第１１４話 頂上決戦
頂上決戦と呼ばれたランク戦の大トリは序列１位から３位までが対戦するカードだ。不動の序列１位、マーフドフト率いる分隊にナヴィドとカランタリの分隊が挑む。何度となく戦った経験のある者ばかり。手の内は互いに知り尽くしていた。
「カランタリ、剣姫を最初に倒してしまわないか？」
「どうぞ、頑張ってくれたまえ。私は高みの見物をさせてもらうよ」
ナヴィドの提案を一顧だにしないカランタリ。
「ちっ、カランタリたちだけじゃ手に余るだろうが」
ナヴィドは自分のことは棚に置いて憎まれ口を叩いた。
「私としてはキミたちが残る方が厄介だと思っていてね」
「ああ、わかった、わかったよ。精々、つぶし合いを楽しもうぜ！」
涼しい顔をしてああいう殺し文句を何のてらいもなく言えるところがカランタリの凄さだとナヴィドは思う。
「ねえねえ、狙撃くん。そこの邪魔な後輩くんを一緒に倒さない？」
ナヴィドとカランタリを両肩に抱くようにして背後から間に入ってきたマーフドフトが無理矢理会話に加わった。
「悪くない提案ですね。一考の価値がある」
「なんでだよ。おかしいだろうが、１位と３位で手を組むとか」
思いもよらない方向に話しが転がりそうになるのをナヴィドは必死で食い止めようとする。
「ふっ、冗談だ。先輩、我々も全力で戦いますので、この話はなかったことに」
「あーあ、フラれちゃったかあ。折角、労せずに邪魔な後輩くんを消せるチャンスだったのに」
たいして惜しくもないような口ぶりでマーフドフトはちらちらとナヴィドに視線を送る。
――うぜえ、何で剣姫からこんなに目の敵にされているんだよ。
ナヴィドがマーフドフトに目を付けられているのは、もちろん初顔合わせで勝利したからだ。それまでマーフドフトは同期や後輩との対戦では負けなしを誇っていた。自分、そして分隊の強さに自負を持っている。それを運良くとはいえ初めて破ったのがナヴィドたちだ。その後、何度か戦って勝ち続けているが、マーフドフトの気は晴れなかった。
「先輩、今度こそあなたに勝って序列１位をいただきます」
ナヴィドの目は真剣だ。同期と軽口を言い合っていた浮ついた雰囲気は影を潜めている。
「望むところだよ、後輩くん。まあ、私が卒業するまで序列１位は渡さないけどね」
マーフドフトはナヴィドの頭を引き寄せて髪の毛をかき回した。
――この目がいいんだよね。剣姫の名に臆さず立ち向かってくる。そういうのは凄くいい。
ナヴィドとマーフドフトはどこまでもすれ違っていた。
ランク戦はこれまでにないほど多くの観客を集めていた。剣姫マーフドフトに挑戦するのは学内でもっとも昇進した分隊として注目を集めているナヴィド、そしてすでに上位に定着した感のあるカランタリ。不動の序列１位を倒すのは誰か。賭けの対象として大いに盛り上がっていた。
試合開始の合図が闘技場に響き渡る。３つの分隊はそれぞれ敵を求めて動き始めた。何れの分隊も他の分隊同士がつぶし合うことを望んでいる。他の分隊を盾にして正面から当たらないように迂回しようとすると、自然と闘技場の外周に沿って移動することになった。
すり鉢状になった闘技場の底には、分隊同士が戦うための領域がかなり広く作られていた。その中には障害物が無作為に置かれている。障害物は人の背丈を越えるものもあり、対戦者の視界を制限していた。まるで迷宮のように陰から現れる敵の存在を警戒して慎重に歩を進めるしかないのだ。
「止まってくれ、ここで仕掛ける」
他の分隊とは異なり、闘技場の中央に移動したナヴィドは分隊に停止を指示した。
