拝啓 二之宮君、君のおかげで僕は伝説の勇者になれました
拝啓 二之宮君。日に日に暑さが厳しくなりますが、いかがお過ごしですか。
この季節になると僕は、君とファミレスで何気ない話をしていた事を今でも良く思い出します。
僕はきっと、下手くそな笑顔で、君の話に頷いていただけに見えた事でしょう。
でも、友達がいなかった僕は、二之宮君との時間に、沢山沢山助けられました。
「ふぅー、涼しい。生き返るね!」
半袖の学生服の胸元を掴み、パタパタと扇ぐ二之宮君。
黒い学生服のズボンに、白いワイシャツ。
首元に汗をかきながら笑顔を見せる彼は、それだけで女性の目を引く程に様になっていた。
今もお冷を置いたファミレスの若い女性店員さんが、頬を赤らめながら足早に去っていった。
「さて、今週も申し訳ないけど、ドリンクバーだけで涼ませて貰おうか」
眩しい程の笑顔で僕にそう言い、テーブルの上にあるボタンを押す二之宮君。
週末の放課後、単品399円のドリンクバーで、涼みながらだらだらと駄弁る。
それが僕と彼の、一年くらい続くイベントだ。
もちろんたまには食事もする、本当にたまにだけど…。
少しの申し訳無さを感じつつも、ドリンクバーから飲み物を取ってくる。
「さて、この前読んだラノベの話なんだけど…」
アイスティーを一口飲んだ二之宮君は、落ち着く間も無く少し体を前に出し話し始める。
荒れた王都で治安を守る、野良犬と蔑まれた自警団の男たちの話らしい。
僕はラノベも、アニメも見ないけど、彼の話に相槌を打ち、時折下手くそな笑顔で笑う。
二之宮君はイケメンで、誰もが知っている電機メーカー、二之宮エレクトリックカンパニーの社長の息子。
でも、誰にでも気さくに笑いかけ、裏のない性格。
不満点など見当たらないような人間だが、彼の家族からすれば一つの不満点があった。
そう、彼は重度のラノベ、アニメオタクだった。
いや、オタクになってしまった。
一年前の春、高校に入学してすぐに、二之宮君は孤立した。
孤立したと言ってもイジメとかではなく、イケメンオーラが強すぎて、誰も話しかけられなかったのだ。
しかしそこで、空気の読めない、やたらとグイグイ来るタイプのアグレッシブなオタクに話しかけられる。
ラノベの主人公みたいだと声を掛けられ、答えてしまったのだ。
「ラノベってなんだい?」
そこからはもう止まらない。
おすすめのラノベを胸ポケットから出し、二之宮君の手に握らせ、ラノベの良さを語り続ける。
しっかりと話しを聞きながら、楽しそうに頷く二之宮君。
余計な事しやがってと殺気立つ女子グループ。
あの時の殺伐とした教室内の雰囲気、僕は今でも思い出すと震えが止まらないです。
そのままオタクグループの一員となってしまった二之宮君は、重度の異世界オタクになってしまった。
まぁ、そのオタクグループの中でも空気のような存在だったのが、僕な訳だけども…。
「…くん、聞いてるかい?」
はっとして顔を上げると、そこにはじーっとこちらを見る二之宮君の顔があった。
慌てて謝罪すると、サングラスが必要になるような笑顔で頷く。
「いや、興味のない事を僕も喋りすぎたね。ごめんよ」
姉にも最近、嫌な顔をされるんだ。と、困り顔で言った。
僕も慌てて謝る。
二之宮君の話す、ラノベやアニメの話に興味がない訳ではない。
小学校時代に、名前でいじめられてから興味が無くなってしまっただけだった。
「彼らが言う通り、勇者みたいな名前なのにね」
クスクスと口を手で押さえて、笑う二之宮君。
僕の名前は馬場雅。
一見普通の名前のようだが、名前の母音がすべて『あ』なのだ。
小学校の頃、ローマ字で名前を書く授業で、伝説の勇者だと馬鹿にされた。
高校に入学して、さっそくオタクグループに名前の事で囲まれた。
そのまま他のグループには距離を置かれ、オタクグループの中でも空気のような存在になったのだ。
入学して早々、うんざりしたものだったが、良い事もあった。
一年生の夏ごろに、異世界オタクと化した二之宮君と、名前がきっかけで友達になれた事だ。
純粋に伝説の勇者だと言われ、羨ましいと言われた。
それから大体一年、僕たちは毎週こうしてファミレスで駄弁っているのだ。
「ん? 珍しいね、僕に聞きたいこと? なんだいなんだい?」
ふと、僕は思いついて、二之宮君に質問をする。
異世界に行けたらどうするの?
