表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キミと始める再生の旅を、今ここから  作者: Jint


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/151

第14話 最後の欠片

「乾杯!」


 ナヴィドたちは王都の下町にある小さな食堂、兼酒場に来ていた。店構えは小さいながらも、まだ夕方の早い時間にも拘らず、店内は客でいっぱいだ。店主が自ら作り出した名物料理が美味しいと話題になっている。シアバッシュが選んできた店なので、つまみしか置いていないような男臭い場所かと身構えていたが、面子に合わせて料理を選んでくれる洒落た店だった。前菜を一口食べた女性陣からもなかなか好評だ。


「シアバッシュらしからぬ店のチョイスだな」

「うるせえ、実家の職人連中が、美味い店だって噂してたんだよ」

 シアバッシュは鼻の頭に皺を刻んで、ナヴィドの軽口に応えた。


「でも、本当に美味しいですよ。このスープだって冷たいのに濃厚な味わいで、喉をするりと抜けるような滑らかさに驚いちゃいました」

 ヴィーダは頬に手を当てて味を確かめるように目を閉じている。

「ナヴィドと食べたあの屋台のパンも美味しかったが、こちらは上品な味だな」

 リーンリアも話しながら、スープをすくうスプーンが止まらない。


 ――俺は絶対にこの料理の原材料を聞かないぞ。好奇心は猫を殺すだ。

 ナヴィドは新たに決意を固くした。


「しかし、まさかあのカランタリに勝っちまうなんてな」

「まだ、震えが止まりませんよ」

 シアバッシュとヴィーダは興奮冷めやらぬ様子だ。

「カランタリはなかなかの強敵だったな。流石に自慢していただけのことはある」

 リーンリアは相手の強さを称えた。相手の挑発に激高した挙句、勝負を叩きつけてきたのは、どこのお嬢さんだったか、もう忘れてしまっているようだ。


「カランタリにとって俺たちはダークホースだった。手の内がバレる前だからこそ、なんとか勝てたんだろう」

 ナヴィドの言葉に皆が頷く。一度、勝利を得たぐらいで、相手より実力で優っているなんて思い上がるメンバーはここにはいなかった。

「まあ、辛気臭え話は後でいいじゃねえか。それよりリーンリアの動きは半端じゃなかったな」

「私もナヴィドくんから話は聞いていましたが、大げさに言っているだけかと思っていました」

 シアバッシュとヴィーダは最大級の賛辞を贈る。今回の勝利の要がリーンリアであることは間違いない。カランタリの注意を惹きつつ、二人を倒したのだから凄まじい活躍だ。


「結局、一番、先に倒れてしまったのだがな」

 リーンリアはまだ自分の働きに満足していないようだ。彼女がどこまで高みを目指しているのか、ナヴィドは時々怖くなることがある。果たしてその時、自分はリーンリアの隣で戦っていられるのだろうか、と。


