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キミと始める再生の旅を、今ここから  作者: Jint


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第150話 今ここから

 和平条約締結から二年の月日が流れた――。


 帝国と王国の関係は手探りながらも大きな問題は起こっていない。魔族にさらわれていた人々は解放されて順次、王国へ帰還している。だが、故郷を失った人々が新たな人生を始めるにはまだ時間がかかりそうだ。王国側も数年は腰を据えて帰還者の復帰に力を貸している。


 人族を返したことで問題となる魔石の供給は王国の新たな輸出品となっている。携帯可能な簡易的マナ収集器が帝国から供与された。装着すればマナを集めて魔石に封じる優れものだ。得体の知れない術具に警戒していた人々も、寝ている間にも金を稼げるとあって庶民を中心に爆発的に広がった。結果的に魔石は安定して供給されている。


 帝国からは金、銀、鉄などの鉱物が主な輸出品となっている。だが、今最も注目されているのは魔獣だろう。魔獣はあくまでも帝国からの貸し出しの態を取っていた。期間限定の労働力として供与されるのだ。それでも最早、魔獣なしに王国の生活は成り立たないとまで言われている。それほど深く結びついてしまったのだ。


 最も一般的なのはトロールだろう。建築現場での建材の輸送から農地の開墾まで力仕事ならなんでもこなす。最初はおっかなびっくりだった者たちも命令通りに動くトロールの便利さに触れてしまえば、武骨な見た目も可愛く見えてくるから不思議だ。


 グレイウルフは王国内の郵便網を確立した。街から街へ、村から村へ、これまでは配達人を介して送っていた手紙が安価で届くようになったのだ。背中に鞄を背負って街道を行き来するグレイウルフの姿はもう見慣れたものになっていた。


 ジャイアントスパイダーは作り出す糸が注目されている。絹織物よりも滑らかで光沢のある布を生み出す糸を均質で大量に作り出せるのだ。これから王国の服飾は新しい素材を手にして大きな変化にさらささるだろう。


 ワイバーンは想像よりも使いづらい魔獣だった。航続距離も搭載量も期待していたほどではない。流通を革命的に変えるまでにはいたらなかった。それでも地上の難所を空から輸送するのはかなりの優位性を持っている。


 こうして魔獣の利用が一般的になってくると不心得者が出るのも世の常だ。魔獣の仕組みを解明しようとして解体された魔獣も十や二十ではきかない。だが、その全てが塵へ還るだけで仕組みはようとして知れなかった。ただ解体された魔獣が貸し出された貴族や商会には二度と魔獣が貸し出されなかった。商機を失った者たちを見て仕組みを解明しようとする者はいなくなった。


 小さな問題は多数あれど、大きな問題が発生していない要因のひとつとして挙げられるのはまだ人族と魔族の接触が限定的にしか行われていないからだ。人族と魔族が共に暮らしているのはナヴィドが治めるアシュールの地しかなかった。





 ナヴィドは土を握りしめた。適度に湿り気のある黒々とした良い土だ。二年前、ここは死の大地と呼ばれ、塩が撒かれた赤茶けた荒野でしかなかった。そこに水を引き、塵を撒いて塩の害を中和し、海岸でも育つ植物の種を撒いて土壌の回復を図った。その結果が現れているのだ。


 ――これならいい畑ができそうだ。


 広大な農地でトロールたちが鋤を引き、その後ろを歩く農民が塵を撒いている。今年からはトウモロコシを作ると聞いている。これが帝国に流通すれば、慢性的な食糧不足も解消されるだろう。


「ナヴィド様、こんなところにいらしたのですか」

 息せき切って走り寄ってきたのはリュドヴィートだった。彼は皇帝の命令でアシュール領に貸し出された文官のひとりだ。おそらくイオン宰相がつけた鈴でもあるのだろう。


「ああ、畑の様子が気になってね」

「報告書には記載してあると思いますが?」

「現地視察も必要なことじゃないか」

「お飾りの領主様は執務室で印を押してくれれば十分なんですがね」

 時々、こうしてリュドヴィートはナヴィドをあげつらう。彼なりのストレス解消だ。

「お飾りが仕事をし出したら、もっと良くなると思わないか?」

「無能な上官にかき回される現場をたくさん見てきましたが」

「ははは、その時はお前が止めてくれるだろう? リュドヴィート」

「はあ、まあ、それが仕事ですから」

 ナヴィドはリュドヴィートを見なかったが、苦虫を噛み潰したような表情をしていることは想像がついた。


「ところでアルフレート殿は息災か?」

 話題を変えるようにナヴィドはリュドヴィートの親友の名を挙げた。

「ええ、我が世の春を謳歌していますよ」

「アルフレート殿がか?」

 堅物を絵に描いたような男だっただけにナヴィドは驚きを隠せない。

「父親を粛清した折に婚約を破棄されたアルフレートと軍務にかまけて婚期を逃したどこぞの誰かがくっつきそうな塩梅で」

 さして面白くもなさそうにリュドヴィートは吐き捨てた。

「リュドヴィートにも婚約者がいるのだろう? 贈り物でも送ったらどうだ?」

「私がナヴィド様から恋愛面で助言をいただくなど、その言葉をそっくりお返したいですね」

 リュドヴィートの心はナヴィドの言葉では慰められなかったようだ。





「よお、ナヴィド。街の建築はほとんど終わったぜ」

「ナヴィド様、こちらにご署名を」

 領主の館に戻ったナヴィドをシアバッシュとシモナが迎えた。


 シアバッシュは軍を退役し、ナヴィドについてアシュール領で建築業を始めた。なにせ何もない領地だ。建てるものはいくらでもあった。王都からつれてきた職人たちを中心に退役した軍人も雇って手広くやっている。これも公私混同かとも思ったが、こんなきな臭い土地に来てくれる者などいなかったのも事実だった。


