第134話 必然の出会い
王国軍は魔族軍の切り札を消し去った。これまで耐えてきた彼らに反撃の好機が訪れたのだ。だが、肝心の戦力は心許ない。ドラゴンのブレスによって失った兵士たちはまだ戦場に戻っていなかった。すでに魂送所の素体が残りわずかであることも不安材料として存在する。
それでも戦場に流れる風は王国軍の背を押した。再編成を終えた部隊が一斉に攻勢をかける。対する魔族軍はドラゴンが破れたことで動揺を隠せずに次々に敗走していった。
そんな中でも気を吐くのは魔族の中でも有数の力を持つ者たち。貴族の存在だ。
彼らの数は決して多くはない。だが、ひとりひとりが戦況を変えるだけの力を持っている。乱戦の中で力を発揮する彼らを倒すためには新型銃のような兵器は使えなかった。今まで通り兵士たちの力を結集するしかない。
そしてナヴィドたちはもう一度、ディミトリエたちと遭遇することになる。こうして戦場であいまみえるのも前線で戦っている限り必然といっていいだろう。だが、これが最後の戦いになることは状況的に明らかだ。
つまり敗れれば戦闘が継続している間に原隊へ復帰することは叶わない。この戦いの結末が勝利か敗北かは未だに混沌としている。だが、最も近い砦からおっとり刀で戦場へ駆けつけたとしても勝敗はすでに決しているだろう。
遠目に王国軍の兵士たちを血祭りにあげるディミトリエを確認してナヴィドは小隊に集合をかけた。
「みんな聞いてくれ。我々はディミトリエ、あの赤毛の大男を止めるために、もう一度戦いを挑む!」
「しかし、あの男に勝てるのか?」
強い口調で決意を語るナヴィドとは対照的にセペフルは消極的な意見を口にした。
「勝てると確約はできない。だが、勝てないようなら、そもそも戦うことを選ばないだろう」
ナヴィドは不敵な笑みを浮かべてみせたが、半分は虚勢だった。
「勝算はあるっていうことでいいのか?」
「ああ、俺を信じてくれ」
――詐欺師の常套句だな。信頼を得るために薄っぺらい言葉を並べるのは、メッキが剥がれ落ちるような気分だ。
自分の言葉に辟易しながらも自信ありげに頷くナヴィド。
「そういうことなら乗せてもらうぜ、隊長」
セペフルはナヴィドの肩を叩いた。
「誰かが止めなくてはなりませんしね……」
使命感から出たパリールの言葉には幾分恐れを感じさせた。
「前回も完敗ってわけじゃないんだから、諦めるにはまだ早いよ」
マーフドフトの態度は軽いが、言葉以上に安心感が含まれている。
「消化不良のままでは終われませんから」
カランタリは成功することに何の疑いも抱いていない。それが彼の強みでもあった。
バラバラの学生たちを寄せ集めて作った小隊が今ひとつにまとまろうとしている。これまで全員が一丸となって一歩ずつ階段を上り、自信と信頼を取り戻した結果でもあった。
――これは、負けられないじゃないか。
ナヴィドは苦笑するほかない。ナヴィドができることは、みんなをその気にさせて最大限の力を引き出すところまでだ。あとは勝とうが負けようが運命の悪戯でしかない。なんでもかんでも抱え込んで悩むような性格でないナヴィドは半分諦めにも似た考えを持っていた。
そんなナヴィドでも信じてついてくる仲間たちを無下にはできない。彼らの強い想いに引っ張られるようにナヴィドも覚悟を決めた。ディミトリエに勝つ。どんな犠牲を払ってでも。
「リーン、キミひとりでディミトリエを止めてくれ」
ナヴィドの言葉に全員が息を飲んだ。
リーンリアの意思をナヴィドはあえて聞かなかった。『止められるか』でも『止められないか』でもない。『止めてくれ』だ。彼女ならそれができると信じている。そこには彼の切れる最高の手札である彼女に対する絶対の信頼感しかなかった。