「シアバッシュさんも格好良かったですよ。後ろで安心して見ていられました」

 ヴィーダは胸の前で両手を合わせて上目遣いでシアバッシュを見つめた。

「ヴィーダの回復も完璧だったな。しかも、まさか止めまで持っていくとは」

 シアバッシュは照れくさそうに明後日の方向を見ながら、ヴィーダを称える。

「二人とも最高の働きだったぞ。前日、遅くまで作戦会議をしたことが懐かしく思える」

 リーンリアが目を細めて、二人に笑いかける。


 ――忘れていませんかね、誰かを。分隊は三人じゃないですよ。


 ナヴィドは乾いた笑いを漏らしながら、エールがなみなみと注がれたコップを仰いだ。

 三人はナヴィドの様子を見て人の悪そうな笑みを浮かべる。


「あー、そう言えば誰かいたな。最後にお姫様をエスコートした奴が」

 シアバッシュがわざとらしい物言いで話題を切り出した。

「ああ、見事なナイトっぷりだったな。後ろにいたら惚れていたかもしれん」

 リーンリアが本気とも冗談ともつかない微妙な褒め方をする。

「そうですねえ。後ろで支えていたのでなければ、完全に落ちていました、よ?」

 ヴィーダは完全にこの状況を楽しんでいる。可愛い顔して最も質が悪い女だと、ナヴィドは思い知らされた。


「お前ら、酷いぞ。俺も全力で戦ったんだからな!」

 ナヴィドの泣き言に三人の笑い声が被さった。


「冗談だ。お前の作戦がなければ勝てなかったのは、皆が知っているさ」

「そうですよ。みんなの強みを引き出してくれたのは、ナヴィドくんですから」

「私は最初からわかっていたぞ。お前の捻くれた考えが、金の卵だということをな」

 リーンリアは相変わらずだ。褒めたいのか貶したいのか、はっきりして欲しいとナヴィドは思った。


「ふふっ、模擬戦に勝ったら、なんだかその先を目指したくなりましたね」

 ヴィーダに欲が生まれてきたようだ。そのこと自体は悪い傾向ではない。今まで自分のことだけで一杯になり、周りを気にする余裕さえなかったのだろう。

「任務に就かされるのも、そう遠くないさ。のんびりできるのは今の内かもな」

「任務か。実績を積んでいけば、魔族領にも潜入するのか?」

 リーンリアの言葉にナヴィドは思わず身を強張らせた。ナヴィドの目的は奪還作戦へ参加し、妹を救い出すことにある。そのためには分隊の実績を積んで、一握りの精鋭に選ばれなくてはならない。今はまだ、そのための一歩を踏み出したばかりだ。


「まあ、偵察や潜入もあるかもしれねえな」

 シアバッシュは任務の内容を朧げにしか覚えていないようだ。

「私は早く実績を積んで階級を上げたいです。もっと実家に仕送りをしないと……」

 どうやらヴィーダは苦学生のようだ。軍学校では学びながら、僅かばかりだが給与も出る。その僅かな金を実家に送っているとなると、ヴィーダは休みの日に何か別の仕事もしているのかもしれない。


「そうだな、王国軍は他に比べれば、実績次第で出世が決まる。家柄とは無関係に、だ。階級と共に給料も上がっていくさ」

 ナヴィドの言葉にヴィーダは嬉しそうに満面の笑顔を返した。


 ――くそっ、女の子はズルいな。そんな笑顔を見せられたら、何とかしてやりたいって思うじゃないか。


 ナヴィドたちは四人共、お金に余裕があるわけではない。いつもは軍学校と寄宿舎を行き来するだけの生活だ。こんな下町の食堂での祝勝会だってそうそうできるものではない。出世を目指すのは、王国軍に所属していれば極めて普通の感覚だった。


「そうと決まれば、先ずは……」

 シアバッシュの言葉に皆が耳を傾けた。

「最後のメンバー探しじゃねえか?」


 分隊メンバーは最大五人だ。ナヴィドたちは最低構成人数を揃えているとはいえ、冗長性がまったくない。不測の事態に陥れば、すぐに機能しなくなるだろう。


「って言っても、誰かいい奴がいるか?」

 ナヴィドは皆を見回して尋ねた。

「私に聞くな。同期の顔と名前でさえ、一致してないんだ」

 リーンリアは早々に匙を投げた。

「うーん、壁役の人ならたくさん名前が挙げられるんですが」

 ヴィーダはどうやらこれまで壁役ばかり見てきたようだった。これ以上、壁役が増えると、偏った構成になりそうだ。

「オレはヴィーダを薦めただろうが」

 シアバッシュは自分の仕事をやり遂げたように胸を張った。勧誘は他人任せだったくせに、偉そうな態度だとナヴィドは心の中で呟いた。


「どこかにいいアタッカーが転がっていないものか」

「おいおい、市場で野菜を選ぶのとはわけが違うんだぞ」

 シアバッシュがナヴィドの軽口を諫めた。

「片っ端から模擬戦を挑んで、腕前を見るのはどうだ?」

 可哀想にリーンリアは戦いの中に身を置き過ぎたせいか、一緒に戦う仲間を探していることを忘れている。ナヴィドはそっとリーンリアの意見を封殺した。


 料理を運んできた女の子がナヴィドの隣で何かを言いたそうに、顔を上げたり下げたりしていた。金髪の長い髪の毛を横から三つ編みにして首の後ろでまとめている。上背はリーンリアよりも高く、すらりと伸びた手足と引き締まった腰のくびれはスタイルの良さをうかがわせた。


「……ねえ、そういうことなら、アタシを入れてくれない?」

「えーっと、キミは誰だったかな?」

 ナヴィドは見知らぬ女の子に話しかけられて、慌てて記憶を探った。

「ごめんなさい、お客さんの話を聞くのはいけないんだけど、軍学校で見た顔だったから」

「あなた、オルテギハよね?」

 ヴィーダが自信なさげに尋ねた。

「そう、覚えていてくれたのね」

 オルテギハは寂しげな笑みを返した。


 ――オルテギハって、あの一度も声を聞いたことがない無口な女の子か!?





 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