銃床を地面につけると銃口に耳を当てる。目を閉じて耳を澄ますと、心臓が送り出す血液の流れる音に混じって不規則な音を微かに捉えた。移動の際の足音が地面を伝わる振動となってナヴィドに位置を教えてくれたのだ。
「２時と、これは６時の方向か……」
オルテギハとシアバッシュがそれぞれの方向に移動して順番に足を踏み鳴らす。音の比較をしたナヴィドは確信を持ったように頷いた。
「２時の方向は恐らく剣姫の分隊か。カランタリたちから離れていっているな……」
「おびき寄せたらいいんじゃねえか。そのためにヴィーダに用意させたんだろう？」
相手の位置を先に把握したことが余裕を生み出したのか、シアバッシュは軽い調子で答えた。
――簡単に言ってくれる。らしく見せるだけでも至難の業だぞ。
あまり迷っている余裕などナヴィドたちにはない。ダメ元でもやってみるしかないだろう。ぐずぐずしてこちらの場所を特定されれば、連携しないまでも挟撃されてしまう。常に優位な位置を確保する必要があった。
「狙撃で剣姫の注意を引く。俺が撃ったらすぐに退いてカランタリの後ろにつけるぞ」
説明しながらナヴィドはその場にしゃがみ込んで立てた膝に銃身を固定した。
絞るように引き金を引くと、銃口から飛び出した光弾は障害物の２階にあたる位置に飛んで突如方向を変えた。あらかじめヴィーダが張っていた障壁に当たって反射したのだ。その方向にはマーフドフトたちの分隊がいるはずだった。
索敵のために先行する女剣士の足元を光弾がえぐった。女剣士はすぐにその場を飛び退いて地面を転がる。足音を頼りに相手の位置を想像して反射角を調整するのはほとんど神業に近い。当てることは不可能にしても狙撃が外れた程度にはそれらしく見せられたのは幸運以外の何物でもなかった。
「散開！」
マーフドフトの指示を受けて各々が障害物に身を隠す。続く狙撃はなかったが、敵に位置がばれているのは確実だった。単純な手信号を分隊メンバーに送ると、狙撃された方向に対して迂回するようなルートで駈け出した。
だが、闘技場の中央付近で鉢合わせたのはカランタリの分隊だった。カランタリは中央から光弾が発射されたのを確認して急遽移動ルートを変更して駆けつけたのだった。ここで剣姫とカランタリの遭遇戦が始まった。
剣姫を先頭に４人の剣士が突っ込んでくる。ひとり残されたヒーラーはカランタリの狙撃に備えて障害物の陰に隠れ、周囲に障壁を張り巡らせた。警戒すべきなのがカランタリの狙撃であることはすでにわかっている。
片やカランタリの分隊はナイトのギブ、アタッカーのクーロスとケイヴァーンの３人が相対した。４対３、人数の多寡はそのまま戦力に跳ね返ってくる。いくらカランタリの狙撃が脅威であったとしても遭遇戦になった時点ですでに不利な状況だった。
「ギブ、しんがりを頼む。撤退するぞ」
カランタリの判断は素早かった。剣姫たちと接敵する前に左に方向を変えて逃走を開始する。分隊の一番後ろで立ちはだかるのは守りの要、ギブだった。彼は不満を口にすることもなく、指示に対して小さく頷いた。
「剣姫先輩、相手にとって不足はありませんね。さあ、ここから先は通しませんよ」
剣の柄で盾を叩いてアピールすると、その場にどっしりと構えた。
――彼は死兵だね。厄介だなあ……。
マーフドフトは少し眉をひそめる。
無理に攻撃を強行すれば、カランタリからの狙撃を受ける可能性もある。戦いはまだ序盤でしかない。敵は大勢残っているのだ。今は下手に犠牲を出すわけにはいかない。万全の体勢を作ってマーフドフトはじっくりと攻めた。
ギブは役割を果たし、カランタリの分隊を逃がすことに成功した。
カランタリはナイトをひとり失うことで盤面をリセットする。それが生きるか死ぬかはこれからの展開次第だった。