「ああ、私に任せてくれ」
リーンリアの返事はナヴィドの期待通りのものだった。
結局、戦力の運用は選択と集中に帰結する。どの目標から倒し、どこに戦力を集めるのか。ディミトリエに対抗するには小隊全員の力を結集しても余りある。それなら最初に倒すべきは王を守る銀髪の護衛たちだ。
「マーフドフトには銀髪の女を抑えて欲しい」
「ひとりで?」
「そうだ」
「ふーん、私も隊長のお眼鏡にかなったってわけかな」
マーフドフトは答えにくい問いを返す。
「期待していなければ頼みませんよ」
ナヴィドは小隊全員の前で答えなければならない羞恥心を押し殺した。
「俄然やる気が出てきたね」
不敵な笑みを浮かべてぺろりと唇を舐めるマーフドフトはどこまで本気かわからなかった。
「残った全員で銀髪の男を倒しに行く。時間との勝負だ。長引けば長引くほどこちらの不利になる。最強の手札を二枚失うことになるからな」
「ナヴィド、奴の絶対防御を崩す算段はついているのか?」
シアバッシュの問いは誰もが不安に思っていることだった。
――ディミトリエはマナ感知と反射速度を駆使して、こちらの攻撃を防いでいる。奴を倒すためにはそのふたつの壁を越えなくてはならない。そのためには……。
「策はある。俺の指示に従ってくれ」
ナヴィドの言葉にシアバッシュはひとつ頷いて背中を強く叩いた。
周囲から友軍の姿は消えていた。すでにディミトリエに倒されたか、戦いを避けて逃げた後だろう。ディミトリエは特別な意味もなく、ナヴィドたちの小隊を次の標的に選んだ。それはテーブルの上に並べられた料理を次々に片付けていくだけの作業のひとつだった。
「あら、あなたたち見覚えがあるわね。王国軍の数が減らない理由ってば、そういうからくりだったってことかしら?」
ディミトリエは頬に手を当てて首をかしげる。
「こちらとしては借りを返す絶好の機会だ。今度は勝たせてもらうぞ!」
仲間を鼓舞するようにナヴィドは大言を吐いてみせた。
「何も学習しなかったのね。死んでも治らないって、罪深いことだわ」
ディミトリエが構えると、同時に銀髪の双子も展開する。
前線から退いたディミトリエたちは本隊で治療を受けていた。だが、欠損した部位は素体を替えない限り元通りにはならない。幸運なことにシモナの右腕は失われたままだった。
「行くぞ、お前たちの力を見せてやれ!」
ナヴィドの号令と共にヒーラーたちは小隊全員に強化呪文をかけた。マナの光が身体を包み、燃え上がるような闘志が腹の奥底から湧き上がってくる。目の前の敵が恐ろしい化け物であることは身に染みてわかっていた。それでももう恐れはどこにもなかった。
先陣を切ったのはリーンリアだった。いつも通り一陣の風のように突っ込んで一撃を加える。ディミトリエはその刃の重さにたたらを踏んだ。早さと重さを両立させる彼女の攻撃に対してディミトリエは防戦一方となった。
次いで攻撃を仕掛けたマーフドフトも余裕を持ってシモナと相対している。相手は片腕だ。いくら足技主体とはいえ、戦闘力を欠いていることには変わりなかった。シモナは苦虫を噛み潰したように顔を顰める。
そして銀髪の男ミハイを残りのアタッカーとナイトが全員で取り囲んでいる。蟻の這い出る隙間もない布陣だが、あまりに人数が多過ぎて一度に攻撃できるものは限られていた。
「これはこれは私ごときに、これほど手厚いもてなしをしていただけるとは」
ミハイもナヴィドの意図するところはすぐに理解した。
「こちらのお姫様方がお待ちなんでね。手早く倒させてもらうぜ」
「ふっ、今回はよく舌が回るじゃないですか。余程、自信がないとみえますね」
見透かすような挑発にかっと血が上ったナヴィドは無言で手を振って攻撃開始を指示した。




