第11話 分隊の結束
ナヴィドたちの分隊は最低構成人数の四人が集まり、ようやく王国軍に正式な認可を受けた。これからは分隊単位で任務に就き、実績を積むことができる。任務の幅が広がり、行動選択の自由度が増すと共に、責任も重くのしかかることとなるだろう。ナヴィドは自分たちの分隊がこれから歩む道のりの険しさを感じて身震いする思いだった。
「どうした、ナヴィド。神妙な顔をして? 心配しなくても今日のランチは肉料理だったぞ」
リーンリアと一緒にシアバッシュとヴィーダも集まってきた。
「なんで、俺がランチメニューで悩まなければならないんだよ」
「カラタバザル風ドリアのときは、あんなに悩まし気な顔をしていたじゃないか」
ナヴィドの言葉に首を傾げるリーンリアは、昨日のランチのことを思い出していた。
――カラタバザルは王都に帰るときに立ち寄った街だからな。原材料が気になっただけだ。
「飯のことは後にしよう。俺たちの分隊の話だ」
「ふむ、そうだったか。水を差したようだな、すまん」
リーンリアは即座に姿勢を正した。切り替えの早いところはリーンリアの長所の一つだ。
「軍から正式な認可を受けたので、これからは分隊単位で任務に就くことになる」
「早いところ初任務としゃれこみたいところだな」
シアバッシュがじっとしていられないように指の関節を鳴らし始めた。
「ううっ、もう少しみんなと連携を深めたいです」
ヴィーダは少しでも自信を持てる何かを掴みたいようだ。恐らく練習ではどこまでいっても確固たる自信は付かないだろう。彼女が弱点を克服するには、何かブレイクスルーが必要だ。
ナヴィドの同期たちは前回の戦闘で、ほぼ全員が初陣を経験している。分隊を組んでいた者たちはそれぞれ任務に就き、組んでいなかった者は十把一絡げで各小隊に放り込まれていた。
初陣の結果は惨憺たるものだった。敵が多数の魔獣を戦線に投入したため、前線が崩壊して新兵が前面に押し出されることとなった。半分は戦場の空気を感じて欲しいとの遠足気分から急転直下で命のやり取りに巻き込まれたのだ。生徒たちの混乱ぶりを責めることは誰にもできないだろう。
実に6割以上の生徒が魔獣に殺されて、一足先に王都へ舞い戻っている。ナヴィドの活躍はリーンリアの助力もあったが、抜きんでたものだったことは確かだった。
「なにも最初から成功するなんて考えちゃいないさ。失敗の中からでも何かつかみ取ればいい」
ナヴィドはヴィーダの緊張を解くように言葉をかけた。
「いーや、オレは成功に拘りたいね。任務の達成率は分隊の評価にもつながるんだぜ」
シアバッシュはみんなに宣言するような強い口調で言い放った。ナヴィドはシアバッシュの口を今すぐ塞ぎたい気持ちに苛まれた。
――シアバッシュ、お前の言うことはもっともだ。だが、ヴィーダの顔が青ざめているのに気付いてくれ……。
「分隊として成長しているのか実感がないのは確かだな。成功に拘るなら実戦はその先だろう」
リーンリアはこれまで一人で戦ってきたのだろう。本来なら複数人が組むことで一人の力を何倍にも引き出すのだが、リーンリアの場合は実力差があり過ぎて、逆に足を引っ張る結果となっている。これまでのようにリーンリアに頼り切りでは、分隊としての成長は頭打ちだ。
「シアバッシュ、分隊に入ったそうじゃないか」
金髪の男がシアバッシュに声をかけた。シアバッシュの隣に並んでも引けを取らない体格をしている。
「カランタリか、何の用だ?」
シアバッシュがさも面倒そうに受け答えをした。
カランタリの名はナヴィドも知っていた。何かとよく耳にする有名人だ。彼が率いる分隊は全員がトップクラスの実力を持ち、他の追随を許さない。彼自身も同期で一、二を争う実力の持ち主でガンナーとしての腕前はすでに実戦レベルに達していると言われていた。王国貴族の次男で精悍な顔立ちとくれば、嫌味なほど恵まれた人物だ。当然のことながら女性たちからの人気も高く、男性からは疎まれる存在だった。
「キミには何度も誘いを断られたからね。どんな分隊に入ったかと興味を持ったのだが……」
