第26話 片道切符
パルヴィッツ少尉の命令により、別動隊には八つの分隊が集められ、臨時の小隊が作られた。
「すぐに出発だ。敵がここに来る前に、見つからないように移動する必要がある。ナヴィド、奴らはどこから来るかわかるか?」
小隊の指揮官を任された准尉は挨拶もそこそこにブリーフィングに入る。
「敵の渡河地点はここでした。森の中に部隊が展開できる場所はありません。恐らく砦に近い、この開けた場所まで、ここを一直線に進軍するでしょう」
ナヴィドは広げられた地図を指差しながら説明をする。
「ふむ、多少遠回りにはなるが、我々は南側に迂回して、この地点で敵が通り過ぎるのを待つのが良さそうだ。敵の背後を突くには申し分ないだろう。目標は敵のトロール部隊だ、奴らに仕事をさせるな」
集められた兵士たちが一斉に了解の返事を返した。
「准尉、提案がある。グレイウルフはかなり鼻が利く。奴らに気取られないようミアザの汁を撒いてはどうだろうか。強い匂いで我々の動きを察知しにくくなるはずだ」
リーンリアは強者たちが見つめる剣呑とした空気の中で、物怖じもせずに発言した。
「ふむ、よかろう、そのミアザはどこにある?」
グレイウルフの嗅覚が優れていることは知れ渡っていたが、その対策は准尉も知らなかった。即座にリーンリアの意見を受け入れた。
「この季節、森の中ならすぐに見つかるだろう。実を潰して服に擦り付ければ、すぐに効果が出る」
「なかなか魔獣に詳しいな。よし、森に入ったら全員に教えてやれ」
「はいっ」
リーンリアは敬礼を返した。ナヴィドの目から見てもなかなか堂に入ったもので、これなら魔族のハーフだと気付くものはいないだろうと安堵した。
「今回、お前たちの命は預けてもらう。帰還することを考えるな、任務の達成だけを考えろ。俺たちの任務の成否で砦の命運が決まると言っていい。では、出発だ!」
准尉はこの任務が片道切符であることを示唆した。つまり孤立した別部隊は救出されることはない。死に戻り、戦って死に魂の射出で戻ることを前提としている。ならば死ぬまでの間に成果を残すしかない。
ナヴィドは集められた兵士たちを眺めた。小隊メンバーの年齢は20代が多い、つまり精鋭部隊ということだ。そんななかに無理矢理新兵のナヴィドたちが入ったのだ。周囲からかなり浮いていることは、ナヴィドも理解していた。
――さて、偶然とはいえ、招待状をもらったんだ。少尉の顔を潰すわけにはいかないな。
「シアバッシュ、相手はトロールだ。下手に防御をしない方がいい。他の魔獣が寄ってきたら相手を頼む」
「任せろ、お前たちを守るのがオレの仕事だ」
シアバッシュは胸を拳で叩いた。普段は口も態度もでかいが、こういうときは頼りになる。自信にあふれた返事を聞いて、ナヴィドは心の重荷が少し軽くなった。
「リーンリアとオルテギハはトロールたちを殲滅しろ。後ろは俺とヴィーダに任せておけ」
「ああ、心得た」
リーンリアはいつも通りだった。入れ込み過ぎでもないが、かといって気合が入っていないわけでもない。短い返答の中に彼女の信頼が感じられた。
「オルテギハ、後ろに俺たちがついているんだ。勝手に突っ込むんじゃないぞ」
「ん、気を付けるわ」
オルテギハは軽く答えたが、一番アテにならないとナヴィドは心配になった。彼女の悪癖は一朝一夕で治るものではないだろう。残りのメンバーでフォローする必要がある。
「これは俺たちの初任務だが、上にのし上がるチャンスでもある。気合入れて行こう」
分隊メンバーたちは思い思いに了解の返事を返した。
別動隊は森に入り、予定通りの場所で待機していた。ここまで特に問題らしい問題はない。兵士たちは出番が来るまで思い思いの方法で集中力を高めている。武器の手入れに余念のない者、干し肉をかじる者、昼寝をする者。ナヴィドたちはそんな兵士に囲まれながらも落ち着かない時間を過ごしていた。今になって準備ができていないことばかり考えてしまう。ぶつぶつと呟きながら、その場を歩き回っていた。
