第12話 無謀な挑戦
ナヴィドたちの分隊メンバーは食堂に集まって、模擬戦へ向けて作戦会議をしていた。この勝負で賭けているものは何もない。ナヴィドはトップチームに胸を借りる程度の気楽さでいたが、他のメンバーの気合の入れようはまったく異なっていた。
ナヴィドのやる気のない態度を見て真面目に取り組むように苦言を呈したのが、あの温厚なヴィーダだったという点だけ見ても今までとは様子が違う。分隊のやる気を最大限引き出せたというだけで、ナヴィドとしてはカランタリと一緒に踊り出したいぐらいだった。
「シアバッシュ、彼らの戦術はどんなものなのだ?」
リーンリアが質問を投げかけた。シアバッシュはカランタリたちと組んで、模擬戦を戦った経験がある。彼らの内情には最も詳しかった。
「ある意味でカランタリのワンマンチームだ。ヤツを活かすために分隊メンバーが動く。普通ならカランタリを抑えれば勝てる。だが、それができないのはメンバー全員が高い実力を持ち、お互いの連携もこなれているからだ」
「なんでそんな最高のメンバーにシアバッシュを誘うんだよ」
ナヴィドは完成した壺を割るような行為に疑問を呈した。
「そこがヤツの面白いところだ。現状にまったく満足していない。もっと上を目指せるんじゃないかと常に考えている」
「上昇志向の塊みたいな男だな……」
「だが、全員が同じ考えを持っているわけじゃない。どちらかというとカランタリ以外はこのままトップチームを維持していこうって考えだ。オレを入れれば、誰かが追い出されるわけだからな。そりゃ、自分たちの分隊に入らないように裏で手を回すだろうよ」
シアバッシュの態度には、自分を排除した者たちへの恨みが感じられなかった。どちらかと言えば彼らに同情的でさえある。シアバッシュの意外な一面を垣間見たようでナヴィドは内心驚いていた。
「カランタリさんはガンナーですよね? 後方から狙撃するスタイルだったかな?」
ヴィーダは模擬戦での様子を思い出すように質問を投げかけた。
「そうだ、後衛にヤツとヒーラー、前衛がナイトとアタッカー二人だな」
「五人揃っているよなあ。こっちに合わせて四人にしてくれないかな?」
ナヴィドは半分投げやりな態度で愚痴ってみた。一人一人の実力が高い上に人数でも負けているとなると、始まる前から勝負が決まっているようなものだ。
「自分の実力に圧倒的な自負を持っているが、油断しないタイプだ。数の利を捨てることはしないだろう」
――まったく面白さの欠片もない男だ。大体、イケメンなのが悪い。
ナヴィドは取り敢えず世の美男子たちを心の中で呪ってみた。ぶつぶつと小声で呟き出したナヴィドを見て、シアバッシュはまたかと顔を顰めた。
「どこか突破口が欲しいところだな。どうだ、シアバッシュ。私たちは勝てそうか?」
リーンリアは聞きにくい質問をさらりと投げた。
「むっ、そうストレートに聞かれるとな。取り敢えずリーンリアの実力はまだ知られていない。切り札として使えるだろう。だが、それだけだとかなり苦しいな」
「リーンリアの実力でも厳しいか?」
ナヴィドの知るリーンリアは、トロール相手に大立ち回りをやってのける飛び抜けた実力を持っている。いくらトップチームとはいえ、学生相手なら一人でなんとかできそうにも思える。
「そりゃ、三人ぐらいは抑えられるだろうさ。だが、残りの二人でオレたちを片付けにかかる。相手は遠距離からでも致命傷を与えられるからな」
「カランタリが抑えられないか」
「リーンリアに構っていてくれれば別だが、そういうわけにもいかないだろう」
シアバッシュは確実性の低い戦術はお気に召さないようだ。
「となればやることはシンプルだな」
ナヴィドの言葉を聞いて、他の三人は胡乱げな目を向けた。
「今の話からそういう結論になるか?」
シアバッシュが不信感を露わにして問いかけた。
「リーンリアが三人を抑えてくれるんだろ? それなら俺たちは三人で残り二人を倒せばいい」
リーンリアという切り札があってこその戦術だ。数の利がこちらに有利に働くことになる。しかし、そんなことは最初からわかり切っていた。
