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第5話 旅の目的

 川からナヴィドを引っ張り上げて、父親はそのまま力尽きた。父親から体温が失われていくのを感じながら、ナヴィドは麻痺毒が抜けず、まだ動けないでいた。

 自然と涙が流れ出した。

 魔族に対する恨みからではない。妹の命を諦めてしまった自分の弱さに対して、猛烈に腹が立ったのだ。


 ――何が、俺がアティフェを守る、だ。父さんと母さんを犠牲に自分だけ生き残って。


 妹が最後に見せた透き通るような笑顔がナヴィドを苦しめた。いっそ妹が罵ってくれれば、自分の中で折り合いがついたかもしれない。だが、もはや何もかもが遅きに失した。妹を救い出すまで、ナヴィド自身が自分を許すことはないだろう、絶対に。


 長い間、川辺で濡れたまま倒れていたので、身体が冷えてしまっていた。家族たちが必死に守ってくれた自分の命を放り投げるわけにはいかない。ナヴィドは感覚の戻らない身体を無理矢理に起こして街道に向かって歩き始めた。


 街道まで出たところで、村に戻るか街に向かうか、ナヴィドは悩んでいた。村は近くにあるが、まだ魔族たちが居座っている可能性もある。街までは何の用意もなしに向かうにはかなり遠かった。


 砂煙を上げて街道をこちらに向かってくる集団を見つけて、ナヴィドは咄嗟に木陰に隠れて様子をうかがった。徐々に近づいてきた姿を見て、ナヴィドは全身の力が抜けるようにへたり込んだ。王国軍の騎兵たちだった。安心のあまり倒れそうになる身体を叱咤して街道に転がり出る。ナヴィドは両手を大きく振って騎兵たちに合図を送った。


 騎兵が速度を落として目の前で止まった。

「村の者だな。魔族に襲われたと聞いているが、状況を教えてくれないか?」

 ナヴィドは自分が知っている限りの情報を伝えた。

 騎兵たちは何事か相談した後、一人を残して村へ走っていった。


「ここで待っていても後続の王国軍に助けられるだろうが、キミも一緒に来るか?」


 村のことを知る者が一人でもいた方が、騎兵たちにとって都合がいいのだろう。ナヴィドは村の様子がどうなったのか気になっていたので、一もにもなく騎兵の誘いを受けた。


 騎兵の後ろに乗せてもらって村までたどり着いたナヴィドが見たのは、静寂に覆われた村の姿だった。ひなびた村とはいえ、50戸余りの人が暮らしていたはずだが、子供たちの歓声も機を織る音も家畜の鳴き声もない。いたるところに死体が転がり、焼け落ちた家々からはまだ煙がくすぶっていた。村からは一切の音と生命の営みが失われていた。

 そして塵がそこかしこで山になっている。村人たちの戦った証だ。隣に住んでいた狩人は、その技量を存分に発揮したようで、塵の山には矢が刺さっているものも多い。だが、その狩人も今や物言わぬ躯と化していた。

 女や子供の姿は一人も見つからない。すでに魔族によって連れ去られたのだろう。


 故郷の村が死んだ瞬間だった――。


「おい、大丈夫か?」

 一言も発しないナヴィドを心配して騎兵が声をかけた。

 ナヴィドは何と答えたか記憶が定かでない。機械のように聞かれることに答えたような気がする。騎兵たちは村の状況を確認すると、ナヴィドを連れて近くの街に戻っていった。


 そのまま家族を失って頼るところのないナヴィドは王都の孤児院へ送られたのだった。





「おい、ナヴィド、どうしたんだ?」

「ああ、リーンリアか。すまない、故郷の村のことを思い出していたんだ」

「……そうか」

 リーンリアは何かを察したように、その先を聞くことはなかった。


「俺は孤児院の出身なんだ。何の後ろ盾もない子供が、生きていくためには軍に入るのが一番手っ取り早いと思ったのさ」

「腕一本でのし上がれる世界か」

「今のところ俺には、そんな突出した能力がないと、わかったところだ」

「ナヴィドの動きはそれほど悪くないと思ったが」


 ――リーンリアに悪くないと言ってもらえるのは、最高の褒め言葉だと思うぞ。


「人族の強さはマナの量で決まると言っていい。俺の引き出せるマナの量なんてたかが知れているからな」

 戦いを経験すれば、動きは洗練されていくだろうが、元のポテンシャルはそう大して変わらない。努力する前から伸びしろが見えてしまうことには、良い面も悪い面もあった。


「魔族ももちろんマナの量が強さに直結するが、マナの変換効率が上がれば強くなれる。元々、体内に持つマナの量は人族に比べて圧倒的に少ないんだ。経験で補えるメリットは思っていた以上に大きいのかもしれないな」

 魔族の成長は人族に比べて夢がありそうだ。なにせ経験によって強くなれる可能性を秘めている。それは生まれ落ちたときの能力が全てではないと証明してくれる希望の言葉だ。


「それじゃ、リーンリアはまだまだ強くなるっていうのか?」

「私など、まだまだひよっこだ。身体の使い方にも甘さが残っている」

 化け物だなとの言葉は飲み込んだ。少女にかけるには、あまりにも似つかわしくない言葉だ。

「俺もリーンリアに戦い方を教えてもらえれば、少しは強くなれるかもな」

「そうか、ナヴィドは強くなりたいのだな。ふふふ、一緒に精進しよう」

 リーンリアの凄惨な笑みを見て、ナヴィドは早まったことを言ったと後悔した。リーンリアとはこれから一緒の学校で学ぶのだ。この先、どんな過酷な訓練が待っているかわからない。


