第148話 全ての真実をここに
和平条約締結に先立つ半年あまり前――。
「謁見ですか?」
第二次アシュール会戦が終了して半年余りが経ち、和平交渉が本格化してきた。帝国側から皇帝と謁見のためナヴィドとリーンリアの二人を招聘したいとの意向が伝えられた。王国側は混乱した。帝国側が何のために王国軍の一兵士を招聘するのか。彼らにはその意図がまったくわからなかったからだ。
「そうだ。ヴィルヘルム陛下がお前たちと会って話がしたいらしい」
疲れた様子のナーデレフは面倒なことを持ち込むなとの視線を送ってきた。
ナヴィドとリーンリアが学長室に呼び出され、こうして話をするのも久しぶりのことだった。和平が成立すれば、王国軍はその規模を縮小せざるを得ない。兵士たちの何割かには王国軍を辞めて新しい職に就いてもらう必要もある。多くの兵士を供給してきた軍学校も影響を免れることはできなかった。
「しかし、何を話せと?」
ナヴィドにとっても皇帝との謁見は青天の霹靂だった。
「知らん。自分の首を取った者に恨み言でも言うんじゃないか?」
「帝都まで殺されに行ってこいと言うんですか?!」
心底嫌な表情でナヴィドは両手で机を叩いた。
「大丈夫だ。帝国に派遣されている者は皆、素体を使っている」
そんな剣幕はどこ吹く風でナーデレフはナヴィドの不満を切って捨てる。
「ナヴィド、皇帝は自ら犠牲になるために戦場へ出てきたのだ。恨み言は言われないと思うぞ、多分」
リーンリアが控えめな助け舟を出した。
「まあ、ヴィルヘルム陛下が何を聞きたいのかは知らないが、何を聞かれてもお前は大人しくしていろよ、ナヴィド大尉」
和平条約の締結を前にして問題だけは起こしてくれるなとナーデレフの目が訴えていた。
それから二週間後、ナヴィドとリーンリアは謁見の間で皇帝の前に跪いていた。出発までの間、ナヴィドは失礼にあたらない程度の礼儀作法を付け焼刃で叩き込まれたことを思い出す。貴族の令嬢であったリーンリアはともかくただの村人だったナヴィドには荷が重い役だった。
王国からの親書を渡したナヴィドはひとまず表向きの任務を終えた。今のところ大きな失敗からは無縁だ。大任をなんとかこなせたナヴィドは安堵した。だが、本命はこれから行われる皇帝の話だ。帝都まで呼びつけた真意が何なのかはすぐにわかるだろう。
「遠い地よりよく来てくれた。二人ともこちらでゆっくり休まれるがよい」
ヴィルヘルムは二人に慰労の言葉をかけると、警備に就いていた近衛兵を下がらせた。
謁見の間に残ったのはヴィルヘルムとナヴィド、リーンリアの三人だけとなった。他国の者との密談に皇帝ひとりというのは、いささか不用心に見える。だが、戦場で見た皇帝の別格の強さを考えれば、おかしな話ではない。それにヴィルヘルムが生身かどうかもわからなかった。
「二人とも楽にしてくれ。ここで礼儀についてとやかく言う者はいないだろう」
ナヴィドの緊張を解きほぐすようにヴィルヘルムは片目をつぶってみせた。
「ありがとうございます、陛下。早速ですが、私たち二人を呼んだ理由を教えていただけますか」
共通の話題も持ち合わせていないナヴィドは襤褸が出る前にいきなり本題に斬り込んだ。
「せっかちだな、ナヴィド殿は。まあ、それはいずれわかるだろう。ところでリーンリア殿」
「はい」
「あなたのお父上にはとても感謝している。帝国のために魔族と人族の懸け橋となってくれたことは望外の幸せだった。遅きに失したが、彼の名誉も必ず回復しよう」
「ありがとうございます。しかし、そうなりますと、兄の処遇は……」
アルフレートは父親を帝国の裏切り者として粛清している。リーンリアにとって父親の名誉回復は喜ばしいことであったが、そのことでアルフレートが処罰されては本末転倒だった。
「わかっている。人族との融和は秘匿性の高い案件だった。真相を知らなかったからといってあなたの兄上を処罰するつもりもない」