「バカ野郎、その二人の中にカランタリがいるって言ってんだよ」
「もう一人の方から倒せばいい。それなら三対一だ。カランタリとの実力差も埋まるだろう?」
ナヴィドはさも簡単なことのように言い放った。あっけらかんとした物言いに、他の三人も苦笑せざるを得ない。
「そうですね。三人で倒せないなんて弱音を吐いていたら、カランタリさんには勝てませんよ」
ヴィーダが前向きな意見でみんなを鼓舞した。
「まあ、慎重になり過ぎていたな。二人ぐらいオレたちで倒してやるぜ」
シアバッシュは相手のことを知り過ぎているだけに、いつになく後ろ向きな思考になっていたことを恥じた。
「ふむ、では私は残りの三人をなんとかしよう」
リーンリアはいつも通りだ。リーンリア以外が言えば、正気を疑うような言動だが、彼女の口から出ると非常に心強い。だが、リーンリア一人の力では勝利はもぎ取れないのだ。分隊の一人一人が力を出し切らなければならない。
ナヴィドたち四人は長い時間をかけて作戦会議を続けた。お互いの動きを確認し合い、想定できる限りの展開を頭に叩き込む。それはお互いのことを深く知る行為でもあった。
次の日、練習場にはナヴィドたちの分隊とカランタリの分隊が相対していた。
「勝負はどちらかが全滅するか、降参した側の負けでいいかな?」
カランタリは機嫌の良さそうな声で条件を話した。負けることなど考えてもいないといった態度だ。
「ああ、構わない」
反対にナヴィドの声は固い。昨日、あれだけ時間をかけてお互いの連携を深めたが、所詮は机上の空論、付け焼刃に過ぎない。長い時間を共にしてきたカランタリたちにどこまで通じるかは未知数だ。
しかし、ナヴィドの目は死んでいなかった。強大な相手に対しても、喉笛に噛みついて喰いちぎってやろうとの気概が見え隠れする。ナヴィドは武者震いを無理矢理に押さえつけた。
お互いが自陣に戻った後、審判から模擬戦開始の合図が響き渡った。
カランタリの分隊がセオリー通りに後衛と前衛に分かれたのに対して、ナヴィドたちは四人が一斉に前に出た。カランタリの射線を相手メンバーの身体で遮る。なるべく乱戦の中に身を置いて攻撃を受けにくくする戦術だった。
リーンリアが先行して相手の壁役にぶつかった。走り寄るリーンリアを盾でけん制しようとするが、トップスピードのまま盾を足場にしてリーンリアは飛び上がった。
すぐさまカランタリから光弾がリーンリアに放たれた。咄嗟に身体を捻って攻撃をかわすと同時に、隣でハルバードを構えるアタッカーの頭を蹴って、カランタリの死角に着地した。
素早い動きに一瞬だけ呆然としていた壁役は気を取り直すと、リーンリアを最も手強い相手と認識し、完全に攻撃対象をリーンリアに絞った。盾を構えて慎重な足運びで、リーンリアを中心に円を描き始める。
突っ込んで来たリーンリアを壁役はサイドステップでかわす。と同時に壁役が直前までいた場所にカランタリの攻撃が迫っていた。相手の視界を自分の身体で隠して繰り出す連携攻撃に流石のリーンリアも避けることで精一杯のようだった。
シアバッシュはアタッカーの一人を抑えていた。両手に幅広の剣を構える男に対して一歩も引かずに対峙している。シアバッシュは守りに入れば安定した強さを発揮する。アタッカーの一人ぐらいなら苦にもしないだろう。
――ここまでは想定通りか。それなら相手の思惑をかき回してやるか。
ナヴィドはヴィーダの前で盾を構えながら銃を取り出した。銃身を盾の上に置いて固定し、立射の体勢を取ると、そのまま相手のアタッカーに攻撃を仕掛けた。
予想外の位置からの攻撃を受けて、相手のアタッカーは脇腹を削られた。傷口からマナが漏れ出したのを確認して、すぐに相手のヒーラーから回復呪文の光が飛んだ。光が触れると、アタッカーの傷が塞がっていく。
「ほう、少しは考えてきたようだな」
カランタリは攻撃対象を後衛に変えると、連続で光弾を撃ち出した。ナヴィドは盾を掲げてヴィーダを狙う光弾を逸らした。自分が狙われていることに気付いてヴィーダの顔が青くなる。
――さて、なんとかしのげたな。ここからが勝負どころだ……。
ナヴィドは盾に隠れてにやりと口の端を歪めた。