カランタリはナヴィドからヴィーダを経てリーンリアまでを見回した。
「どうやら仲良しグループといったところか?」
「チッ、嫌味を言いに来たのなら帰れ、帰れ」
カランタリの言葉を聞いて、シアバッシュの人相がさらに悪くなる。
「つれないな、キミの腕は本気で買っていたのだぞ」
「言っとくが、オレが誘いを断ったわけじゃないぞ。お前の仲間が来ないでくれって懇願してきたんだからな!」
「キミが入ってくれれば、分隊の人数は調整したのだがな」
カランタリは涼しい顔で傲岸不遜な言葉を返した。
「カランタリ、悪いがシアバッシュは俺たちと組むことになったんだ。さっさと諦めて自分の分隊に帰ってくれないか」
ナヴィドは半分無視されて言われっ放しになっていることに異を唱えた。
「キミは……、誰だったかな?」
カランタリは恐らく興味のない人間にはとことん興味がないのだろう。名前も憶えられていないことにナヴィドは一々腹を立てるのも馬鹿々々しくなった。
「誰だっていいだろう。とにかくシアバッシュはもうフリーじゃないんだ。引き抜きは止めてくれ」
「なるほど、シアバッシュを手放したくないわけだな、キミは」
カランタリは額にかかる髪の毛をかき上げて、ナヴィドを見下ろした。
「そりゃ、同じ分隊の仲間だからな」
「自分の力不足を、彼の実力で補いたいわけだ?」
カランタリは整った顔をにやりと歪めた。
――安い挑発だな。自分の力不足は自覚しているよ。
「分隊の実力が上がればそれでいいだろう?」
「果たして上がっているのかな? 足を引っ張るの間違いじゃないか?」
どうやらカランタリはシアバッシュを報酬として勝負に引き込みたいらしい。本人が同意しない引き抜きはご法度だが、勝負事となればシアバッシュは乗ってくるだろう。
「馬鹿々々し……」
「ふん、大した物言いだな。お前にその資格があると言うのか?」
ナヴィドの答えに被せるようにリーンリアが強い口調で抗議した。どうやら直情径行なのはシアバッシュに限ったことではないようだ。
「私に資格がなければ誰にあると? 同期で最も強いと噂される分隊だぞ」
カランタリは自信ありげに答えたが、幾分、歯切れが悪かった。彼が女性から抗議を受けることなど、これまでになかったことだ。カランタリ自身が戸惑いを隠せなかった。
「私から見れば、軍隊ごっこだな。お山の大将が背伸びをしたところで痛々しいだけだ」
リーンリアはなおも激しい口調でカランタリをこき下ろした。
「なっ!?」
カランタリの目が親の仇を見るように怒りでつり上がった。
「貴様、その言葉、飲み込めると思うなよ!」
「何故、撤回せねばならぬ。感じたままを答えたまでだ」
「ならば言葉通りだと証明してみせろ。私の分隊と模擬戦して勝ったなら認めてやろう」
「ふん、望むところだ」
カランタリの売り言葉をリーンリアは即答で買った。
最早、シアバッシュは蚊帳の外に置かれている。ナヴィドとヴィーダは最初から傍観者だ。ナヴィドは思った通りにことが運ばないことに、頭を抱えたくなった。
カランタリが模擬戦の約束をして立ち去った後、ナヴィドはやるせなさを押さえてリーンリアに話しかけた。
「えーっと、リーンリアさん。俺、一生懸命、止めようとしてたよね?」
「ナヴィド、お前のことをバカにしてたんだぞ。ここで怒らなくてどうする!」
リーンリアは真っ直ぐな想いが先に立って、怒りを隠そうともしない。
「まあ、そうだな。オレも腹が立ったぜ」
シアバッシュはリーンリアの意見に同意した。カランタリとの過去の確執を考慮に入れれば、仕方のないことだろう。
「わたしもムカつきました。リーンリアさんの言葉でスッキリしたのは確かです」
普段は穏やかなヴィーダが珍しく憤りをたたえている。しかし、私は怒っていますといった態で微笑ましいのが彼女の良いところだ。
――分隊の心が一つになったことは喜ぶべきなのか……。
同期でトップクラスの分隊との模擬戦が突然決まったことに、戸惑いと共に何かを期待する気持ちが湧き上がってきた。




