第15話 狂戦士の憂鬱
オルテギハは教室でいつも一人、本を読んでいるような大人しい女の子だった。普段は髪をぞんざいに後ろでまとめていて、印象に残らない容姿をしている。色気のない軍装と比べて、今は普通の町娘のような服装だ。胸元からお腹までを編んだ紐で絞っているので、豊かな胸が強調され、肩を露わにした袖が艶めかしい雰囲気を出していた。
「すまん、あまりに印象が違い過ぎて、誰かわからなかったよ」
「この店……、アタシの実家なの。手伝いの時は、いつもこんな格好よ」
オルテギハは両手で胸元の服を摘まんで、少し上に引き上げた。
「それで俺たちの分隊に入りたいってことでいいのかな?」
ナヴィドは吸い寄せられそうになる視線を剥がして会話を続けた。
「そう、入りたいの。分隊を探していたから」
オルテギハは悩んでいたわりに、しっかりと自己主張をした。
――死にたがりのオルテギハか……。
オルテギハのアタッカーとしての実力は、かなり高いと言っていいだろう。だが、その攻撃スタイルは苛烈の一言に尽きる。戦っているときは一切、自分の身の安全を考慮しない。傷を負おうが、腕を切り落とされようが構わず攻撃を続ける。普段の大人しい姿から想像できないような狂戦士っぷりだ。
敵からは何をやってくるか、わからない怖さがあるが、味方からは連携も取らずに、勝手に突っ込んで倒されることで疎まれている。無口で何を考えているかわからない上に、二面性があることで気味悪がられていた。
――もっとも今日の姿を見れば、二面性どころの話じゃないが。
「いいんじゃないか? やる気があるのなら大歓迎だ」
ナヴィドが考え込んでいるのを見て、断るつもりかと思ったリーンリアが助け舟を出した。
「あー、オレはナヴィドに任せる。コイツが使えそうなら、それでいい」
相変わらずシアバッシュはメンバーの勧誘ではまったく役に立たない。
「そうですね、こんなぽっと出の分隊に来てくれる奇特な人なんて、なかなかいないですよ」
これもヴィーダが心を開いた結果なのだろうか。想像以上の毒舌にナヴィドはおどおどしていた頃のヴィーダを懐かしんだ。
「わかった。それじゃ、模擬戦でキミの実力を試させてもらう」
ナヴィドの提案にオルテギハは無言で頷いた。
次の日の放課後にナヴィドたち四人とオルテギハは訓練場に集まっていた。
オルテギハの対戦相手はリーンリアかシアバッシュで迷った挙句、真っ当な実力を測るにはどちらが適任かを考えた結果、シアバッシュに決めた。今回はヴィーダからの回復もないため、攻撃と防御が真っ向からぶつかり合う構図だ。
「おう、いつでもいいぜ。来いよ!」
シアバッシュが右手の剣の柄頭を盾にぶつけた。
その音を合図にオルテギハが走り出した。彼女の持つ武器はカランタリの分隊のアタッカーと同じハルバードだ。長い柄の先には斧頭と槍の穂先が付いている。それなりに重量はあるが、突く、斬る、払うと様々な攻撃を仕掛けることができる使い手を選ぶ武器だった。
オルテギハは剣の間合いの外からハルバードで突きを繰り出す。シアバッシュは十分な余裕を持って盾で攻撃を逸らした。そのまま二度、三度と突き出された攻撃を盾でかわし続ける。
オルテギハは右足を軸にして回転すると、横薙ぎの一撃を繰り出した。シアバッシュは軽くバックステップで攻撃をかわした。
――あの野郎、前にも言ったのに。あの癖、直そうともしないな。
斧頭の重さを利用して、そのまま勢いを殺さずに、オルテギハはハルバードを頭上から振り下ろした。シアバッシュは更にバックステップで後ろに下がる。その行動を読んでいたようにオルテギハは振り下ろしたハルバードを地面に突き刺した。穂先を支点にしてシアバッシュの頭上を越えるように空中に飛び上がる。オルテギハの姿を見失ったシアバッシュは後ろを振り返ろうとして、背中を石突で強かに突かれた。