「ナヴィド、落着け。本番まで持たないぞ」
リーンリアが口の端を歪めて話しかけてきた。
「やけに落ち着いているな、リーン」
「やっとその名で呼んだか。まあ、私たちは私たちのできることをやるまでだ。我々だけではないのだからな」
ナヴィドはリーンリアほど気楽になれなかった。砦が抜かれれば、この先には多くの人族が暮らしている。彼らを守れるかどうかは、この作戦にかかっていると考えるといても立ってもいられないのだ。ナヴィドはわかっていると返事しながら足元の小石を蹴った。
斥候が偵察から戻って来た。魔族たちは予定通り、砦の手前で部隊を展開して陣形を整えている。程なく戦闘が始まるだろう。
「お前たち、もう少しの辛抱だ。敵が砦に集中した頃合いで背後から奇襲をかける。トロール以外には目もくれるな」
別動隊の全員が無言で頷いた。
「行くぞ!」
准尉が振り上げた手を降ろすと、兵士たちが突撃を開始した。
目当てのトロールたちはすぐに見つかった。何せ巨体で周囲から頭一つ飛び出ている。分隊ごとに攻撃対象を決めて突っ込んだ。
アタッカーが幅広の剣を振るってトロールの脇腹を切り裂いた。トロールは腕を振り回して応戦するが、鈍重な動きではアタッカーをまったく捉えられない。
仲間たちがトロールに対して次々に攻撃を加えていった。やがて傷という傷からマナが溢れ出したトロールは、仰向けに倒れるようにして塵に還った。
――流石、精鋭部隊だ。安定した動きをしているな。
「あの岩を担ぎ上げた奴をやるぞ」
ナヴィドの指示にリーンリが右に大きく膨らみながらトロールに走り寄った。
リーンリアの接近に気付いたトロールは投石の対象を変更する。両手で岩に亀裂を入れると、リーンリアの手前に投げつけた。地面にぶつかった岩は多くの破片になって飛び散る。
リーンリアは類稀な反射神経で飛び散った破片を見切り、上体を揺らすように避けながら、ステップを踏んでトロールに走り寄る。
トップスピードのまま股下をスライディングで抜けると、リーンリアは両足の腱をダガーで切り裂いた。トロールが両足の膝をつくと、背中を駆け上って延髄にダガーを突き刺す。塵に還ったトロールを足場にしていたたリーンリアは音もなく着地した
「オルテギハ、左を狙うぞ」
ナヴィドはトロールの頭を撃って、注意をこちらに引きつけた。その隙にオルテギハが駆け寄る。トロールは小さめの岩を片手で掴んで放り投げた。スピードの乗った岩は狙いを外してヴィーダに向かっていった。
「くそがっ、気を付けろよ!!」
シアバッシュが咆えた。ヴィーダの前で盾を構えると、岩を受け止めた。強い衝撃を受けて後ずさるが何とか耐えてみせた。
「あ、ありがとうございます」
ヴィーダは礼を言いながら、シアバッシュの背中に手を当てる。回復の光がシアバッシュを包んだ。
「礼は後だ。お前は全体を見ておけよ」
「はいっ」
ヴィーダは短く答えると、周囲に目を配った。
オルテギハは渾身の力でハルバードを振り下ろした。丸太のようなトロールの腕が切り落とされる。切り口から溢れ出たマナを止められず、トロールはそのまま塵となって消えた。
「マジかよ……」
オルテギハの身体のどこにそんな馬鹿力が眠っているのかとナヴィドは驚いた。
「チッ、気付かれたみたいだぜ」
シアバッシュが顎で指示した先にはゴブリンの集団がこちらに向かって来ていた。
「シアバッシュ、抑えるぞ」
ナヴィドは地面に盾を置き、片膝を立てて座り込んだ。膝と肩で銃身を支えて、迫ってくるゴブリンたちに照準を向ける。眉間を光弾で撃ち抜かれた先頭のゴブリンが倒れると、後続のゴブリンたちが巻き込まれた。ナヴィドは戦果を確認もせず、ゴブリンたちを次々に狙撃していく。だが、多勢に無勢だ。撃ち漏らしたゴブリンたちはすぐ近くまで迫ってきていた。
――まだだ、この程度では終われない。




