第32話 学生生活
初任務から帰還したナヴィドたちに普段通りの日常が戻って来た。軍学校での授業と教練の日々だ。だが、大きな変化もあった。ナヴィドたちの分隊が初任務で抜群の成果を収めた結果、同期のトップグループの一つに食い込んできたことだ。
それは同期たちのやる気にも火をつけた。元々、ナヴィドたちの分隊はカランタリの分隊に模擬戦で勝つまでは落ちこぼれの寄せ集めと見られていた。
皆を護る高い防御能力を持ちながら周囲に溶け込めないシアバッシュ、生命の灯を消さない高い管理能力を持ちながら実戦では力を発揮できないヴィーダ、立ちはだかる全てを破壊する高い攻撃能力を持ちながら暴走して自滅するオルテギハ、そして何事にも大した成果を残していない平凡な能力のナヴィド。
編入したばかりのリーンリアを加えたからといって彼らがトップグループに食い込む分隊になるとは誰も予想していなかった。だからこそ、自分たちももっと上にいけるのではないかと期待を抱き始めたのだ。自然と模擬戦にも身が入り、同期の分隊同士の切磋琢磨が加速した。
「あー、あのアタッカー、一人で死んでしまいやがって。無駄死にじゃねえか」
シアバッシュは敵陣に突っ込んでいったアタッカーの動きをくさした。
「いや、他のメンバーが体勢を立て直す時間を稼ぐための囮になったんだろう。一人減ったが、崩れていた防衛ラインが元に戻っている」
アタッカーの真意を想像したナヴィドは、逆にその動きを評価した。
「んじゃ、こっちの分隊が一人多いのに負けるって言うのか?」
「守りに入って消耗を誘うつもりだ。相手が気付かなきゃやられるかもな」
「そんなもんかねえ」
「お前、守りの専門家だろ。攻撃だけが勝利の道筋じゃないぞ」
ナヴィドの言葉にシアバッシュは欠伸で答えた。
「はあ、早く次の任務に就きたいもんだぜ」
初任務で実績は稼いだが、ナヴィドたちの分隊はまだ一度しか任務に就いていない。何度も任務に就いている他の分隊と比べると見劣りする成績だ。シアバッシュでなくとも次の成果を期待するのは仕方のないことだろう。
「前回だってギリギリだっただろうが、油断していると痛い目にあうぞ」
ナヴィドは自分の浮ついた気持をたしなめる意味でも苦言を呈した。
「わかっているって、お前は本当に変なところで真面目だな」
シアバッシュは煩わしげな顔で、ナヴィドを追い払うように手を振った。
「しかし、随分と間が空くのだな。もっと忙しいかと思っていたが」
リーンリアも力を持て余しているのか、不満げな表情を隠そうともしない。
「任務に就くと、特別報酬がでるんですよねえ」
ヴィーダがため息とともに、しみじみと呟いた。
――ヴィーダ、生活が苦しいのか……。
「学内の序列を上げるのは、任務だけじゃない」
オルテギハが珍しくやる気を見せている。ナヴィドにもオルテギハの感情が何となくわかるようになってきた。
「ランク戦か……」
やる気を見せるオルテギハとは逆に、ナヴィドの顔は晴れなかった。
軍学校に属する分隊同士で序列を争うランク戦は、王国軍にも正式に認められている制度だ。試合に勝てばポイントを得られるし、負ければポイントを失うシンプルなルールだ。登録さえ行えば、軍学校が序列に応じてマッチメイクをしてくれる。学内でも見応えのある対戦を観戦できることで人気が高かった。
学内の序列を上げれば、階級も上がるし、任務も選び放題だ。参加するメリットは大きく、参加しないデメリットはないとなると、学生の誰もが上を目指してランク戦に登録していた。
「なんだ、そのランク戦というのは?」
リーンリアが興味を持ったようで、会話に割り込んできた。
「分隊同士で対戦して序列を争うシステムだ。序列が高くなれば階級も上がる」
「なんだと、そんな便利なものがあるなら、すぐに参加した方がいいんじゃないか」
美味しそうな話に食いついたリーンリアをナヴィドは片手で制した。
「ランク戦は学内で対戦が行われる。つまり、敵は同期だけじゃないということだ」
学内の序列は突出した実力を持つ分隊が現れない限り、上位は上級生たちで埋められている。身体の成長によるマナの量、繰り返した戦いの経験、メンバー同士の連携。どれもが上級生に有利に働く。2年生のナヴィドたちが参加したところで上位に上がる可能性は低いだろう。
「強い敵なら望むところじゃないか。こちらの練習相手としても都合がいい」
戦闘狂のリーンリアらしい答えだ。簡単に割り切れるきっぷの良さは見習いたい。
「まあ、姑息な手段ではあるんだが、ランク戦に出場すると俺たちの手の内が相手にバレる。これから同期とは戦いにくくなると考えた方がいい」
ナヴィドは苦虫を噛み潰したような顔をして答えた。
「細けえこと言うなよ。器が知れるぞ、ナヴィド」
シアバッシュはナヴィドの背中を叩きながら発破をかけた。
「わたしたちは挑戦者なんですから、ぶつかっていきましょうよ」
ヴィーダは胸の前で拳を握りながら前向きな意見をぶつけてきた。
「やる前から、諦めている、ナヴィドの悪いところ」
オルテギハは慎重過ぎるナヴィドの姿勢を正した。
「みんなやる気だぞ、どうするナヴィド?」
リーンリアはみんなの様子を見て、人の悪い笑みを浮かべている。
――くそっ、ぼろ負けしてから文句を言うんじゃないぞ。
「ああ、わかったよ。ランク戦に参加しようじゃないか!」
分隊のメンバーたちから小さな歓声が上がった。
「ところでランク戦はどのぐらいの難易度なんだ?」
参加を決めてから聞いてくるのがリーンリアらしいとナヴィドは思った。
「わかり易く対戦した分隊を基準にすると、カランタリたちが100位に入ったところだな」
「カランタリの上に99もの分隊がいるのか?!」
「逆に2年で、そこまで序列を上げたカランタリたちが凄いんだよ」
面と向かってカランタリを褒めたくはないが、同期の中でトップクラスの強さを持っていることは否定できない。
「なら、カランタリに勝った私たちは、99位だな」
リーンリアの能天気な考え方が、ナヴィドは時々羨ましくなる。
「俺たちがカランタリに毎回勝てるぐらいの強さがあればな」
ナヴィドは暗い顔をして呟いた。
「とにかく任務を待っていても埒が明かねえだろう。さっさとランク戦に登録してこいよ」
シアバッシュは大して考えていないことを隠そうともしない物言いで、ナヴィドの苛立ちに油を注いだ。
「くそっ、お前ら帰ってきたらリーン先生の地獄の特訓だからな。覚悟しておけよ!」
ナヴィドは虎の威を借りる狐のごとく、リーンリアの鬼教官ぶりを頼りにした。
リーンリアの呆れたような視線がナヴィドに突き刺さった。