「そうだなぁ…ふふ、まずは転生なのか転移なのかによるかな?」
ある日、気がつくと僕は森の中にいた。
今日は金曜日で、二之宮君とファミレスに行く日だ。
彼が掃除当番だから、僕だけ先にファミレスに向かって。
三年生になってから、受験の話が多くなってきて、それが少し残念で。
放課後はどんな話をしようかって、帰りのホームルームで考えて。
いつもほとんど喋れないのに、それでも考えて。
(まずは周りを見渡すんだよ)
そうだ、見渡すんだ僕。
周りに危険な魔物の鳴き声とかは…ない。
木々が風に揺れる音、小さく川のせせらぎが聞こえてくるだけだ。
(そう、そうしたら次は持ち物を確認するんだよ)
顔を下に向けて、僕の服装を確認する。
下校の時に着ていたいつもの学生服ではなく、革の鎧を装備している。
(憑依っていうのもあるね! 顔を確認してみなきゃ)
何かないかと地面を見てみると、抜身の剣が地面に刺さっている。
表面はそんなに綺麗じゃないけど、顔くらいは映る。
あぁ僕の顔だ。いつもの、冴えない…あれ、眼鏡がない!
(転移かぁ…チートは欲しいよね! でもまずは人里に行かなきゃ。僕なら川を目指すね!)
川沿いに人里あり…らしい。
ゆるい斜面を下りながら、川のせせらぎの聞こえる方向へゆっくりと歩いていった。
川沿いを歩き続けて二時間ほど、目の前には小さな村が見えた。
(まずは小さな村からだよね。言葉は通じるのかな? そのまま入れる?)
木の柵で囲われ、入り口と思われる場所に金属鎧を着た人が立っている。
鎧の人が手に持つ槍を見て、僕は尻込みする。
(ダメなら走って逃げようか。身体能力チートっぽいしね!)
たしかに運動もまったくダメだった僕が、山道を二時間歩いても息切れ一つしていない。
眼鏡がないと生活出来ない程に目が悪かったが、今は無くてもよく見える。
僕は両手を握り、一歩を踏み出した。
「ん? どうしたんだ坊主、変な格好して」
表情筋を無理やり笑顔にして、僕に笑いかける。
顔が怖いのを気にしているのだろうか、逆に怖いけど。
(言葉が通じたらラッキーだね。ここからが問題だ)
僕はどもりながらも一生懸命説明する。
二之宮君が言っていたように、近くの村から出てきたと。
「冒険者になろうと村を出たのに、魔物に襲われて迷っただぁ?」
僕に顔を近づけながら、大きな声で言う鎧の人。顔が近くて怖い。
僕は一歩後ずさり、ブルブルと震える。
「ベルクに行く途中だったのか? っていうか防具は?」
ベルクがどこか分からないが、とりあえず頷いておく。
ベルクは真逆の方向なんだがなぁと、首をさすりながら呆れているようだ。
「まぁどうせこの時間からじゃあ、ベルクはもう無理だ。ここで一泊して明日出発しな」
ポケットに手を入れてみて、悲しい顔をする僕。
そうだ、今僕はお金もなく、防具もない。
これからどうすれば…と、途方に暮れる。
(正直に話してみよう。いい人が沢山いる異世界だと、僕は思うな)
「なにぃ? 金がねぇ? どうすんだお前…はぁ、まぁちょっと先にギルド行って登録してこい。終わったら戻ってくんだぞ! わかったな?」
そのまま背中を押されて、すんなりと村の中に押し込まれる。
言われた通りの道を歩き、冒険者ギルドに入り登録をする。
どうやらこの村には冒険者が少ないらしく、すごく感謝された。
引退した冒険者さんに、いらない防具がないか聞いてくれるらしい。
(ご都合主義だね! でも、そういうの僕大好きなんだ!)
