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キミと始める再生の旅を、今ここから  作者: Jint


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第103話 この世に地獄を

 フェレイドン将軍の館には派閥の中でも志を同じにする同志たちが集まっていた。先の魔族による進攻を退けて復興への足掛かりも見えてきている。集まった面々はこれまでの激務から少し疲れた様子だが、その顔は晴れ晴れとしていた。


「すまない、待たせたようだね」

 額に薄っすらと汗をにじませたナーデレフが部屋に入ってきた。

「遅刻だぞ、ナーデレフ。学長が学生たちの範とならんでどうする」

「学長の仕事を代わってくれるというのなら喜んで進呈するのだがな。私で最後か、フェレイドン?」

「これで全員だ。それでは始めようか」


 フェレイドンは副官に命じて魔族の侵攻による被害と復興の工程を説明した。人的な被害は最小限に止まっていた。だが、皆無というわけにはいかない。家族を失った者たちには新たな人生を歩んでもらわねばならないが、一歩を踏み出すには時間もかかるだろう。王国としては道を均して歩き易くするぐらいしか方法がない。そして、セレーキア地方には入植者を募り、復興のための支援を進める必要がある。


「復興の施策については文官たちが動いている。対立する派閥がいるわけではないが、利権に食い込もうとする輩は多いな。商人たちの勢力図が書き換わる可能性もある」

「これからは物資の調達も必要になる。懇意にする商人を引き上げてもいいのではないか」

「いや、目的が同じならともかく、利益でつながるのであれば常に餌を与え続けなければならないぞ」

「商人が利にさといのは今に始まったことではない。回り回って王国を富ませるのであれば、悪いことではないではないか」

「だが、どの商会がもっとも利益を得るかは問題じゃないか。戦争で儲けているような商会にしてみれば、我々の活動は目の上のコブだ。なんらかの邪魔をしてこないとも限らんぞ」

「対立する派閥に近寄るようなら、これほどわかり易い目印もないだろう。選別するのはそのときになってからでも遅くはないと思うが」


 集まった者たちは次々に持論を展開していた。それぞれが王国で一定の影響力を与える立場にいる。ここで決まったことが派閥全体の活動の方向性を決めることになるのだ。議論は自然と熱を帯びていった。


 ホスト役のフェレイドンは方向性を与えて自由に議論させた後、着地点を見つけ出して結論へと導く。誰もが100%納得するものではないが、誰もが妥協できる範囲だ。伊達に派閥の長をしているわけではない。各々が求めるものを正確に理解しているからこそ最終的な調整ができるのだ。


「次は国境の防衛線の立て直しについてだな」

 初っ端から熱くなった場の熱を冷ますようにフェレイドンが次の議題を告げた。


「今回、魔族たちが使った戦術をもってすれば、どの防衛線も簡単に突破できるのではないか?」

「確かに空輸されては砦があっても止めようがありません。ですが、迎撃であれば先の会戦で使われた新型砲が役に立つでしょう」

「ワイバーンを落としたという例の兵器か。対抗策として有用であれば予算を回して量産化を進めねば」

「迎撃はともかくとして索敵はどうするのですか? 彼らの本領は闇の中なのですよ。夜空を見上げて敵を探すような無駄なことは兵士たちに命じたくありませんね」

「とはいえ敵を見つけるにはそれ以外に方法がなかろう。哨戒任務のひとつだと考えれば無駄と切り捨てるのもいかがなものか」

「そもそもワイバーンは物を運ぶような構造をしておらん。籠を掴ませて空を飛ばしておるが、かなりの負荷がかかっているのは確かだ。飛べたとしても精々、砦を越える程度の代物だろう」

「それならば山脈を越えてというわけにはいかないな。進攻するルートも限られる」

「進行するルートを見定めて二重に防御線を退いてはどうだろうか。手前の砦を飛び越えたとしても奥の警戒網にかかれば侵攻を防げる」

「場所を絞るとはいえ二倍の人員が必要だな。予算を確保するのも頭が痛いことだ」

「しかし、セレーキアの二の舞だけは避けたいと誰もが思っているでしょう。あの街だけでも防衛のための予算の何十倍もの被害が出ているのですから」

「それならば先ずできることから始めなければならないな。今回の会戦でカイヴァーン将軍を失い、王国軍はまだ混乱の最中にある。今の内に主導権を握れば、今後の行動もしやすくなるだろう」


