第13話 戦いの結末
練習場ではナヴィドの分隊とカランタリの分隊の模擬戦が続いていた。
女性たちの黄色い声援を受けるのはカランタリたちだ。カランタリだけでなく、分隊全員が容姿に優れ、圧倒的な実力を兼ね備えているとなれば、熱狂的なファンがいるのも不思議ではない。
一方、ナヴィドたちが受けるのは野太い声援だ。リーンリアやヴィーダを応援する声もあるが、多くは判官贔屓だろう。カランタリに一泡吹かせて欲しいとの男たちの願望を背負って、ナヴィドたちは戦っていた。
アタッカーが横薙ぎに繰り出したハルバードを、リーンリアは飛び込むようにして避けると、地面で前転して足元を斬り付けた。太ももが大きく切り裂かれて大量のマナが流れ出していく。
すぐさまナイトが前に出てアタッカーと位置を入れ替える。間髪入れずヒーラーから呪文を受けてアタッカーの傷が回復した。相手のマナを徐々に消費させていることは確かだが、淀みのない連携の前に決定打が出ない。カランタリからの狙撃を警戒して、大胆な動きができないのも原因の一つだ。
リーンリアの強みはでたらめな身体能力の高さを活かした攻防一体の動きと反射神経の良さにある。だが、今は少しでも飛び上がろうものなら、射線が通ってカランタリから攻撃を受けてしまう。いくらリーンリアの回避能力が優れていようとも、二人を相手にしながら射撃を避け続けるのは至難の業だ。いずれ限界が訪れるだろう。
シアバッシュは自分に任された仕事を完璧に遂行していた。相手のアタッカーは二本の剣を巧みに使い、隙を見せることなく連続攻撃を仕掛ける。だが、シアバッシュは落ち着いて盾で攻撃を受け流すと、逆に一瞬の隙をついて反撃までこなしてみせた。
相手のヒーラーは回復で大忙しになっている。いくら持っているマナの量が多いとはいえ、そろそろ残量が気になっているだろう。ナヴィドとヴィーダはほとんどマナを消費していないが、長期戦になれば元々のポテンシャルが違い過ぎる。
――勝負を仕掛けるならここか!?
ナヴィドは意を決すると、盾を構えたままシアバッシュのいる方向へ走り出した。ヴィーダもナヴィドの陰に隠れながら追随する。
ナヴィドが動き出したのを見て、シアバッシュもアタッカーを置き去りにして、盾を構えてカランタリに向かって走り出した。慌てて後を追おうとしたアタッカーを、ナヴィドが射撃で牽制した。
アタッカーはシアバッシュを追うのを諦め、ナヴィドとヴィーダを早急に処理しようとした。回転しながら袈裟斬りや斬り上げを組み合わせて、様々な角度から攻撃を繰り出してくる。
ナヴィドは辛うじて盾で攻撃を受け止めた。激しい攻撃を前にじりじりと後退するしか道はなく、受けきれなかった攻撃が浅く身体を傷つけていく。
しかし、ナヴィドの後ろにはヴィーダがいた。ナヴィドがセオリー通り、攻撃を受け続ける限り、ヴィーダの回復に迷いはない。攻撃を受けた瞬間に傷は塞がり、行動を阻害することはない。回復のマネジメントはヴィーダの真骨頂だった。ナヴィドのいささか拙い防御であっても、ヴィーダが支え続ける限り、いくらでも粘れそうだった。
シアバッシュがこちらへ突っ込んでくるのを横目にしながら、カランタリは驚くほど冷静に対処した。前衛に合図を送ると、ヒーラーの肩を借りて銃身を固定し、狙撃の構えに入る。
リーンリアの後ろからアタッカーがハルバードを突き出した。殺気を感じたリーンリアは、横にくるりと回ると突き出されたハルバードを掴み、そのままナイトに向かって引っ張った。急に手応えが無くなったアタッカーはそのまま前につんのめる。
ナイトは突き出されたハルバードを盾で弾いた。身体の前面が無防備にさらされたところを、リーンリアが飛び込み様にダガーで喉元を切り裂いた。ナイトの首から大量のマナがまき散らされる。噴き出したマナの光でリーンリアの視界が一瞬塞がった。
