗が流れ落ちた。
ナヴィドはバックステップで後ろに下がると、ヴィーダに合図を送った。ヴィーダは無言で頷くと、新たな障壁をナヴィドの周りに張った。
「ワンパターンなんだよ!」
両手剣の男が地面の土を蹴ると、巻き上がった土煙で不可視だった障壁が露わになる。種が割れれば、足止めにもならない類のトラップだ。両手剣の男と槍使いの女は障壁を飛び越えてナヴィドに迫った。
「引き出しが少なくてね。次はもっと揃えてくるよ」
障壁を飛び越えて来た両手剣の男をナヴィドは盾で殴り落とした。男は両手剣を盾代わりにするが、空中では踏ん張ることもできない。盾の殴打を喰らって男は地面に叩きつけられた。だが、まだ大したダメージを受けたわけではない。すぐさま立ち上がろうとした両手剣の男に向かってナヴィドは銃を乱射した。放たれた光弾の一つが男の腹を貫いて穴を開ける。
「貴様ああああぁ」
槍使いの女が連続した突きを放ってきた。ナヴィドは勢いに押されて、後ろに下がりながら攻撃をかわす。退いた足が障壁に引っかかってナヴィドは仰向けに倒れた。
「はっ、自分で引っかかってちゃ、ざまあないね」
地面に倒れたナヴィドを串刺しにしようと、女は槍を高く掲げた。
槍を振り下ろそうとした、その時、女の側頭部を杖の先端が強打した。槍使いの女は錐もみしながら地面を勢いよく転がっていった。
「わたしがいること、忘れていませんか?」
槍使いの女の代わりにヴィーダが誇らしげに胸を張って立っていた。
ナヴィドは口の端を歪めてヴィーダに軽く笑いかけると、座ったまま銃を構えて倒れている槍使いの女を蜂の巣にした。
両手剣の男と槍使いの女が相次いで塩に還った
「助かったよ、ヴィーダ」
「シアバッシュさんに比べると、心臓に悪い壁役ですからね」
黙っていられませんでしたとヴィーダは明後日の方向を向いて呟いた。
――どうもヴィーダの機嫌が悪そうだ。反省会は甘い物の店でするか……。
ナヴィドは気持ちを切り替えて戦況を確認した。リーンリアはナイトに抑えられていてこれ以上動けそうにない。ヒーラーを狙うこともできそうだが、障壁を張られていて攻撃が有効でなかった場合、奇襲を察知されてしまうだろう。
ナヴィドはオルテギハが対峙する片手剣の男に狙いを定めた。致命傷を与える必要はない。天秤を少しこちらに傾けられればいいのだ。動き回る二人を観察して、足を止めた瞬間を狙い撃った。
ナヴィドが放った光弾は片手剣の男の足をかすめて、傷からマナが漏れ出していく。慌てて敵のヒーラーが回復呪文をかけるが、オルテギハはその隙を逃さなかった。足をかばった片手剣の男に対して左右にフェイントをかけながら近づき、足元を払うようにハルバードを振う。
いつもなら避けられるはずの攻撃も足を負傷した男には致命的だった。地面を蹴る力が弱く高さの足りないジャンプはハルバードの刃を避けきれず、男の足首が吹き飛ばされた。着地を失敗した男は地面に転がって無防備な姿をさらす。オルテギハは冷静にハルバードを振り下ろし、片手剣の男を塩に還した。
残る敵はナイトとヒーラーの二人だ。リーンリアとほぼ互角の勝負をする腕のいい壁役だが、開始当初とは真逆に多勢に無勢となっている。
ナヴィドが嫌がらせのようにヒーラーに対する狙撃で相手の意識を散らすと、リーンリアとオルテギハが攻撃を集中させて、あっけなくナイトは撃沈した。
その様子を見ていたヒーラーは一人では勝負をひっくり返せないことを悟り、両手を上げて敗北を認めた。
ナヴィドたちは三つの分隊に狙われながらも、ランク戦に勝利したのだ。任務だけでなく、ランク戦でも結果を残したことにより、学内の序列はさらに上がるだろう。注目度が高くなれば、相手もナヴィドたちを綿密に調べてくる。今後の戦いは、これまで以上に勝利することが難しくなるのは確かだった。
「やったな、ナヴィド!」
「リーンもお疲れだったな」
嬉しそうに駆け寄ってきたリーンリアとオルテギハにナヴィドは拳を掲げた。リーンリアも笑顔で拳を軽く合わせる。オルテギハも表情の変化は少なめだが、はにかんだように拳を合わせた。
一人離れた場所で地面に視線を落とすヴィーダを見て、ナヴィドは少し心配になった。声をかけようと近付いたところで、ヴィーダは後ろも振り返らずに闘技場から出て行ってしまった。
いつも仲間のことを第一に気にかけているヴィーダがとる態度としては何かおかしい。不穏な空気を感じて、ナヴィドはこめかみに手を当てて考え込んだ。
――どうしたんだ、ヴィーダ……。




