第33話 デビュー戦
ナヴィドたちの分隊がランク戦に登録して初めての試合がマッチングされた。対戦カードが発表されると、いたる所でどよめきが沸き起こる。注目されているのはナヴィドたちの対戦ではない、序列上位の対戦カードだ。
「序列5位ファルハードと序列10位アーズアーデ、序列18位セターレフの三つ巴か。このカードは盛り上がりそうだな」
「アーズアーデは最近序列をどんどん上げてきているからな。これまでとは勢いが違う」
「ファルハードだって安定した強さで、常に10位以内をキープしているぞ」
「また、大物食いのセターレフが何かやってくれるでしょ」
ランク戦に参加していないものは気楽だ。ほとんど興行を楽しみにする観客と同じだった。学内では禁止されている賭けも密かに行われていると噂されていた。
「ふむ、なかなかの活気だな」
リーンリアは熱気に当てられて頬が上気している。
「そりゃそうですよ。上位の対戦カードは見ていて楽しいだけでなく、色々勉強にもなりますから」
ヴィーダが優等生らしい返事を返した。どうせ見ているのは壁役か回復役の動きだけだろうとナヴィドは邪推した。
「上位陣だと、観客席がほとんど埋まる」
オルテギハは一人でランク戦を観に来ていたのかもしれない。オルテギハも戦闘狂だったなとナヴィドは思い出していた。
「これは時々、観に来ないといけないな」
リーンリアは好奇心を抑えられない様子だ。
「他人の試合はどうでもいいんだよ。俺たちの対戦は誰となんだ?」
シアバッシュが焦れたように文句を言った。
「ああ、ちょっと待ってくれ、これだな。387位と372位との対戦だ」
ナヴィドが張り出された対戦表から自分たちの名前を探し出した。
「マジかよ、オレたちの序列、低すぎねえか?」
「初任務以外、これといって実績を上げていないじゃないか。むしろ対戦相手からしたら誰だコイツって思われているよ」
「……先は長えなあ」
シアバッシュは遠い目をしてため息をついた。
「この間、ランク戦の登録を薦めたのは誰だよ」
ナヴィドは気を落とすシアバッシュの肩を叩いて文句を言った。
「まあ、仕方ねえ。勝ち続ければその内に上がっていくだろうよ」
――もちろん負けるつもりはないが、これからは忙しくなりそうだ。
「試合は明日の放課後だ。対戦相手のことはこれから調べて後で伝えるよ」
「今日はランク戦に備えて作戦会議か?」
リーンリアはナヴィドにこれからの予定を尋ねた。
「そんなところだな。公式戦は初めてなんだ。みんな気を抜くなよ」
「私はいつも全力だぞ。手を抜いたことなどない」
「ああ、そうだったな。リーンは鍵のかかった扉もぶち破るタイプだ」
リーンリアは不服そうに頬を膨らませた。ナヴィドはいつも一言多いと心の中で不満をぶちまけた。
「それじゃ、放課後に訓練所に集まってくれ」
次の日、ナヴィドたちの分隊の初めてのランク戦が始まった。観客席はまばらだ。正確には次の対戦に参加する者しかいない。誰の注目も浴びていないデビュー戦だった。
ランク戦は障害物の置かれた闘技場で複数の分隊が同時に戦う。メンバーが全員倒されるか、敗北を認めるか、時間切れになれば試合が終了となる。試合の結果によってポイントの増減が行われるが、序列に応じてポイントは変化する。相手との序列の差が大きいほど、ポイントも比例して大きくなる仕組みだ。ただし、マッチメイクは軍学校が握っているので、実力の差がある試合は組まれにくい。結果、下位の試合は実力も均衡しているために泥仕合になりやすく、観客も少ないのだった。
「模擬戦の方がもう少し盛り上がってたんじゃねえか?」
「あまり観客が多いと緊張しますけどね」
「気楽に行ける、肩の力を抜けばいい」
他のメンバーはデビュー戦に思い思いの感想を抱いている。
「私たちは先に進む、こんなところでつまずくわけにはいかない」
リーンリアは気合も十分乗っている様子だった。
「そうだな。俺たちは勝ちに行くぞ!」
ナヴィドの激を受けて、みんなに力強い笑顔が見えた。
試合開始の合図が闘技場に響き渡った。対戦相手はどちらも上級生だったのでナヴィドたちを警戒する様子はまったくなかった。というよりも何度も戦っている相手をいち早く倒すため、二隊は最短距離でぶつかるように動き出した。
「想像通り他の分隊は俺たちのことを無視している、作戦通りに行くぞ」
リーンリアとナヴィド、シアバッシュとオルテギハがタッグを組み、他の分隊が戦っている隙に後衛を倒して漁夫の利を得る作戦だった。何の注目も浴びていない今なら、成功率も高いはずだとナヴィドは考えていた。
上級生の分隊のアタッカー同士が接触した。刀身の長い幅広の剣を両手で握った者と二本のダガーを逆手に持った者、短めの槍を持った者と片手剣を持った者が対峙した。流石に何度も戦っているせいか、お互いの手の内を知っていて、すぐに仕掛けることはない。相手の出方を見るように一定の間合いを開けて隙をうかがっている。
後衛に近づいて来る二つの影があった。シアバッシュとオルテギハだ。狙われていることに気が付いた後衛は、味方のナイトを呼び戻して迎撃態勢をとった。
相手のソーサラーから氷の槍が何本も飛んできた。
「ちっ、バレちまったようだ」
シアバッシュはオルテギハの前に出て盾で氷の槍を防いだ。氷の槍は鋭いが重さもそれほどなく、体制が整うまでの時間稼ぎのようだった。
「後輩のくせに、俺たちの裏をかこうなんて生意気なんだよ」
相手のナイトが後衛の前に陣取った。これで相手の陣形はナイトを頂点に後衛のヒーラーとソーサラーが援護する黄金の三角形ができあがっている。
「んじゃ、先輩の胸を借りるとするぜ」
シアバッシュがナイトに向かって走り込んできた。走り込んだ勢いのまま盾と盾がぶつかり合う。相手のナイトも一歩も引かない気構えだった。
ナイトの頭上を通り過ぎた影があった。オルテギハがシアバッシュの後ろから走り込んで、ハルバードを地面に突き刺して支点にし、長い柄を持って空中に飛び上がったのだ。そのままオルテギハはナイトの後ろに着地した。
「はっ、なんだコイツは?!」
ナイトの頭上を越えて目の前に現れたオルテギハに、ソーサラーとヒーラーの二人は驚きのあまり硬直した。オルテギハはナイトを一瞥もせずに、落下した勢いのままハルバードを振りかぶって地面に叩きつけた。ソーサラーの身体は真っ二つになった。縦にだ。分かれた身体は二つの塩の柱を残した。
ナイトは背後で起こった叫び声を聞いて振り向こうとしたが、シアバッシュがそうはさせなかった。盾を思い切り相手にぶつけると、剣を振って牽制し、振り向く隙さえ与えない。その内に背後が静かになった。
「お、おい、どうした。なにがあった?」
ナイトはシアバッシュの攻撃を盾で捌きながら後衛に声をかけるが返事はなかった。いや、返事は物理的に返ってきた。ハルバードの先端がナイトの背中に刺さって身体を貫いた。目を見開いたままナイトは塩となって地面に広がった。
「おう、やったじゃねえか!」
「作戦通り、何も問題ない」
シアバッシュが片手の拳を軽く掲げると、オルテギハがハルバードを肩に担ぎ、片手を突き出して軽く当てた。