その時、ナイトの胸が光を帯びて内側から弾け、飛び出てきた光弾がリーンリアの身体を貫いた。カランタリが味方のナイトごとリーンリアを撃ったのだ。ナイトの身体が盾となって、威力が落ちたとはいえ、リーンリアの腹には大きな穴が開き、口からは大量のマナが零れ落ちた。
その隙にアタッカーが体勢を立て直そうと足を前に出した。瞬時に立ち直ったリーンリアがハルバードを足場に飛び越す様にジャンプして空中で一回転をする。そのまま空中でダガーを振ってアタッカーの首を切り裂いた。
ナイトとアタッカーが崩れるように塩の柱に変わった。リーンリアの口から流れ出す大量のマナは行動の限界が近いことを示している。それでもリーンリアはカランタリに向かって走り出した。連続して撃たれた光弾を避けることもなく、リーンリアは蜂の巣になって前のめりになりながら塩となって崩れ落ちた。
シアバッシュはすでにカランタリの目の前まで迫っている。盾で身体を隠したまま突き出した剣はヒーラーの身体に突き刺さった。ヒーラーは心臓を一刺しにされ、そのまま塩となった。
突き出した剣ごとシアバッシュの右手が吹き飛んだ。カランタリは腰だめで銃を構えたまま、ろくに狙いもつけずに乱射した。シアバッシュの身体に無数の穴が開き、マナが抜けていく。だが、シアバッシュは倒れなかった。盾を構え直してカランタリの光弾を弾いてみせる。
どれだけ攻撃を受け続けても倒れないナヴィドを前にしてアタッカーは息を切らせていた。支援を受けられないまま、全力で攻撃を続けていただけに、すでに腕が上がらなくなっている。それでも目の前の敵を倒そうと、残った力を振り絞って剣を振り上げた。
ナヴィドはその隙を逃さず、盾で剣を振り払った。続いて振り下ろされた剣を肩で受けて、右手で剣を突き出した。ナヴィドの剣はアタッカーの首を貫いて、そのまま塩の柱に変えた。ヴィーダが駆け寄って傷口に手を当てると、漏れ出していたマナが止まった。
「ナヴィドくん、無茶です。ほとんどマナが残っていませんよ」
「すまない。シアバッシュが抑えてくれている間に終わらせたかったんだ」
訓練場の奥ではマナが尽きたシアバッシュが立ったまま塩の柱になっていた。
すでに六人が倒れ、残っているのはナヴィドとヴィーダ、そしてカランタリの三人だ。
「ここまでやるとは驚きだよ。キミへの評価を改めなくてはならないな」
「そりゃどうも、だが、結論はもう少し後でもいいんじゃないか」
ナヴィドはカランタリから目を離さずに言葉を返した。
「いや、ここまでだ。よく頑張ったと言っていいが、これ以上は私が許さん」
カランタリが地面に座り込み、片膝を立てて銃を構えた。
ナヴィドは射撃勝負に持ち込むつもりはない。盾を構えて愚直に突っ込むしか術はなかった。光弾が連続して盾にぶつかり、容赦なくナヴィドのマナを削っていく。
ナヴィドの陰に隠れて走るヴィーダが背中に手を当てた。温かな感覚が身体に広がっていく。彼女が残っているマナをナヴィドに注ぎ込んでくれていた。
――これで守れなかったら男じゃないだろ、ナヴィド。
カランタリの狙撃は精度を増して何度も同じ場所を狙ってくる。その度にナヴィドは微妙に盾の角度を変えて光弾を逸らし続けた。すでにカランタリまでの距離は10歩を切っている。
カランタリが残っているマナを全て攻撃に回し、最大の威力で銃を撃つ。同時に銃身は破裂し、武器としての機能を失った。光弾はナヴィドの盾を貫き、腹の右側に大穴を開けて、ヴィーダの右腕を肩ごと吹き飛ばした。
ナヴィドは右側に流れる身体を捻りながら、盾を回転して投げつける。カランタリの顔面に盾が当たり、視界が真っ白に明滅した。ナヴィドはそのまま地面に突っ伏し、塩の塊に変わった。
「は、はは、私の勝ちだ!」
軽い脳震盪から回復したカランタリが、目の前にうず高く積まれた塩を見て勝利を確信した。
「いいえ、私たちの勝利です」
ヴィーダが杖の先を左手に持ち替えて、尖った根元をカランタリの延髄に突き刺した。
カランタリの身体が塩となって崩れ落ちた。




