第129話 不死者の群れ
ナヴィドが目を覚ましたのは魂送所の中だった。棺桶のような容器が壁一面に並んでいる。ここには素体に魂が送られて抜け殻となった本来の肉体が保存されていた。素体から魂が射出されて肉体に戻ってきた者は目を覚ますと、自分で容器からはい出して職員に帰還を知らせる必要がある。そのまま棺桶で眠ってしまわないためだ。
「ああ、くそっ!」
自分がどこにいるか認識したナヴィドは死の間際に犯した失敗を思い出して毒づいた。あの攻撃が軽率な判断であったことは自分が一番理解していた。ディミトリエの強さを支えているのはマナを感知する能力だけではない。知覚した状況に即座に反応できる桁外れの反射神経の賜物でもあった。
「よお、お前もやられちまったみてえだな」
容器から這い出たナヴィドを先に戻っていたシアバッシュが迎えた。
「あの筋肉に負けるのはこれで二度目だぞ。自分の学習能力のなさに絶望したくなる」
「そうは言っても奴は大部隊を率いる貴族の類だろ?」
「俺たちを舐めて三人で前線に出てきた絶好のチャンスだったんだ。それなのに……」
悔しそうにぎりっと歯を噛みしめる。
「悔やんでいても始まらねえだろ。復讐戦と行こうぜ」
あっけらかんとした態度で次の戦いに意識を向けるシアバッシュにナヴィドは羨ましそうな目を向けた。
シアバッシュと話している間にも小隊のメンバーが次々と死に戻りをしてきた。セペフル、カランタリ、マーフドフトの分隊メンバーとほとんど全員が死に戻ってきている。この分だと女性陣も同じ状況だろう。
「小隊を率いて最初の戦いが全滅か……」
張りつめていた糸が切れるようにふうっとため息をついた。
「こうなることが予想されたからこそ準備されていたのだろう?」
カランタリの指摘は頷かざるを得ないものだった。
王国軍は国境線を守る守備隊の他は、全てをこの作戦につぎ込んでいる。それでも戦力には不安が残る。そこで足りない戦力を補うために戦場の近くに臨時的な魂送所を用意したのだ。ナヴィドたちが王都から運んでいた積荷はそれをまかなうための素体。そして彼ら新兵たちに求められるのは魂が擦り切れるまで死に戻りを繰り返すことだった。
――わかってはいたが、実力不足を突き付けられたまま何度も戦場に舞い戻らなければならないのは想像以上にきついものがあるな。
ざっと周囲を見回しても飄々としているのはシアバッシュやカランタリぐらいだ。どの顔も疲れと不安が張りついている。。自分もこんな顔をしているのだろうと考えるとナヴィドはまたため息をつきたくなった。
――どいつもこいつも死にそうな顔をしているじゃないか。ああ、死んできたばかりの新兵だったな。こいつらを率いて成果を上げなければならない。王国のためにも、彼らのためにも、そして自分のためにも。
「みんな、疲れているところ悪いが、すぐに戦場へ戻るぞ。それが俺たちに課せられた使命だ」
身体に染みついた兵士としての矜持がそうさせるのか。疲れた様子も見せずに全員が見事に揃った敬礼を返した。
ナヴィドたちは戦場へ舞い戻ってきた。魂送所から出ると、戦場で飛び交う攻撃呪文の音が鳴り響いている。こうしている間にも多くの兵士が死に戻っているのだろう。整列した小隊のメンバーたちを目の前にしてナヴィドは口を開いた。
「いきなり強敵に当たってなす術もないまま全滅し、みんな胸中は穏やかではないだろう」
何度も戦いを共にしたカランタリの分隊はまだいい。マーフドフトの分隊も彼女への絶対の信頼で結ばれている。問題はセペフルとパリールの分隊だ。まだ短い時間しか共にしていないだけに信頼関係は熟成されていない。不安や不満はすぐに指揮官への不信感へと変わるだろう。不信感は命令に対して疑問を生む。それは即座に行動に移せなくなることを意味した。
「失敗したばかりの無能な指揮官をいきなり信じろというのは難しいかもしれない。けれどもこれだけは約束しよう。俺はお前たちの魂の一欠片も無駄にはしない。必ずこの戦いの勝利に結びつける。だから、自分たちのためにその魂を燃やしてくれ」
ここにいるみんなの目的も想いも様々だ。王国を守る強い使命感に駆られている者。魔族に強い憎しみを抱いている者、金を稼ぐ手段として割り切っている者、軍の中で出世を望む者。誰もが自分の夢を実現するために頑張っている。後はその夢を託すのに相応しい指揮官として認められるか否かだ。
「ナヴィドがオレたちと同じように戦闘経験が足りないことは最初からわかっていただろうよ。けれど、同じぐらいオレたちを上手く使ってくれることをオレは知っている。今さら、弱気になるんじゃねえよ」
シアバッシュの不敵な笑みは閉塞感を吹き飛ばす力を持ったものだった。
――くそっ、お前が真っ先に口火を切ると、茶番感が半端なく臭うんだよ。
心の中で毒づきながらもナヴィドの鼻の奥がつんとする。だが、ここで涙を見せては指揮官としての沽券に拘る。涙をぐっとこらえて無理矢理に不敵な笑みを返した。
「ああ、お前が必要だというのなら私はお前の剣となろう。私たちの道を切り開くのに存分に使ってくれればいい」
リーンリアは温かな視線をナヴィドに注いだ。
――リーン、キミは出会ったときからまったく変わらないな。どうしてそこまで俺を信じてくれるのか。でも、それは俺にとって幸運以外の何物でもなかったよ。
リーンリアの言葉はナヴィドの心に染み渡り、心の奥底から新たな活力を湧き上がらせた。彼女から絶対の信頼を得ていることは、ともすると折れそうになる心を支えるのに十分過ぎるほどの援軍だ。
「魔族たちを倒して、倒して、倒すんでしょ? アタシには、不満なんて何もない」
オルテギハは艶めかしくぺろりと唇を舐めた。
死にたがりのオルテギハ。そう呼ばれていた少女はもうどこにもいなかった。彼女の戦いは生きるための闘争だ。王国を守り、仲間を守り、死んでいた自分の心を取り戻す。放っておけない何かが彼女にはあった。
「また自分をいじめているんですか。あなたは命令すればいいんですよ。『俺に力を貸せ」って。わたしにはその覚悟がありますから」
ヴィーダは過激な言葉を何のてらいもなく言い放った。
ヴィーダの言葉は剃刀の刃のようにナヴィドを傷つける。それはいつもの自信なさげな態度とは真逆の行動だ。歯に衣着せぬ言葉にはナヴィドのことを心配する気持ちで溢れていた。
「私は一度、キミを侮って痛い目に遭っている。二度同じことを繰り返すような大馬鹿者にはなりたくないね」
カランタリは肩をすくめて両手を開いた。
「うん、ナヴィドの行動には凄く興味が湧くから、これからも近くで見ていたいんだよね」
マーフドフトは猫がお気に入りのおもちゃを見つけたような目で見つめる。
セペフルはそんな二人の様子を見て苦笑する。どうやらこの小隊に関わっていると感染していく病気があるようだ。遠くない未来に自分も巻き込まれているかもしれないと予感する。
パリールは小隊の空気が変わっていくのを目の当たりにしてほっと一息ついた。これまでの重苦しい雰囲気を吹き飛ばすような晴れやかな気分だった。
こうして88小隊は再起動する。目指す戦場はすぐそこにあった。