明日また来るように言われて、僕はお礼を言い冒険者ギルドを後にする。
門の所に来いと言われたけど、僕はこれからどうなるんだろう?
捕まっちゃったりするのかな? さすがにそれはないか…。
「おぉ、坊主! ちゃんと帰ってこれたか!」
背中をドンドンと叩かれる。
金属の篭手がとても痛い!
「この村唯一の宿屋に話をつけといたから、今日はそこに泊まれ!」
びっくりして変な声が出る。
「この村で見知らぬガキが野宿してるってのは、門番としてのプライドが許せんからな」
無一文の見知らぬ人にここまで出来るのだろうか。
見知らぬ土地で助けられ、何回も感謝で頭を下げる。
照れ隠しだろうか、首の後ろをさすりながらしっしっと手を振る門番さん。
子どもたちの笑い声を聞きながら、村の中を歩く。
驚くほど綺麗な景色があるわけでも、特別活気があるわけでもない。
それでも優しい雰囲気のある、良い村だと思った。
村に唯一の宿屋は、村の中心部にあった。
本当に泊まれるのか、心臓がドキドキする。
入り口の前を行ったり来たりしていると、突然何かの影が僕を覆う。
「なに人の店の前でうろうろしてんだ? 昼間っから泥棒か? あ?」
そこには半袖のシャツが今にもはち切れそうな、ムキムキのおじさんが立っていた。
鬼のような形相で、エプロン姿で。
思わず僕は腰を抜かし、地べたにへたり込む。
「こーら、お客さんを威嚇しないの。店主さん?」
大きな筋肉の塊の後ろから、綺麗な女性の人が出てきて僕を助けてくれる。
話を聞くと、ご夫婦で宿屋を切り盛りしているらしい。
聞くとっていうか、一方的に女将さんに聞かされたんだけど。
店主と女将さんに連れられ宿屋の中に入ると、もうすでに数人お客さんがご飯を食べている。
椅子に座った瞬間、他の客から声を掛けられる。
「大丈夫か? 筋肉の一部になってないか?」
「顔怖かっただろ、泣いてねーか?」
「女将さんには手を出すなよ、筋肉にはなりたくねーだろ?」
子どものような無邪気な笑顔で、こちらに話しかけて来てくれる人達。
でも、みなさんの後ろには、その怖い筋肉がピクピクとしているのが見えますよ。
僕は、女将さんが出してくれたおいしい夕食を、悲鳴を聞きながら食べる事になった。
案内された部屋に入り、一息つく。
夕食はおいしかった。
特に物珍しいものはなく、驚くほど美味しいわけでもないが、ホッとする味だった。
冒険者を辞めて宿屋を始めるが、料理が苦手で渋々怖い顔でウェイターをやる店主。
美人で明るく、美味しいごはんを作る女将さん。
見ず知らずの僕に、気さくに笑いかけてくれる常連の村人たち。
僕はベッドに身を投げて、これからどうなるんだろうと考える。
明日目を覚ませば、実はファミレスで居眠りしてたなんてこと…。
(きっと異世界で沢山の経験をすると思うんだ。伝説の勇者にだってきっとなれるよ)
ふと目を覚ますと、野営用のテントの中だった。
大きく一つあくびをし、もそもそとテントから這い出る。
「あら、珍しく起きるのが早いじゃない」
「お、ホンマやなぁ。今日は雨でも降るんとちゃう?」
「確かに珍しい事ではあるが、勇者様に失礼ではないか?」
少し早く起きただけで、数年一緒に旅をしている仲間達にからかわれる。
弓魔法使いのイリス、回復魔法使いのウルリヒ、槍魔法使いのエルザ。
あの優しい村で新人冒険者として、この世界を知り、ベルクと言う街に拠点を移した。
