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キミと始める再生の旅を、今ここから  作者: Jint


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第35話 魔族の国

 トランバニア帝国――。


 人族からは単に魔族の国と呼ばれる帝国の名だ。ルクスオール王国も魔族からは人族の国と呼ばれているのでお互いに意地を張り合っているだけなのかもしれない。


 帝都カラクラックの謁見の間にディミトリエの姿があった。燃えるような赤毛の男は、その長身を縮めるようにして皇帝ヴィルヘルム・ジグマリンの前に跪いていた。


「ドラゴシュよ。敗戦の弁を聞こうではないか」

 ディミトリエに声をかけたのは緩く波打つ蜂蜜色の髪を持つ若者だ。玉座に腰かけて配下の者たちを睥睨していた。近付いただけで圧倒されるほど底知れぬマナをその身から放出させている。だが、そんな雰囲気とは真逆にまだあどけなさの残る顔には好奇心に満ちた瞳を宿していた。


「申し訳ございません。砦に奇襲をしかけるも敵に看破されていたようで、迎撃態勢が整っておりました。一戦交えましたが味方の損耗が激しく、これ以上の戦闘の継続は無意味と判断し、撤退した次第であります」


「なるほど、確か貴公は奇襲をもって、敵の防衛線を突破すると豪語したはずだったな」

 ヴィルヘルムの言葉にディミトリエは長身をさらに縮めた。

「わたくしの力不足。申し開きもございません」


 ヴィルヘルムは楽しそうな笑い声をあげた。

「ふははは、よい、許そうではないか。敵の方が一枚上手だったということだ。ついこの間、カンテミルも散々にやられたばかりだからな」

 ディミトリエの後ろに控えていた白髪の中年の男がややたじろいだように姿勢を正した。


「ヴィルヘルム様、寛容さは美徳ではありますが、このような敗戦が続きますと蓄魔管の供給もままなりません」

 ヴィルヘルムの後ろに控えていた宰相イオン・バサラーブは若い皇帝に苦言を呈した。

「ふむ、冬に備えて薪を集めねばならんということか」

「放っておけば、我が臣民の暮らしにも支障が出るでしょう」

 ヴィルヘルムはこめかみに指を当てて揉み解した。厳しい自然に囲まれた地で生きるには、寛容さを示すだけでは足りないのだ。


 ――ユースポスの提言が人族にも伝わっていれば、あるいは、な。


 ヴィルヘルムは玉座から立ち上がり、片手を突き出した。

「大規模な侵攻を行わねばならぬ。狙いは南方のセレーキア方面だ。山越えの準備を整えよ。カンテミルはまだ敗戦の傷が癒えていないであろう。バサラーブを中心にドラゴシュ、マリンゲンの三家が協力せよ」


 ヴィルヘルムの命令を聞いて、謁見の間に控えていた配下の者たちが一斉に跪いた。

「皇帝の御心のままに」





「ドラゴシュ卿、お聞きしたいことがあります」

 ディミトリエは謁見の間から帰る途中、空色の短い髪の若者に呼び止められた。歳は皇帝とさして変わらないだろう。精悍さの片鱗はあれど、まだあどけなさも残っていた。

「あら、あなたはユースポス卿だったかしら」

「はい、アルフレート・ユースポスと申します。以後、よろしくお願いいたします」

「で、敗軍の将である、あたしに何を聞きたいっての?」


「あなたほどの強者が人族に勝てなかったというのが信じられないのです」

「そうね、確かに人族一人を相手にして後れを取るようなことはないわね。でも、奴らは数が多いわ。何十、何百という数は馬鹿にはできない。薄い紙でさえ、束ねれば槍の一撃を止める力があるのよ」

 アルフレートはまだ納得がいかないような顔をしていた。


「あなたが人族に抱いている気持ちはわからないけど、侮らないことね。戦場では彼らだって必死にすがりつくわ。蜂に刺されて倒れる英雄がいないわけではないのよ。これは先輩からの忠告と思っておいて」

