第21話 奪還作戦
フェレイドンとナーデレフは街道沿いの茂みの中で息を潜めていた。前方から四台の馬車が列をなして近づいて来る。この先の曲がり角は街道沿いの木を伐り倒して封鎖している。輸送隊が通り過ぎた後で、後ろから襲えば袋のネズミだ。目の前を通り過ぎる兵士と魔獣たちを、息を殺して見送った。
「行くぞ!」
小声だったが、分隊全員にフェレイドンの意思は伝わった。
後方からフェレイドンとアタッカーの二人が走り寄って、そのまま兵士の背中を切り裂いた。断末魔を残して兵士が二人、塵となって消えた。その声を聞いて初めて兵士たちは、襲われたことに気が付いた。
「敵襲だ! 魔獣どもを放て」
輸送隊の隊長らしき人物が大声で命令を下した。先頭を歩いていた魔獣たちが呼び戻されて襲撃者と対峙した。その間に兵士たちは防御の陣形を整え始めた。
隊長らしき人物の眉間を光弾が撃ち抜いた。硬直した身体が後ろに倒れ込むと同時に、塵に変わって消え去る。
「戦場で目立つと、早死にするぞ」
高い木の枝に腰を下ろし、幹に身体を預けて射線を確保したナーデレフは肩と膝で銃を固定して狙撃を続けた。
「木の上だ、馬車を盾にしろ!」
銃口から発せられる光を頼りに兵士たちはナーデレフの位置を特定した。射線を避けるように馬車の陰に隠れる。
「ふふふ、あまーい」
ナーデレフは馬車の陰からはみ出ていた兵士の足を撃ち抜いた。兵士は痛みのあまり地面を転がる。射線が通る位置に出てきた兵士をナーデレフはすぐには殺さない。両手を撃ち抜いて悲鳴を上げさせた。
「くそっ、早くこっちに引き込め」
負傷した兵士を馬車の陰に引き込もうと頭を出したところをナーデレフは逃さなかった。
「優秀な餌だね、愛してるよ」
光弾が兵士のこめかみを貫いた。兵士は負傷した兵士に手を差し伸べたまま、塵に変わって消えた。
「悪魔め! 思い知らせてやる!」
盾を構えたナイトの後ろでソーサラーたちが呪文を唱え始めた。
「おっと、潮時かな」
ナーデレフは枝に足をかけて身体を後ろに倒すと、くるりと一回転をして地面に降り立った。
さっきまでナーデレフがいた位置にいくつもの火球がぶつかり、大木を燃え上がらせる。明々と照らされる周囲を避けるように、ナーデレフは森の中に姿を消した。
ナーデレフが時間を稼いでいる隙に、フェレイドンたちは全ての魔獣を倒していた。馬車の周りに集まっている兵士たちを確認したフェレイドンは首にかけていた笛を短く吹いた。その音を合図に曲がり角で伏せていたグレイウルフたちが兵士を襲い始める。
「何、後ろからだと!?」
挟撃された形の輸送隊は混乱の極みに達している。陣形に構っている余裕など最早なかった。ソーサラーが杖でグレイウルフの牙を止めながら、片手で呪文を放って火球で腹を突き破った。横ではナイトが盾でグレイウルフを押し返し、喉元を剣で突き刺した。
その時、横合いから飛んできた光弾がソーサラーの胴体に穴を開けた。驚愕の表情を残してソーサラーが塵に還る。森の中を移動したナーデレフが、街道の側面に陣取ったのだ。遠距離からの攻撃手段を持つソーサラーが次々に狙撃の餌食になっていく。
正面からはナイトを壁役にフェレイドンとアタッカーが教科書通りの戦い方で危なげなく、兵士を倒していた。多数を相手にせず、一人一人を確実に葬っている。前だけに集中できない輸送隊の兵士たちは本来の力を半分も出せずに塵に還っていった。
やがて輸送隊の中に動く者はいなくなった。
「よし、街道を封鎖していた木を動かすぞ。終わったら手分けして馬車を移動させるんだ」