 フェレイドン派閥の会合は夜が更けても続けられていた。

「最後になったが、皆に報告したいことがある」

 全員の顔を見渡すように一瞥するとフェレイドンは重い口を開いた。

「先の会戦で俺が魔族の司令官を討ったことは皆も知っての通りだ。その際、魔族の司令官、相手はイオン宰相と名乗っていたな。彼に皇帝へのメッセージを託すことができた」

 フェレイドンの発言を受けて場がどよめいた。没交渉となっていた魔族との対話の可能性が開かれたのだ。絵空事だった魔族との融和への行程も現実味を帯びてくる。


「もっとも皇帝にまでメッセージが届いているかは五分五分といったところだろう。こちらに交渉の余地があると魔族側に認識させることができた程度でしかない。しかし、これは我々にとっては大きな一歩だ。ようやく眠っていた計画を進めることができる。皆、心して準備してくれ」

 集まった者たちは一斉に右手の拳を心臓の前に当てて敬礼した。フェレイドンが敬礼を返すと、それが会合の終了を告げる合図となった。集まった者たちが三々五々帰り支度をする中でフェレイドンはナーデレフを呼び止めた。


 私室にナーデレフを招き入れたフェレイドンはグラスに年代物の酒を注いだ。

「こんなところに呼んで何の用だ。もしかして私を口説くつもりか?」

「バカ言え、お前とはとうに終わっただろうが。仕事の話だ」

 苦笑しながらフェレイドンは杯を掲げて琥珀色の液体を喉の奥に流し込んだ。


「リーンリアを使うつもりか?」

 室温を下げるような冷たい口調を投げかけナーデレフの瞳がすっと細くなった。

「そうだ、魔族領の中を知るのは彼女しかいない。これからの計画は相手に伝わったかどうか定かでないような曖昧なことでは進められないからな」

「そうはいってもイオン宰相とやらがこちら側の意図通りに動いてくれるとも限らないんじゃないか?」

「我々は細い糸を手繰り寄せるしかないんだよ。その先の希望を信じてな」


 硬かった表情が解けるようにナーデレフはふっと笑みを浮かべた。フェレイドンには昔からそういうところがあった。夢見がちな男。だが、その夢に魅せられて多くの者が集まってきた。ナーデレフもそのひとりだ。


「リーンリアの分隊はまだ安全圏か?」

「もちろん魂の摩耗が起こるのは当分、先だ。激戦を繰り返しているとはいえ、彼らは学生でしかない。十分な安全マージンは取ってある」

 酒を飲んでいてもフェレイドンの目は強い意志を感じさせる光を帯びていた。

「わかった、私から説明しよう。この任務にリーンリア以上の適任者がいるとは思えないからな」

「助かる。親書はこちらで用意しておこう。命令書は明日にでも届けさせる」

 フェレイドンはほっとしたように杯に残った酒を飲みほした。


「しかし、イオン宰相をユースポス卿の後釜に据えたとして、その後はどうするつもりだ?」

「ナーデレフ。戦争の終わりとはどういうものか考えたことがあるか」

「ふむ、そうだな。どちらかの国が滅亡するか戦争が継続できないほどの大きな損害を受けたときじゃないか?」

 ルクスオール王国に接している国は魔族領だけではない。人族の国とも国境を接している。それらの国と過去に戦争がなかったわけではないのだ。ルクスオール王国の成り立ちも多くの屍の上に建っているといっていいだろう。


「その通りだ。大きな痛みが伴わなければ人は立ち止まれない。支払った犠牲に見合う何かを得なければ、その犠牲は無意味だったと認めなければならないからだ。それは誰もが目を背けたくなる事実だろう。だからこそ誰もが納得せざるを得ないほどの大きな犠牲が必要なのだ。もうたくさんだ、止めてくれと人々が心の底から叫ぶような地獄を作り出さなければならない」


「……フェレイドン。お前が、その地獄を作り出すというのか?」

「俺は10万の兵を率いてアシュールに攻め込む。そこで魔族に対して決戦を挑むつもりだ。死の大地であるアシュールに再び塩と塵を撒くのだよ。その後はもう互いに手を取り合うしか道は残されていないだろう」


 意外にもフェレイドンの表情は澄み切っていて苦悩の痕はない。殉教者にも似た微笑みだ。ナーデレフの背筋に冷たいものが走る。最早、彼が神の御使いであろうと地獄の使者であろうと、その手を払うことはできない。


 彼の夢はナーデレフの夢でもあるのだから。





 


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