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第41話 残った力

 リーンリアの繰り出すダガーを、眼鏡の男は巧みにステップを踏んで避けた。オルテギハの背後からの一撃でさえ、背中を反らせて空中に身を投げ出して避ける。後方のシアバッシュはヴィーダの護衛に回っており、1対4という数の優位をまったく活かせていなかった。


「くそっ、いいようにやられてるじゃねえか!」


 目の前の魔族を倒す糸口が見えないことで、シアバッシュの苦悩の色はさらに濃くなった。リーンリアとオルテギハの二人のコンビネーションでも眼鏡の男は崩せない。シアバッシュも攻撃に参加すべきだが、ヴィーダを残せばワイバーンのいいエサだ。

 眼鏡の男がなんらかの方法でワイバーンに指示を送っているのか、ワイバーン自身が対象を選んでいるのか、シアバッシュには判断がつかなかった。


 ――ナヴィド、無事でいてくれよ。そして、さっさと帰って来い。


 分隊を預かる役目を突然負わされたシアバッシュは、同時に様々なことに目を向けなければならず、普段の思い切りの良さが失われて精彩を欠いていた。


「リーンリアとオルテギハは連携して、その男を抑えろ。ヴィーダ、ありったけの支援呪文だ。出し惜しみは無しで行く」

 悩みながらもシアバッシュは自分らしい真正面からの撃ち合いを選んだ。先のことを考えてみても仕方がない。眼鏡の男を倒さない限り、シアバッシュたちにこの先はないのだ。マナの温存など気にしたところで、死んでしまっては無駄にしかならない。


 リーンリアの身体に複数の支援呪文がかけられた。武器を振るう筋力が、攻撃を避ける敏捷性が、身体を覆う障壁の強度が少し上がる。リーンリアは異なる身体の感覚を確かめるように、つま先で地面を何度か叩いた。


「オルテギハ、行けるか?」

「大丈夫、任せて」

 二人は短い言葉のやり取りを交わすと、眼鏡の男に突っ込んだ。オルテギハの背中に隠れるようにリーンリアは走る。攻撃の寸前まで眼鏡の男に意図を探られないためだ。オルテギハの突きを眼鏡の男は左に身体を傾けて避けた。オルテギハのハルバードの下をくぐるようにしてリーンリアは足元をダガーで払った。眼鏡の男はリーンリアの姿を捉えると、剣を縦に構えてダガーを止めた。


 ――マジかよ、超反応じゃねえか……。


 シアバッシュは練習で何度もリーンリアやオルテギハの攻撃を受けてきた。目で追って追い切れる速さではない。予備動作を含めて対応を始めなければ防御は間に合わないはずだ。だが、眼鏡の男はオルテギハをスクリーンに、ほとんど動きを捉えさせなかったリーンリアの攻撃を当たる寸前で止めたのだ。