フェレイドンの命令で分隊メンバーは、それぞれの持ち場に散っていった。兵士たちの魂は元の身体に戻っており、事はすでに露見している。魂送した場所次第だが、すぐに追手が差し向けられるだろう。少しでも遠くに移動しなければならない。
「ここまでは計画通りじゃない?」
ナーデレフが御者を務めるフェレイドンの隣に座った。
「情報が正確だからな」
ユースポス卿が提供した情報は、輸送ルート、時間、護衛の規模、どれも間違いがなかった。だが、人族の領域に帰るまで油断はできない。これから一般人を連れて、山越えをしなくてはならないのだ。立ちはだかる任務の困難さを想像して、フェレイドンはため息をついた
「あの子、泣いていたね」
いつも飄々として捉えどころのないナーデレフが、珍しく声の調子を落として言った。
「リーンリアのことか?」
「長く一緒にいたせいか、情が移ってしまったみたいだ」
ナーデレフの言葉を聞いて、フェレイドンはリーンリアとの別れを思い出した。
「行っちゃうの?」
リーンリアは両手の拳を握りしめて、涙が溢れ出しそうな目を見開いていた。
「俺たちは自分たちの国へ帰らなければならないんだ」
「ねえ、おじ様。私たち、また会えるかな?」
フェレイドンは本当のことを言うべきか躊躇したが、誤魔化したとしてもリーンリアの心に傷を残すだけだと思い直した。
「もう会えないだろう。人族が魔族の領域に入ることはかなり難しい。でも、これから人族と魔族が共に手を携えて生きていけるなら、いつでも会うことができるようになるさ。その機会が来たとしたらこれを使うといい」
フェレイドンは胸元から認識票を取り出して首から外して手渡すと、寂しげな笑顔でリーンリアの髪の毛をかき乱した。
鼻を鳴らしながら涙をこらえていたリーンリアは、流れ落ちる涙を見せないように顔を伏せた。
「今度はリーンリアが人族の国に遊びにおいで。美味しいものをたらふく食べさせてあげるよ」
ナーデレフは湿っぽくなる雰囲気を嫌って、おどけたようにリーンリアに声をかけた。
「人族の国には美味しいものがいっぱいあるの?」
頬には涙の流れた跡が残っていたが、精一杯の笑顔を浮かべてリーンリアは尋ねた。
「世界にはまだリーンリアが見たことがないものがいっぱある。旅の途中でその土地云々々の美味しいものに舌鼓を打つのは、旅の醍醐味ってやつだよ」
ナーデレフは旅の楽しみ方をリーンリアに伝えた。リーンリアの生きる世界はまだまだ狭い。これからいろんなものを見ていくことになるだろう。綺麗なものも、汚いものも、清廉なものも、醜悪なものも。そうして広い視野を養って欲しいとナーデレフは心から願った。それが、人族と魔族の未来につながるのだから。
「元気でな」
「うん、おじ様とお姉様も元気でね」
城の門前でユースポス卿に連れられて、見送りにきたリーンリアは小さく手を振った。
「リーンリアは笑っている方が可愛いんだから、そんな顔はこれっきりにしておくんだぞ」
ナーデレフは最後までおどけた調子を止めなかった。
「今度会うときは泣き顔を見せないから」
リーンリアはとびきりの笑顔を二人に送った。
帰りの山越えは行きの何倍もの困難を伴った。長い間、蓄魔管に封じられていた人々の身体に険しい山道は負担が大きかった。座り込んで動けなくなる人をなだめすかし、疲れたと文句を言う人を脅してでも、とにかく前に進んだ。
痕跡には十分な注意を払ったため、追手は的を絞れず、偶然出会った者もナーデレフの手で処理していった。
ようやく人族の領域に帰って来たとき、フェレイドンたちは疲労困憊で一歩も動けない有様だった。巡回中の偵察隊が見つけてくれなければ、作戦は失敗していたかもしれない。だが、フェレイドンたちは任務に成功し、さらわれた人々を連れて王国へ帰還した。




