第39話 拠点への強襲
「なんだかみんなのことを護らないといけない気がしてきたぜ」
起き抜けにシアバッシュがナヴィドにぼそっと呟いた。
「素晴らしい、自分の役割を思い出してくれたか!」
――こんなことなら、みんなの耳元で毎晩囁いてもいいかもしれない。
「んなわけねえだろうが。何、他人が寝ている横でぶつぶつ囁いているんだよ。途中で起きちまったじゃねえか」
シアバッシュはナヴィドの尻に中段の回し蹴りを当てた。いい打撃音が辺りに響き渡る。
「くっ、別の手を考えるか」
「ったく、お前は懲りない奴だな。寝ている間に男に耳元で囁かれると、ゾッとするだろうが」
シアバッシュは呆れたように半ばまで閉じた目をナヴィドに向けた。
「お前たちは朝から何をやっている」
リーンリアがため息交じりでナヴィドに話しかけた。
「男同士で友情を育んでいただけだ」
ナヴィドはやましいことなど何もないといった態で胸を張った。
「シアバッシュさん、可哀想に、ナヴィドくんの毒牙に」
「お、おい、なんで事が終わっている想定なんだ?」
シアバッシュは不安そうにヴィーダに尋ねた。
「ナヴィド、思っていた以上に、行動が早い」
オルテギハもヴィーダの尻馬に乗ってシアバッシュの不安を煽る。
「お前ら、朝から元気だな。少しは新兵らしく任務の前は震えていろよ」
准尉がナヴィドたちに声をかけてきた。こうして何度も様子を見に来てくれるのは、なんだかんだ言いつつも気にかけてくれているのだろう。
「いよいよですね」
「ああ、今日は存分に働いてもらうぞ」
「もちろんですよ、准尉。全力を尽くします」
ナヴィドはこれまでもチャンスを逃さずに食らいついてきた。今後もその方針は変わらない。軍で上に上がっていくためには実力だけでなく、運でも縁でも何もかも使うつもりだった。
リーンリアが投げたダガーはグレイオウルの目に吸い込まれていった。カエルを踏み潰したような呻き声を発し、グレイオウルは地面に落ちて塵に還った。
「銃で狙撃できれば良かったんだがな」
「光弾だと目立つだろう。何、スローイングダガーでもこの距離なら外さないさ」
こと戦闘面においてはリーンリアの引き出しの多さに驚かされる。どんな子供時代を送ってきたのか興味が湧いてくるが、それはリーンリアの方から話してくれるのを待つべきだろう。ナヴィドは隣で自分の戦果に満足そうに微笑む少女に温かい眼差しを注いだ。
「この辺りのグレイオウルは全て片付けたようだな」
「よし、予定通り拠点の近くに移動するぞ」
ナヴィドは分隊メンバーに指示を出した。
「准尉、どんな様子ですか?」
携帯用の望遠鏡を覗いていた准尉は、茂みに伏せている部隊の面々に小さな声で語りかけた。
「おかしな動きはない。時間になれば突入するぞ。第1から第5分隊でそれぞれ監視塔を黙らせろ。攻撃目標を被らせるなよ」
異議の声が挙がらないことを了解と受け取って准尉は、懐から出した懐中時計で時間を確認した。
「行くぞ!」
部隊の全員が敵の拠点に向かって走り出した。
監視塔の動きが慌ただしくなった。こちらの接近を発見したのだろう。准尉の分隊のソーサラーが呪文を唱え始めると、人を包み込むほどの大きな火炎弾が空中に現れた。ソーサラーが杖を振ると、火炎弾は監視塔に向かって弧を描いて飛んでいく。火炎弾がぶつかると、大きな爆発音と共に監視塔が燃え上った。
――あんな死に方は御免だな。
逃げ場のない監視塔に飛んでくる火炎弾を受けて焼死するなどナヴィドでなくとも御免被りたい。そんなことを考えている間に味方の攻撃を受けて監視塔は全て沈黙していた。
「グレイウルフだ!」
近くにいた兵士が敵の接近を周囲に知らせた。ナヴィドはグレイウルフにあまり良い思い出がない。初陣では散々にやられたからだ。
「敵は素早いぞ。動きに翻弄されるな。どこでもいいから傷を負わせるんだ」
ナヴィドは分隊メンバーに警戒を促した。足が速いグレイウルフは敵の先遣隊でしかない。時間をかけていると防御態勢を固められてしまう。
リーンリアが先陣を切って敵の群れに突っ込んだ。先頭のグレイウルフを紙一重で避けると、すれ違いざまに首筋を切り裂いた。ダガーの軌跡がマナの光で彩られる。そのまま光の軌跡は流れるように次の標的に向かい、途切れることなく戦場のキャンバスに死の舞踏を描き切った。
「すげえな、お前のところの嬢ちゃんは」
隣の兵士が圧倒的なリーンリアの強さに感嘆の声を上げた。
――あんなに苦労したグレイウルフを一撃だものな。隣を歩いていけるか不安だよ。
話しかけてきた兵士に曖昧な答えを返すと、戦場に目を戻した。リーンリアは移動しながら次々に敵を葬っているが、とても一人で倒せる数ではない。こちらに向かって来た敵に対してナヴィドは迎撃の体勢を整えた。
シアバッシュがグレイウルフの突進を盾で受け止めた。あの巨体の突進を止めて後ずさりで済んでいるだけでも、シアバッシュの能力の高さがうかがえる。
素早い動きが売りのグレイウルフも足を止めてしまえば、防御力はほとんどないに等しい。ナヴィドの狙撃とオルテギハの突きで簡単に倒せた。ヴィーダはすぐさまシアバッシュに回復呪文をかけた。
周囲の分隊も危なげなくグレイウルフを倒したようだ。負傷者は何人かいるが、魂の射出は感じられなかった。やはり新兵とは能力も積んできた経験も違うのだと感じさせられる。だが、生まれつきの能力は別として、任務を重ねれば経験は積んでいける。彼らが立つ場所はいずれ到達する場所だと考えれば、それほど悲観することはないとナヴィドは考えていた。
十数体のグレイウルフを倒したリーンリアがマナの光を全身に浴びながら分隊に帰ってきた。リーンリアの突出した戦闘力は准尉にも十分なアピールとなっただろう。軽い足取りで帰って来たリーンリアにナヴィドは軽口で出迎えた。
「お疲れさん。輝いていたぞリーン」
文字通りマナの光で輝いているリーンリアは周囲からも注目の的だ。
「なんだか気恥ずかしいな。その内、マナは霧散するだろう」
先輩の兵士たちから驚嘆の目で見られているのだ。普段は動じることの少ないリーンリアであっても落ち着かない様子だった。
「先陣は崩しましたね。敵の防御態勢が整う前に突撃ですか?」
今のところヴィーダの様子は変わらない。周囲も良く見えているようだった。
「ああ、すぐに准尉から命令があるだろう」
ナヴィドがそう答えている間に、准尉が部隊の前に進み出た。
「みんな聞いてくれ、お待ちかねの突撃だ。錐のように深く敵陣に穴を穿つぞ。第1から第5分隊は目につく倉庫を焼き払え!」
部隊の全員が応との声を返した。
「さて、メインディッシュをいただきに行くぞ!」
准尉の号令の下、部隊は突撃を開始した。