「くそがっ!?」
たたらを踏んだシアバッシュは息苦しさを感じながらも、振り向きざまに剣を振って、次の攻撃を牽制した。
オルテギハはここが勝負所と見たのか攻撃の回転数を上げてきた。突き、斬り、払いを組み合わせて様々な方向からシアバッシュの防御の綻びを探ろうとする。先端に重い斧頭が付いたハルバードの一撃はかなりの衝撃だ。シアバッシュはオルテギハの攻撃を盾で受け止めるが、じりじりと押されていた。
しかし、オルテギハの攻撃はそこまでだった。最初に見せたような意表を突く攻撃でないと、シアバッシュの防御は破れない。次第にオルテギハの攻撃に慣れていったシアバッシュが反撃まで繰り出すようになった。
オルテギハの突きを盾で受け流したシアバッシュは、彼女の体勢が流れたのを見逃さずに、足元から剣を振り上げた。オルテギハはのけ反って攻撃を避けたが、頬を浅く切り裂かれた。傷からマナの光が漏れ出す。
途端にオルテギハの雰囲気が変わった。身体ごと突っ込んで盾に肩からぶつかると、石突で剣をかち上げ、そのまま回転するように斧頭を横薙ぎに振るった。シアバッシュは慌てて盾を戻して防御する。オルテギハは柄を小脇に抱えて片手を離し、シアバッシュの盾を引っ張った。
シアバッシュが前につんのめるように倒れ込んだところに、オルテギハの頭突きが命中する。鼻頭をつぶされたシアバッシュは目の前で火花が散ったように視界が明滅した。オルテギハはその隙に振り上げた斧頭を渾身の力で振り下ろした。シアバッシュが掲げた盾は攻撃を受けて半分に砕け散ったが、左腕を切り裂いただけでなんとかしのいだ。
地面に叩きつけられたハルバードを支点にして、オルテギハは蹴りを繰り出した。剣を振り上げたシアバッシュがオルテギハの左足を膝の先から切断した。だが、間髪入れず繰り出された右足がシアバッシュの側頭部を捉える。シアバッシュは側転するように吹き飛んで、地面に仰向けに倒れた。
オルテギハはハルバードを杖代わりにしてシアバッシュの下に走り出すと、馬乗りになって喉笛に噛みつき、肉を喰い千切った。
シアバッシュの首から大量のマナが溢れ出す。呼吸をする度に笛が鳴るような音がかすかに聞こえた。もう戦えるような状態ではないにも拘らず、シアバッシュは残っている力を振り絞り、最後まで手放さなかった剣をオルテギハの胸に突き刺した。
マナが失われたシアバッシュとオルテギハの身体が、塩の柱になって崩れ落ちた。
――滅茶苦茶だ……。
オルテギハの攻撃は変則的なナヴィドの動きを遥かに上回る無軌道さだ。頭のネジが何本か飛んでいるに違いないとナヴィドには感じられた。確かに攻撃力はすさまじいの一言だ。だが、あの力を制御できるかと問われれば、即座に否と返せる。
「いや、まいったな。かなり強いじゃねえか」
元の身体に戻ったシアバッシュとオルテギハが練習場に戻ってきた。
シアバッシュはあんな死闘を演じたにも拘らず、非常にスッキリした顔をしている。戦闘狂はこれだから救われないとナヴィドは頭を抱えたくなった。
「……それで、どうだった? アタシは分隊に入れてもらえる?」
オルテギハの様子はいつも通りだ。口元から血を滴らせながら同じことを言われていたら、ナヴィドは頷いていただろう。
オルテギハは何もかもが不安定だ。高いポテンシャルを持ちながら、周りに合わせられない非常にピーキーな性格をしている。連携を重視する分隊なら議論の余地なく、不採用の烙印を押しているだろう。だが、ナヴィドにはそう決心できない何かが心の底に残っていた。
「一緒にやってみるか。俺たちはみんなポンコツ揃いだからな」
ナヴィドが差し出した右手を、オルテギハは恐る恐る握り返した。