「ご助言、感謝します」


「ああ、でもあの娘は少し強かったかも。あなたと同じ空色の髪の娘……」

 ディミトリエの言葉にアルフレートの顔色が変わった。喰いつくようにディミトリエに質問を投げかける。

「ドラゴシュ卿、人族に空色の髪の者はいるのですか?!」

「え、ええ、まあいなくはないわね。あまり見ないけど」

 アルフレートの剣幕に押されてディミトリエは記憶に残る人族の姿を絞り出した。

「そうですか……」

 アルフレートはディミトリエに礼を言うと、心ここにあらずといった態で立ち去った。


「ふん、親殺しが、のうのうと陛下の前に顔を出しおって」

 夜の闇を切り取ったような漆黒の髪の女がディミトリエの後ろに立っていた。苛立ちを隠せないように腕組みをして足先を踏み鳴らしている。腰まで伸ばした長髪は頭の動きに合わせて肩を滑り落ちた。ディミトリエに悪態を聞かせているのは二人の間の気安さからだった。


「イレアナじゃない、そういえばあなた、先代のユースポス卿が剣術の師匠だったわね」

「そうだ、あれほどの人格者を裏切り者扱いして罪に問うなど馬鹿げている」

 イレアナ・マリンゲンは腕組みを解くと、両手を広げて訴えた。


「今のユースポス卿が先代の罪を密告して、その手で粛清したのは帝国法に照らし合わせても正しい行いだけど」

 ディミトリエは困ったように頬に片手を当てた。

「わかっている、だからお前に愚痴っているのだ。だが、あの方が帝国を裏切るなど考えられない」


「そうねえ、先代ユースポス卿にも何か考えがあってのことでしょうね。今となっては誰にもわからないけど」

 ディミトリエも先代ユースポス卿が人族に密通していたと聞いたときは信じられなかった。一線を退いたとはいえ先代ユースポス卿は戦場で名を馳せた英雄であったし、領地は人族の国からかなり遠い。人族と組んだところで何もメリットがないのだ。


「あの男が戦って勝てたのも、先代が自分の血を分けた息子を斬ることを躊躇ったからに違いない」

 イレアナは怒りのあまりアルフレートを見る目が曇ってしまっている。ディミトリエは彼の能力を冷静に分析してみせた。

「そうとは言い切れないかも。あの子、かなり使えるわよ。しかも、マナを大量に持っている」

「くっ、それだって血筋のお陰じゃないか。ユースポス家は真祖の傍系だ。マナだって多いに決まっている」


「それは、あたしたちだって逃れられない宿命ね。有力な貴族は皆、真祖の家系と婚姻関係を結んでいるもの。ただ、剣の腕前は先代に教えを受けたとしても彼自身の努力の結果じゃないかしら」

「だとしてもだ。私はあの男の腐った性根を絶対に認めることはできん」

 イレアナは怒り心頭といった態で虚空に拳を叩きつけた。


 ディミトリエはイレアナの持つ真っ直ぐ過ぎるほど高潔な精神は嫌いじゃなかった。むしろ好ましいとさえ思っている。駆け引きを強要される貴族社会の中にあって染まらずにいられることは幸運でもあるが、イレアナがしっかりと地面に根を張っているからでもある。これほど親しい関係でいられるのは、お互いの良い部分を認め合ってきたからだろう。


 しかし、慕っていた恩師を失ってイレアナはあまりにも視野が狭くなっている。正すべきは正す。それが友人としてディミトリエに課せられた使命でもあると考えた。


「イレアナ、あなたの下にユースポス卿を付けるわ。上手く使いこなしてみせなさい」

「お前は一体何を聞いていたんだ? 私はあの男を認めんと言ったばかりだぞ」

 イレアナは不思議なものでも見たように、口を開けたまま声を絞り出した。


「わかってるわよ。だから近くに置いて、どんな奴か確かめればいいじゃないの。爵位を簒奪するような腐った男なら使い潰せばいいんだから」

 ディミトリエにはわかっていた。イレアナはいくら嫌な相手でもその実績は正当に評価することを。


 ――彼女は部下を不当に扱うことができない。だからこそ、真価を見極められるでしょう。





 


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