「ふう、今のは少し焦りましたよ」

 バックステップで距離を取り、剣を構え直す眼鏡の男は静かに息を吐き出した。

「こんなところで大立ち回りをやる予定はなかったのですが、まあ仕方ないですね」

 眼鏡の男は耳に響くような妙に甲高い口笛を鳴らした。


 風を切る音を耳で捉えてシアバッシュは振り返った。

「ヴィーダ、伏せろ!」

 背後に迫っていたワイバーンの鉤爪をシアバッシュは盾を振って払いのけた。鉤爪は空しく空を切り、ワイバーンは翼を羽ばたかせて再び飛び上がる。

 上空には4体のワイバーンが死を告げる天使のように円を描いて飛び回っていた。


「建物の陰だ。広いところに出るな、狙われるぞ」

 シアバッシュたちは建物の陰に駆け込んだ。ワイバーンの攻撃を警戒しながら、眼鏡の男と戦うなんて芸当は想像するだに恐ろしかった。


 開けたところに陣取った眼鏡の男は余裕を見せて両手を広げた。

「さあ、今、攻撃しないと、その内に援軍が来てしまいますよ」


「シアバッシュ、ワイバーンは滑空して敵を襲う。立ち止まらなければ、攻撃手段は限られる。建物を背にして動けば避けられるはずだ」

 リーンリアはワイバーンの特性を看破して攻略法を伝えた。


「よし、建物沿いに移動して、あの倉庫から奴のところに突っ込むぞ」

 シアバッシュの指示を受けて、分隊メンバーが走り出す。

 倉庫までたどり着いたシアバッシュたちは眼鏡の男に突っ込もうと進行方向を変えた。

 その時、倉庫の壁が飛び散ってワイバーンが姿を見せた。


「伏せろ!」


 ヴィーダが鉤爪に掴まれそうになるが、爪に引っかけられただけで、なんとか地面に伏せることができた。身体を切り裂いた爪痕からマナの光が漏れ出すのをヴィーダは自ら手を当てて塞いだ。


「ワイバーンの弱点など、運用してきた私たちが知らないとでも?」

 眼鏡の男は額に手を当てて楽しそうに笑った。

「ほらほら、穴から顔を出すネズミじゃないんですから、建物の陰から出てきてくださいよ」

 煽って攻撃を誘うつもりなのだろうが、不利な状況を自覚しているシアバッシュにとっては逆効果だ。余計に警戒して壊れた倉庫の周りから離れられなかった。


「埒が明かないな。シアバッシュ、私が奴の気を引こう」

 リーンリアはそう言うとみんなの前に進み出た。

「その間にどうしろっていうんだよ!」

「そこはお前が考えてくれ、私も奴の相手で手一杯だ」

 シアバッシュはリーンリアの無茶振りに頭を抱えたくなった。まったくこんな面倒なことをナヴィドは毎回やっているとは、今度会ったとき少しは優しくしてやらないとななどと思考があちこちに飛んで纏まらないまま、リーンリアが走り出したのを見て、シアバッシュは覚悟を決めた。


「リーンリアの背後を守れ、オレたちが壁になるぞ!」

 眼鏡の男とリーンリアを繋ぐ直線上にシアバッシュは陣取った。襲い来るワイバーンを盾を構えて待ち構える。滑空してきたワイバーンはシアバッシュを無視してリーンリアを狙おうとした。


「オルテギハ、オレを踏み台にしろ」

 指示を受けたオルテギハは、飛び上がってシアバッシュの肩を踏むと、さらに高くジャンプした。空中で回転した勢いをそのままハルバードに乗せてワイバーンの眉間に振り下ろした。

 ワイバーンの頭が地面に叩きつけられ、巨体が轟音と土埃を上げながら目の前に滑ってくる。シアバッシュはヴィーダを抱えて横っ飛びで地面を転がった。


 リーンリアは矢のように眼鏡の男に突っ込んだ。ぶつかる直前で上空に飛び上がり、頭上を越えようとした。眼鏡の男はリーンリアのトリッキーな動きに惑わされることなく、その姿を完全に目で追いかけていた。


「サーカスの軽業師になった方がよかったんじゃないで……」

 眼鏡の男の左肩が腕ごと吹き飛んだ。リーンリアの背中越しに放たれた光弾が、男の左肩を撃ち抜いたのだ。倉庫の屋根に立ち上がるナヴィドの姿を見つけて眼鏡の男は呻いた。


「なるほど、愚直に突っ込んで来ると思ったら、そういうことでしたか」

 タイミングを一瞬でも間違えれば、リーンリアごと撃ち抜いていたはずだ。お互いに信頼がなければ、できない芸当だった。眼鏡の男は心の中で二人に賛辞を送った。


 眼鏡の男の肩からマナが大量に噴き出している。もう長くは持たないだろう。

「補給拠点を守れず、新兵らしい分隊にやられる。はあ、これはかなりのマイナス査定ですね」


 ため息を残して眼鏡の男は塵に還った。





 


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