「ともかく王都まで戻らないとな。補給部隊の馬車に乗せてもらおう」

「ふむ、了解だ」

 ナヴィドは問題を先送りにできたことで胸をなでおろした。





 補給部隊の馬車に乗せてもらったナヴィドとリーンリアの二人は、空になった荷台に座っていた。リーンリアは流れる風景を飽きもせずに眺めている。

「風景なんて魔族の国とそんなに変わらないんじゃないか?」

「何を言っている、ナヴィド。向こうの森は黒いんだぞ。このように色とりどりの草花が目を楽しませることなどない」

 ナヴィドにとっては見慣れた風景でもリーンリアには目新しいようだ。草花を眺めるよりも嬉々とするリーンリアの姿を眺めている方がナヴィドにとっては楽しいが。


「ふうん、そんなもんか」

「あれを見てみろ、マテリスの樹だ。実は白くてほのかに甘さがある。あそこの青い花は根が球根になっていて、蒸すとホクホクして美味しいんだ。あの草は太い茎を湯がいて皮を剥けば、ほろ苦いがなかなか美味しいぞ」


 ――草花を愛でているというより、サバイバルでもしに来たのか?


「リーンリアは食べることが好きそうだな」

「旅の途中でその土地云々々の美味しいものに舌鼓を打つのは、旅の醍醐味じゃないか」

 リーンリアは心外だと言わんばかりに反論した。

 ナヴィドとは旅の目的が違うのだろう。物見遊山で旅などしたことのないナヴィドには旅先で楽しむような感覚が理解できなかった。

「美味いものを食えるなら、それもいいか」

 懐には将軍から預かった金が潤沢にある。少しぐらい贅沢したところで困りはしないだろう。

「そう、美味しいものを食べて、旅を楽しめばいいんだ」


 素体に入っている間は食事を必要としない。食べなくても活動できるというだけで、別段、食べられないわけではない。食べれば味も感じられる。ただし、食べたものは血肉にならず、食べ物を無駄にする行為というだけだ。

 故郷の村に住んでいたときには想像できなかったが、王都には今日の食事にも事欠くような輩が大勢住んでいる。不作で土地を離れた農民や親に捨てられた子供、魔族に故郷を追われた者たち、理由は様々だが、食い詰めて王都に流れ込んできた者たちだ。

 ナヴィドとて彼らとそう大して変わらない。軍に入らなければ、何一つ技能を持っていないナヴィドは明日の食事にも困っただろう。

 素体に入って食事をすることは、そんな後ろめたさを感じながら、味を楽しむ贅沢だということだ。


 夕暮れ近くになって馬車は最寄りの街に着いた。

 補給部隊の男と次の日の待ち合わせを決めた後、リーンリアを連れて宿に向かった。男一人なら安宿で済ますのだが、リーンリアが一緒となれば、そうもいかないだろう。門番から聞き出した情報を基に宿を探す。

 程なくして小奇麗な宿が見えてきた。お嬢様の眼鏡にかなうかはわからないが、そう悪くはないだろう。


「リーンリア、あの宿で構わないか?」

「ここにたどり着くまで野宿だってしてきたんだ。どこだって大丈夫だぞ、私は」

 思っていた以上に生命力に溢れたお嬢様だった。

「なら、ここにするぞ」

 ナヴィドは宿に入って二部屋を頼むと、地元の人たちが食べる美味しい店を聞き出した。


「それじゃ、旅の醍醐味ってヤツを味わってみますか」

「うむ、異論はない。ナヴィドに付いていくぞ」

 宿で教えてもらったのは、屋台が並ぶ通りだった。香ばしい匂いや甘い香りが鼻をつく。隣から可愛らしい腹の音が聞こえてきた。


「こ、これは、朝から食べる暇がなかったのだ」

 顔を赤くして俯くリーンリアは小声で弁解した。

 二人とも朝から戦闘続きで食事を取る暇などなかった。夜にはこうして最寄りの街で屋台を眺めているなんて思いもしない。

「俺もお腹がペコペコだよ。さっさと何か腹に入れようぜ」

 嘘だった。素体に入っているときは空腹感を感じない。

 ナヴィドはリーンリアの手を強引に引いて、さっきから肉を焼く香ばしい匂いをさせていた屋台に連れて行った。


 固い黒パンを薄く二つにスライスして間に、ローストした羊の肉とシャキシャキした食感の青菜が挟まれている。頬張ってみると、中から濃厚なソースが溢れ出してきた。バターのように濃厚でとろりとした食感の白いソースだ。塩味の強い肉と混ざり合ってうま味を引き出しているように感じられた。

「おっちゃん、このソース美味しいな」

「そらそうよ。クズキリオオムシの蛹を揚げた、最高の一品だ!」


 ――なるほど、流石、旅の醍醐味。一筋縄ではいかないな。


 何も知らずに幸せそうな顔で舌鼓を打つリーンリアを生暖かい目で見守りつつ、ナヴィドは残っていたパンを一口で飲み込んだ。





 


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