第130話 戦いはこれからだ
戦場に舞い戻ったナヴィドたち88小隊を待っていたのは崩壊しつつある前線だった。一騎当千の魔族たちが暴れ回り、王国軍は出血を強いられている。各所で分断された部隊は連携を欠いてしまっていた。王国軍が討ち減らされていく一方で勢いを増した魔族軍は大きく前進し、戦場の端まで追い詰めんとせんばかりだ。
だが、王国軍の上層部にとってこの不利な戦況は半ば予想されていたものだった。数で勝る魔獣を撃退すれば、必ず力で勝る魔族が出てくる。魔族たちはその力を存分に発揮するだろうが、それは一時的なものだ。いくら飛び抜けた力を持つ魔族でも身体に貯め込んだマナを吐き出させれば、ただのでくの坊に過ぎない。
後は魔族たちがその力を失うまで如何にして傷を抑えるかだ。そのひとつの答えは戦場からほど近くに作られた臨時の魂送所となる。敵に倒されてから戦場に舞い戻るまでの時間を極限まで圧縮した。準備されている素体が尽きるまで倒されても何度でも立ち上がる不死の軍団が生まれたようなものだ。魔族側から見れば無限に湧いてくる敵を相手にしているように感じるだろう。
ここから先は持久戦だ。戦力を消費するスピードが供給に追いつかなければ、早晩破綻することは目に見えている。両軍共にこの局面が正念場だと認識していた。
――さて、急造の部隊に足りないのは成功体験だ。どこかに程よい相手がいればいいんだが。間違ってもあの筋肉に喧嘩を売るのは避けておきたい。また王都にとんぼ返りする羽目になるのも懲り懲りだしな。
本部に寄った際、パルヴィッツ少将からもたらされた情報によると、ディミトリエたちは今なお前線に止まって戦果を積み上げているということだ。王国軍も手を焼いており、遠巻きに彼らを包囲して押し止めているに過ぎない。
「小隊長、魔族どもの部隊が近づいている。相手は三人、魔獣が十体。内一体はマンティコアだ」
斥候として先行していたセペフルが情報を持ち帰ってくる。
「聞いたな、みんな。この部隊、俺たちで倒すぞ!」
ナヴィドの激に対して全員から了解の声が返った。
獲物としては適当な規模だ。強さの程は知れないが、ディミトリエと同等の強さの者がそう何人もいるわけでもないだろう。選り好みして逃げ続けるわけにもいかない。ナヴィドは腹をくくった。
「それで配置はどうする?」
カランタリがいつもと変わらぬ様子で声をかけた。
「魔族の相手はセペフル、マーフドフト、リーンリアで頼む」
「俺か?!」
名前を挙げられたのが予想外だったのかセペフルは裏返った声を返す。
「銀髪の男を止めていたじゃないですか」
「うむ、まあ、やってみよう」
不本意な評価と自分の力に対する自負とが相まって歯切れの悪い返事になった。
「魔獣どもは各分隊のナイトを壁役にして最優先で倒す」
ナヴィドはシアバッシュを始めとしたナイトに視線を移す。
「ああ、もちろん任せてくれ!」
自分に求められている役割が明確なのはシアバッシュにとっても望むところだった。
「パリール、最初に一発でかい攻撃呪文をお見舞いしてください。少し敵の数を減らしたい」
ソーサラーの真骨頂は面での制圧力だ。ナヴィドは先制攻撃で戦いの主導権を取ろうと画策していた。
「……そうね。後の支援はできなくなるわよ」
久しぶりに全力で攻撃呪文をぶっ放せる機会が訪れたことに、パリールの表情は晴れ晴れとしたものになった。
「構いませんよ。そこは全員でカバーしましょう」
「ナヴィドくん、わたしたちはいつも通りでいいのかな?」
ヴィーダが少し遠慮がちに質問をする
「ヒーラーはそれぞれ各分隊を優先して回復を。手が空いているなら周り分隊の支援をお願いします」
ナヴィドの指示にヒーラーたちは笑顔で頷いた。
ほどなくして魔族の部隊がこちらへ近付いてきた。部隊の規模はセペフルの報告通り。彼の斥候としての有能さがうかがえる。すぐさまパリールたちソーサラーが詠唱を始めた。上空に巨大な炎の球が浮かび上がり、魔族の部隊に向かって呪文が放たれる。
炎の球の接近を感知したマンティコアは呪文で氷塊を作り出して相殺しようとした。だが、その行動は一歩遅い。ナヴィドとカランタリの狙撃によってマンティコアの眉間と喉に二つの穴が開けられた。氷塊はその場で崩壊して地上に降り注ぐ。同時に炎の球が魔族の部隊を包み込んだ。
燃え上がる炎の中から三人の魔族が躍り出た。その後には四体のトロールが続くのみ。炎に耐性のないゴブリンたちは塵に還っている。小隊のメンバーたちは予定通りの配置についた。
焼けただれた皮膚をくすぶらせながらトロールが人の胴回りほどもある棍棒を振る。ナイトたちは臆すこともなく真っ向から盾で攻撃を受け止めた。衝撃のあまり足が地面を掴み切れず後ずさる。だが、攻撃したトロールもその反動を受け止めきれずに体勢を崩した。
その隙を見逃すほどアタッカーたちは優しくも無能でもない。攻撃の機会をうかがって常に飢えている状態だ。すぐに足元に群がると、次々に攻撃を繰り返して傷をつけていく。やがて自重を支えきれなくなったトロールは膝をついた。
そこからはアタッカーたちの独壇場だ。相手の攻撃が届かない死角から一方的な攻撃で傷を負わせた。漏れ出すマナは止まらず、その身体を塵に変えた。
魔族を抑えるために壁役になったセペフル、マーフドフト、リーンリアたち三人も安定した戦いをしていた。魔族は体内に貯め込んだマナを使って身体能力を強化する。彼らの攻撃力は桁違いの強さだ。だが、攻撃を受け止めるナイトたちとは違い、三人は攻撃をそらすか避けて対処している。まともに当たりさえしなければ、いくら強力な攻撃であっても恐ろしさは感じなかった。
リーンリアは完全に相手の動きを翻弄していた。二本の剣を振るう魔族の攻撃は一見激しいものに見えるが、実際は単調な動きを繰り返しているに過ぎない。先を読むことも然程苦ではなかった。
「こいつちょこまかと!? 誇りのない人族らしい卑怯な奴め!」
目の前の魔族はリーンリアの軽快な動きについていけず、怒りを露わにする。
「あなたに魔族としての誇りがあるのなら四の五の言わず私を倒したらどうだ?」
珍しくリーンリアは相手の挑発に応じて口を開いた。
――右の大振りの剣はこちらの攻撃を誘うための囮だ。左の剣こそこちらの隙をうかがっている本命に違いない。まったく己を振り返らない者はこうも脆弱なのか。
一瞬の攻防で相手の意図を看破したリーンリアはあえてその誘いに乗る。予想通り左の剣が無防備な彼女の身体に突き出された時、勝負はすでに決まっていた。ダガーが生き物のように軌道を変えると、左腕に巻きついて肘から先を斬り飛ばす。片腕を失った魔族は自分が二刀であることを忘れてマナが噴き出す傷口を驚愕の目で見つめた。心臓をダガーが貫くまで。
終わってみればナヴィドたちの小隊には被害もなく、完勝と言っていい内容だ。仲間たちも一仕事終えたようにすっきりとした顔をしている。先ずは、ひとつ小隊としてのノルマを達成できた。ナヴィドは人知れず大きく息を吐いた。
――まだ戦いは始まったばかりだ。気を抜いている暇はないぞ。




