第10話 すれ違う心
普段は飄々として悩むことが少ないナヴィドが、珍しく落ち込んでいた。ため息をついてはぶつぶつと小声で言い訳をしている。
「何だアレは? 鬱陶しいヤツだな」
シアバッシュは机に突っ伏しているナヴィドを顎で指してこき下ろした。
「うむ、ヴィーダの勧誘が上手くいかなかったようだ」
リーンリアは少し心配そうにナヴィドの様子を盗み見た。
「そりゃ、断られることもあるだろうが、一々気にしてたらキリがないぞ」
「それはその通りなのだが、ナヴィドがあの様子ではな……」
リーンリアはナヴィドが頭を抱える様子を見て、ため息をついた。
「ここはお前が一肌脱ぐところだろ」
「私が、か? 何をさせようというのだ」
「ヴィーダと話してみろよ。女同士、何か引き出せるかもしれん」
シアバッシュはヴィーダがこの分隊に入ろうが入るまいが、どちらでも良かった。しかし、ナヴィドに薦めた手前、問題の種を蒔いたようで寝覚めが悪い。
「む、彼女とは初対面なのだが、そんなに簡単に行くものなのか?」
「なんならオレが一緒に行ってやろうか?」
「よくわかった。ここには私以外、頼りになる戦力がないことが」
リーンリアは現状の正確な把握をして、交渉役を買って出た。
「ヴィーダはいるか?」
リーンリアは教室に入るなり、響き渡るような大声でヴィーダを呼び出した。教室に残っていた生徒たちの目がヴィーダに集まる。
ヴィーダは編入したばかりのリーンリアに呼び出される理由が思い当たらず、助けを求めて左右を見回した。その様子を見て、見当を付けたリーンリアが近づいてくる。
「あなたがヴィーダだな。少し話したいことがある。一緒に来てもらおう」
リーンリアは有無を言わさず、ヴィーダの手を取って食堂に向かった。
食堂でヴィーダと向かい合わせの席に座るなり、リーンリアは本題を切り出した。
「私はナヴィドと一緒に分隊を組んでいるんだが、あなたに勧誘を断られてからどうも様子がおかしい。何か心当たりはないか?」
「えっ、えーっと……」
ヴィーダが何かを説明しようとして、慌ててしまって言葉にならない。
「落ち着いてくれ。何があったか聞きたいだけだから」
「……ごめんなさい。わたしの言い方が悪かったと思うの」
ヴィーダは深呼吸をした後、深々と頭を下げた。
「わたしが分隊に誘われない理由って聞いている?」
「気が急いて動けなくなると聞いたが」
「そう、わたしは頭の中で先の展開を組み立てて、それをトレースするように動いているの。だから、予想外のことが起こると、何をしていいかわからなくなってしまって」
「ふむ、だからタイミング良く回復ができるわけか」
「練習での動きを見て誘ってくれた人は多かったんだけど、模擬戦での醜態を見ると、みんな落胆して去っていったわ」
「勝手に期待して勝手に烙印を押すわけか、仲間としては信頼できないな」
リーンリアの言葉にヴィーダは我が意を得たりとばかりに頷いた。
「そうなの。でも、わたしもみんなの期待に応えられないのが、すっかり怖くなってしまって」
「それで分隊の勧誘を断ったというわけか」
「それもあるんだけど……」
「何だ、言いにくいことなら、無理しなくても構わないぞ」
「うーん、ナヴィドくんってすごく変わってない?」
「どうだろう。私はナヴィド以外の知り合いが少ないから、比較対象に困るな」
フェレイドンやナーデレフの顔を思い描いてリーンリアは頭を振った。
「前に模擬戦で一緒に組んだのだけれど、動きが変則的で全然回復のタイミングが合わなくて、一緒に分隊で組んだらきっと迷惑かけちゃうかなって」
ヴィーダは物憂げな表情で項垂れた。窓から差し込む木漏れ日が長い睫毛を煌めかせた。
――なんだ大した理由じゃないじゃないか。嫌われてなくて良かったな、ナヴィド。
リーンリアは胸の奥で何か棘が刺さっているような感覚に戸惑った。
「それなら何も心配しなくていいぞ。私たちの分隊の盾役はシアバッシュだ。あなたを誘ったのも彼が推薦したからだ」
「えっ、そうだったの!?」
ヴィーダが驚きと嬉しさをないまぜにしたような表情になる。
「もちろん模擬戦でのことも知った上でだ。どうだ、ヴィーダ。あなただって分隊に入りたいと思う気持ちはあるんだろう?」
「もちろんよ。わたしもみんなと一緒に戦いたい! もう一度、チャンスをくれない?」
「こちらから頼んでいるんだ。その気があるなら大歓迎だよ」
リーンリアは立ち上がって右手を差し出した。
ヴィーダはリーンリアの行為に一瞬戸惑ったが、決心したように一度頷くと、その手を握り返した。
「というわけで口説いてきた」
「はい、口説かれて来ました」
リーンリアは一仕事終えたように晴れやかな笑顔だ。ヴィーダも楽しそうに笑っている。
「おう、良かったじゃねえか」
シアバッシュが元気づけようと、ナヴィドの背中を強く叩いた。
経緯をまったく知らないナヴィドはただ呆然とするだけだ。
――えっ、何? リーンリアが誘った方が良かったの? 俺たち同期で一年以上一緒だったよね?
リーンリアが詳しい説明をするまで、落ち込んでいるナヴィドが回復することはなかった。
「ぶっわははは。ナヴィドのあの落ち込んだ顔ってば、見ていられなかったぜ」
シアバッシュは機嫌が良さそうだ。いつもの険のある顔が跡形もなく崩れている。
その理由がナヴィド自身にあると考えると、ナヴィドの心はまったく晴れやかにならない。むしろ天気は下り坂だ。
「ごめんなさい、ナヴィドくん。誤解させちゃったみたいで」
ヴィーダは心の底から自分の責任を感じて何度も頭を下げていた。
「ヴィーダ、気にすることはない。ナヴィドが変態なのが悪いんだ」
「変態じゃねえ、変則的だ!」
リーンリアの少し外れたフォローにナヴィドは即座に訂正を入れる。そのまま流していたら変な噂が立ってしまう。
「まあ、コイツの動きはセオリーから外れていて読み難いからな。ヴィーダの言いたいことはよくわかる」
シアバッシュがヴィーダの意見に同調する。協調性がないシアバッシュの成長に驚きを禁じ得ないが、どうやらナヴィドの味方はここにはいないようだ。
「ナヴィドは強いのか弱いのか、よくわからないからな」
リーンリアはフォローがしたいのか、追い詰めたいのか、はっきりして欲しいとナヴィドは思った。
「とにかく分隊に入ってくれて嬉しいよ、ヴィーダ。よろしく頼む」
分隊リーダーらしく締めようとしたナヴィドだったが、含み笑いをするメンバーたちの前ではまったく締まらなかった。
「はい、こちらこそ。よろしくお願いします」
返事を返したヴィーダも周りの雰囲気につられて、つい笑ってしまった。
 




