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キミと始める再生の旅を、今ここから  作者: Jint


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第44話 生と死と

 ナヴィドたちはパルヴィッツ中尉の指揮の下で王国領への帰路を急いでいた。この強襲作戦ではドラゴンが暴れまわったお陰もあり、目標である補給拠点の破壊は完全に達成していた。だが、部隊は半数以上の人員を失っている。その中には准尉を含め、多くの兵士たちが犠牲となっていた。


 魔族たちの援軍が到着する前に、ナヴィドたちは速やかに撤収する必要がある。ドラゴンを倒して休んでいるわけにはいかなかった。疲労困憊で倒れそうになる身体にムチを打って前に進んでいる。つまり、辿っている道は違えど、行きと同じ状況だった。


「ちっとも休めていねえじゃねえか」

 行軍の足を止めずにシアバッシュは愚痴を吐き捨てた。

「待て待て、休憩時間はみんな同じだ。俺のせいじゃない」

「シアバッシュさん、ナヴィドくんも反省しています。そのぐらいで許してあげてください」

「いや、俺は何も反省していないから!」

「自分の行為を、振り返るのも、必要なこと」

「オルテギハ、言っていることは正しいが、何故、俺に言う?」

 マナも枯渇寸前でこれ以上戦闘の継続はでき無さそうにも拘らず、ナヴィドたちの分隊はいつもと変わらない雰囲気だった。


 遠い目をしたリーンリアが会話に参加していないことに気が付いて、ナヴィドは声をかけた。

「リーン、どうした?」

「いや、行きはこの辺りで准尉が声をかけてくれたなと考えていたのだ」

「死に戻りしたんだ。また王都で会えるさ」

「そうだな、なんだか少し寂しく感じただけだ」

 リーンリアは目を閉じて自嘲するように鼻を鳴らした。

 ナヴィドはリーンリアの長い睫毛が震えているのを見て、肩を叩こうとした手を所在無げに自分の頭へ持っていった。


 周りで行軍する兵士たちの顔は疲れてはいるが、多くの仲間を失って暗く落ち込んだ雰囲気ではない。犠牲も大きかったが、部隊の力を結集した結果、困難な任務を達成している。今は心地よい疲労感を感じているようだった。


「さあ、今日中に魔族領を抜けて峠を越えますよ。みなさん、あと少し頑張ってください」


 パルヴィッツ中尉の激を受けて、部隊のあちこちからブーイングが上がった。





 部隊がセレーキアの砦に戻るまで魔族から攻撃らしい攻撃は受けなかった。国境を監視する魔族軍もまさか魔族領から人族の部隊が現れるとは思っていなかったらしく、大慌てで連絡を送る様は見られたが、そのままあっさりとナヴィドたちが国境を越えるのを黙認した。ついにナヴィドたちは王国領へ帰って来たのだ。


 砦から魂送を解除したナヴィドたちはその場で休暇を言い渡された。疲れ果てた身体を引きずってここまで帰って来たのだ。言われなくてもベッドに飛び込んで、朝まで泥のように眠りたい思いでいっぱいだった。


「よお、無事に帰って来たようだな。お疲れさん」

 魂送所を出たところで私服姿の准尉がナヴィドに声をかけた。

「准尉、休んでなかったんですか?」

「皆に挨拶をしておこうと思ってな。残念だが、昇進して中尉になった。パルヴィッツ中尉と同じ階級だな。とはいえあの人はすぐに昇進しそうだが」

 寂しそうに笑う准尉の顔を見てナヴィドは不思議に思った。


「昇進なら喜ばしいことじゃないですか」

 ナヴィドの言葉に准尉は合点がいったように頷いた。

「そうか、まだ知らなかったんだな。俺は前線から引退したんだよ。王国軍では引退した兵士は二階級の特進だ」

 ナヴィドは准尉が作戦終了から短時間で昇進した意味を理解した。

「もう前線には出られないってことですか……」


「今回の任務で俺は九回目の死を迎えた。十回目に挑む勇気はなかったよ。これからは後方でのんびりさせてもらうさ」

 言葉とは裏腹に准尉の顔は晴れなかった。


 ――そうかこれが兵士の死か……。


「寂しくなります」

「バカ野郎。後方からちゃんと支援してやるよ。無茶な作戦を立てたりな」

「止めてください。もう懲り懲りですから」

 ナヴィドはが底辟易した顔をすると、准尉は笑いながら肩を叩いた。


「お前たちはもっと上に行けよ。それだけの運と実力を持っている」

「はい、ありがとうございます。准尉」

 准尉はナヴィドを指差して中尉だと訂正すると、そのまま手を振って去って行った。


「……行ってしまったか。寂しいものだな、別れというのは」

 リーンリアは准尉の背中を目で追いながら小さな呟きを発した。

「今生の別れってわけじゃないさ。打ち上げの飲み会ででも会えるだろう」

 ナヴィドはこんなことはありふれた何でもないことだと思い込もうとして感情の制御に失敗した。


 ――もし、分隊メンバーの誰かが兵士の死を迎えたら、俺たちはそこで立ち止まるのだろうか。それとも分隊を解散してそれぞれの戦いに挑んでいくのだろうか。


 出会ったことの幸運を喜んでいた無邪気さが、今はいずれ訪れる別れの痛みを増幅するだけのように感じて、ナヴィドは暗鬱な気持ちになった。出口のない想いだけがぐるぐると身体の中を駆け巡っていく。


 自然と曲がっていた背中をどんと叩かれてナヴィドは背筋を伸ばした。

「もう死んだあとの心配か、先が見えすぎるのも考えもんだな」

 シアバッシュは苦笑しながら、ナヴィドの肩に手を回した。

「先なんてまったく見えちゃいない。いつも出たとこ勝負だ」

 ナヴィドは吐き捨てるように自分のことをそう評した。


「普通なら命を張るのは一回限りだってのに、猫ほどのチャンスをもらってるんだぜ。もっと前向きに捉えろよ。反省を活かせるのは生きてるからだってことによ」

「そうして緩慢に死を迎えるのか?」

 自分を心配してくれているシアバッシュに対して、ささくれた言葉を返してしまったことにナヴィドは自己嫌悪の気持ちを抱いた。


「ナヴィド、お前は死んだことがあるか?」

 シアバッシュはナヴィドの言葉に怒りもせず、おかしな質問を投げかけた。

「この前の任務で、みんなしてやられただろうが」

「そうじゃねえ、本当の死だ」

「そんなことを経験していたら、ここいいる俺は幽霊か何かか?」

「そう、オレたちはここにいる。生きているんだよ」

 シアバッシュが何を言いたいのか捉えきれず、ナヴィドは訝し気な表情を返した。


「オレには弟がいた。3年前、馬車に引かれてあっけなく逝っちまったがな。それは一瞬の死だった。そこからは何も得られない。ただ、残された人たちに悲しみが生まれただけだ」

 シアバッシュは静かに目を閉じて言葉を続けた。

「お前も親しい人の死を経験したんじゃないか。それは彼らに救いをもたらしたか?」


 自分を逃がすために犠牲となった母親と命を賭して助けてくれた父親のことを、ナヴィドは思い出していた。両親は子供たちの命を救うために死んでいった。未来を知ることのできない両親にとって、それは救いではなかっただろう。子供たちの行く末を心配して、未練がましく生に縋り付きたかったのではないだろうか。


「お前は宗教家になれるよ、シアバッシュ」

 ナヴィドは顔を伏せたまま、鼻声でシアバッシュに呟いた。

「バカ野郎、さっさと涙を拭いておけよ。リーンたちに見られるぞ」





 


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