 シモナも皇帝の命令を受けてアシュール領に貸し出されていた。今はナヴィドの補佐をしている。ディミトリエの副官をしていただけのことはあり、とても有能で助かっていた。


「シモナ、お前が目を離すからナヴィド様がふらふらと出歩かれるのだぞ!」

「領地を視察するのに何か問題でも? ああ、あなたが担当している農地の整備が遅れていることを知られたくなかったのですね。それは申し訳ありませんでした」

 リュドヴィートとシモナは顔を合わせると言い争いを始める犬猿の仲だった。


「お前、よくあれと結婚したな……」

 二人の争いから避難するようにナヴィドはその場を離れた。

「あれって言うな。あれで可愛いところがあるんだよ」

 シアバッシュは頬をかきながらそっぽを向く。


 シアバッシュはシモナと結婚した。彼がいつどうやって彼女を口説いたのかは永遠の謎だ。気がついたら結婚の了承だけ取りにきた。これが友達と言えるのかとナヴィドは激怒したが、相談されたところで気の利いた答えを返せないことに気がついて自分の中で折り合いがついたようだ。


「お前、彼女に玉をつぶされてなかったか?」

「止めろ、今でもひゅんとする」

 心底嫌そうな顔をしてシアバッシュはナヴィドの背中を叩いた。


「おかえりなさい、ナヴィドくん。村の巡回が終わりましたよ」

「ただいま、ヴィーダ。変わりなかったか?」


 ヴィーダは退役したヒーラーたちをまとめてアシュール領に診療所を作った。村々を回って診察もしている。王国の村と比べてもかなりの厚遇だ。なにせ領主が領民の健康のために金を出している。それもこれも領民に逃げられないための施策なのだが。


「ええ、みんな元気でしたよ。トロールと一緒に農具も貸し出してもらえるのは好評ですね」

「ヴィーダの親父さんのアイデアだろ? やっぱり本業だと目が行き届くな」

 父親のことを褒められてヴィーダは照れ隠しをするようにナヴィドの腕を叩いた。


 ヴィーダは家族をアシュール領に呼び寄せていた。故郷の村では猫の額ほどの小さな農地に大家族が縋りついて生きている。そんな状況は彼女の仕送り程度では改善されなかった。この地は国境の緩衝地帯で危険な地域だ。だが、夢が持てるだけの可能性はあった。そこで彼女はこの地に家族を呼んだのだ。


 今では両親や兄弟たちが農業の指導をしている。アシュール領へ送られてくる領民は故郷で食い扶持を得られない農家の次男や三男、退役した軍人が主だ。王国に近い気候のこの地ではヴィーダの家族たちの経験が活かされていた。


「ナヴィド、差し入れを、持ってきた」

「いつも悪いな、オルテギハ」

 ナヴィドはオルテギハの差し出したパンにかぶりつく。パンの間には新鮮な野菜と腸詰めの挽肉が挟まれていた。ぱりっとした歯応えがして肉汁が溢れ出す。食事の暇もないナヴィドにとって至高の一品だった。


 オルテギハは王都の実家に戻っていたが、一年あまり前にアシュール領へ越してきた。街で食堂、兼酒場を開いている。実家の支店だそうだが、人を雇って自分はこうしてふらふらしている。たまに店を手伝っているようだが。


「これって贈賄にならないのか?」

「うるさい、シアバッシュ。アタシは『まだ』、ナヴィドから、何ももらっていない」

 シアバッシュを手で追い払いながらオルテギハは頬を膨らませた。


「お疲れ様、ナヴィド」

 鈴を転がすような声だ。ナヴィドはあの日に戻ったような懐かしい気持ちになった。

「ただいま、リーン。今、帰ったよ」

 ナヴィドは迎えに出てきたリーンリアを引き寄せると、軽く唇を合わせた。


「領地はどうだった?」

「順調だ。今年の収穫は期待できるぞ」

 安心させるように笑いかけたナヴィドをリーンリアの微笑みが受け止めた。


「それは良かった。街の方も形になってきている。ここは帝国と王国の中継地点だ。行きかう商人もこれからもっと増えるだろう」

 アシュール領は魔族も人族も入り混じっている。互いの良いところも悪いところも知るにはいい場所だ。そうして生まれたものが広がっていく。ここは今でも最前線だった。


「イチから作っているんだ。いい領地にしてみせるよ」

「そうだな。私たちの子供のためにも」

 リーンリアが愛おしそうにお腹をさすった。

「ああ、全てはここから始まる――」


「今ここから」





 了


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