「ご配慮いただき、ありがとうございます」
「さて二人に話したいことは真祖の系譜についての秘密だ」
「そ、そんな大事なことを私たちにですか?!」
「無関係ではないのだよ。それに融和が進めばいずれわかることでもある」
「はあ……」
理解が追いつかずに間の抜けた返事を返すナヴィド。
「リーンリア殿、あなたのマナの保有量が通常の魔族に比べて格段に多いことは知っているね」
「はい。それはユースポス家が真祖の傍系であったからです」
代々ユースポス家には優れた剣士が育ってきた。その理由の一端は真祖の血筋を取り込んで膨大なマナを保有する能力を有していたからだ。
「真祖であるジグマリン家は四大貴族を始め、多くの貴族と婚姻関係を結んでいる。もちろん貴族たちのマナの保有量が多いのは真祖の血が受け継がれているからでもある。しかし、その中でもあなたは別格だ。何故か?」
「母の、いえ人族の血ですか……」
はっとしたようにリーンリアは顔を上げた。
「その通りだ。膨大なマナをその身に宿すためには魔族と人族の血を混ぜる必要がある」
世界のマナはすべて根源の力から引き出されている。そして根源の力に干渉する能力は人族だけが持つ特権だ。その代りに魔族は体内に宿るマナを使って身体能力を大きく増幅させる。だが、互い種族の利点が合わさればどうなるか。膨大なマナをその身に宿し、身体能力を増幅させる秘密がそこにあった。
「……ということは、真祖は」
「想像通りと言っておこう。真祖とは純血の魔族から最も遠い系譜なのだよ」
「そんな馬鹿な。あり得ない!?」
狼狽したナヴィドは皇帝と謁見していることも忘れて声を荒げた。
「あり得なくはないだろう。我々は人族をさらっていた。今も昔もだ。そして定期的に人族の血を取り込んでいたのだよ」
確かに人族と魔族の血が交わることは互いの常識からしてあり得なかったが、不可能なことではない。現にリーンリアはそうして生まれているのだ。皇帝の母親が人族から選ばれていたとしても不思議ではない。
「しかし、代々の皇帝の伴侶は貴族から選ばれているのではないですか?」
公に人族から皇后を迎え入れるわけにはいかない。ナヴィドは帝国も王国とそれほど変わらない統治機構だと想像していた。
「もちろんそれは真実の一片だが、生まれてきた子供が全て皇后からというわけではあるまい」
「皇后の産んだ子供が皇帝には選ばれないと?」
それを認めさせるためには皇帝の権力が強くなければならない。魔族が力を信奉する種族であったとしてもだ。
「その時々で最も有能な者が皇帝となる。皇后の子も側室の子も条件は同じだ。ある意味公平ではあるな」
ヴィルヘルムはそれがさも当然のように答えた。
「それが本当なら魔族と人族はもっと近づけたのではないですか?」
魔族と人族の双方が持っていた互いの種族に対する偏見は、その事実を知れば緩和されるのではないかとナヴィドには思えた。
「真祖の系譜に伝わる秘中の秘だ。それをおいそれと知らせるわけにはいかなかった。それは今後も変わらないだろう」
「それならば何故、私たちに?」
「真祖の秘密を公にすることはできないが、すでに時代は動きつつある。これから多くの子が生まれるだろう。私やリーンリア殿のように強い力を持った子がだ」
人族と魔族に接触の機会が増えれば、両種族の血が混じった子供も増えるだろう。そうしたときに彼らは個人でもとても大きな力を有する。それを正しく導くのは親であるのだろうが、両国でも支援をする必要があるとヴィルヘルムは言っているのだ。
「陛下の危惧するところが何となくわかってきました」
「そうか。ならばここへ呼んだ目的のひとつは達成したということだな」
これからのことを考えて気が重くなったヴィルヘルムはふうっと深く息を吐いた。
「まだ何か?」
「それを説明する前に会ってもらいたい者がいる」
光と闇が両方そなわり最強に見える…。