教会で僕の魔法属性が光とわかり、あとは魔物に困っている人がいれば助けに行った。
困ったことがあれば、二之宮君の話を思い出し。
楽しいことがあれば、日記帳に書き記した。
そして数年、気がつけば『光の勇者』だなんて呼ばれるようになった。
「冒険者になった頃の夢? あぁ、あの村ね。何回か行ったわよね」
イリスがもそもそと携帯食を食べながら、僕の夢の話を聞く。
ウルリヒはもう、携帯食のまずさに涙目だ。
「勇者様、今あの村の話はその…虚しくなります」
無表情で携帯食を食べていたエルザは、途端に悲しそうな顔をする。
しばし無言で僕たちは、携帯食をもそもそと食べたいた。
「あぁもう! おいしいご飯が食べたい! たーべーたーいー!」
イリスが突然立ち上がり、空に向かって叫び出す。
一応森の中なので、静かにして欲しい。
「逆に考えるとこれがまずいのって、あんだけおいしい料理を出す店主が悪ない? 料理を作る女将さんは悪ないけど!」
ウルリヒの目がなんだか濁って見える。
「勇者様! 提案なのですが…少し、遠回りをして帰ってはどうでしょう? 見回りも大事だと具申いたします!」
遠回りして村に行くって事ね…僕も久しぶりに食べたいし、満場一致かなぁ。
そして僕たちは、急いで野営の後始末をして村への道を足早に進む。
陽が落ちる少し前、あの村の近くまで来る。
他のメンバーは、すでに今日の夕飯がなにかを想像している。
僕達は走るような早さで、門番さんがいるであろう村の門まで向かう。
そこで僕達が見たものは、一面更地にされた村の姿だった。
村の入り口に、門番さんが座り込んでいる。
「…よぉ、坊主達。よく来たなぁ。ドラゴンから村、守れなかったわ」
ドラゴン、この辺境を治めているツァイス辺境伯様が、手を焼いているという魔物。
門番さんは所々怪我をしているものの、村人にも死者はいないそうだ。
普段は陽気なウルリヒも、神妙な顔で門番さんに回復魔法を使っている。
僕たちは急いで村の中心へ向かう。そこにはあの、宿屋があるはずだ。
宿屋があるはずの場所に着くと、そこには呆然と立ち尽くす店主と女将さんの姿があった。
「すまんなぁ。飯食わす事も、ベットで寝かしてやる事もできねぇや。一瞬で宿がなくなっちまってなぁ」
僕達に気づいた店主がこちらを向いて、泣き笑いのような顔でそう言った。
絶景はないが美しく平和な村だった。
名産があるわけではなかったが、温かい料理があった。
明るく笑顔の絶えない夫婦だった。
こんな顔をさせるドラゴンが許せなかった。
これからもこんな顔をする人が増えて欲しくなかった。
僕達は、数日間村の復興を手伝い、何も言わずにドラゴンを倒す旅に出た。
(悲しんでいる人をそのままにしてはいけないよ。ドラゴンを倒せるのは、勇者だけなんだから)
追伸 無事にドラゴンを倒した後も僕は、二之宮君から聞いた異世界の話を元に、沢山の冒険をしました。
いつも聞いてばかりだったから、今度は二之宮君に僕の話を聞かせてあげるよ。
聞いて欲しい話が沢山あるんだ。
きっと笑って頷いてくれるよね、二之宮君。
お読み頂きありがとうございます。
読みやすい書式の模索として、この短編を書きました。
スマホとかだとこちらの書き方の方が読みやすいのかな?
この小説の、約150年くらい後の話を連載しています。
気になられた方がいらっしゃいましたら、ぜひご一読してみてください。