04
食堂で夕食の準備を手伝う時間になった。
芋の皮むきを頼まれたクロルが
「食べられるのに捨てちゃうんですか!?」
「ふむ…確かにもったいないな。タワシで擦るだけにしよう。タマネギの薄皮だけは剥いてくれ。」
料理長は芋とニンジンとタマネギをクロルに任せた。
料理長の仕事の手伝いに俺が教えることはないので、今日が当番の風呂掃除に行く。水を抜いて洗い場と浴槽を洗って流し、水を運んで浴槽を満たす。調理場から火の着いている薪を1本貰ってきて種火として薪をくべて火を育てる。
しっかり炎が育ったら薪を足して、脱衣所の掃除をする。
獣人だけに抜け毛が多い。
脱衣所の掃除が終わったら釜の火の加減を見て必要なら薪を足す。風呂当番はひとまずはそれで終わりだ。
夕食の時間になり、食堂へ向かう。
エプロン姿が……
ポトフの具が偏らないように声に出して深皿によそる。
「いーも。にん、じん。た・ま・ね・ぎ、ベーコン!」
歌うような節回しで楽しそうな配膳。
「肉料理、頼む。」
料理長が盛り付けたステーキをワゴンにのせると、はーい!と返事をして取りに行く。
ポトフの勢いが止まらないようで
「おにくー、おにくー♫」
また声を出している。いくら何でも行動が幼過ぎないか?どこまで和ませれば気が済むのか。
「いただきます!」
クロルの今日の夕食はパン半分と薄味のポトフと肉の薄切り2枚。ポトフにも2切れのベーコンが入っている。きっと順調に回復してきているのだろう。
「早くオレ達と同じ食事ができるようになると良いな!」
ペルランがそう言うとクロルは首を傾げる。
「ぼく、そんなにたくさん食べられるようになるかなぁ?」
「たくさん食べて大きくなれば、美味しい物がもっとたくさん食べられるぞ?」
クロルはたくさん食べる自分を想像してうっとりしている。でも隊長、それは横方向へ大きくなってませんか。
今日もゆっくりよく噛んで。その何ものにも代え難い幸せな顔は、全員を巻き込んでいる。クロルが来てから確実に食事の美味しさが増している。
…料理長、クロル、おいしい食事をごちそうさま。
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風呂当番なので湯と火の様子を見て来る、と言ったら一緒に行くと言う。風呂の大量の湯を沸かす手順が見たいらしい。まずは湯船の温度を確認し、ぬるめだったので薪を足しておこう。熱過ぎたときに足す水も桶で4つ用意する。足りなくなったらまた汲みに行く。
「かまどにふたが付いてる!」
それも面白いのか?這いつくばってしっぽをぶんぶん振りながら焚き口を凝視する。そ〜っと手を近づけて熱さを確かめている。
「蓋は熱いから火傷するなよ。」
熱くなった蓋は開閉用の先が曲がった金属の棒、火鍵棒で開け閉めするか、革手袋をはめる。素手で触ってはいけない。手伝いたがるクロルに追加の薪を入れさせた。太い薪2本でいいだろう。
……自分から言い出して炎の熱さになかなか薪を入れられないとか……萌……いやいやいや。
おい、火鍵棒は両手で持つほど重くないだろう…
包帯を外して良いのは明日の朝だから、風呂に入る時はまだだ。今日もシェーブルが待っていたのに、隊長が洗ってやる、と言って取り上げた。クロルが緊張しているのに適当な洗い方をする隊長にシェーブルがもっと丁寧に!お湯をかけるときは言葉もかける!頭皮は爪を立てずに指の腹で洗う!とかごちゃごちゃ言うので
「飽きた。」
と隊長はクロルを放り出した。
「あぁ、もう!こんなに髪が絡まって…」
ぶつぶついいながらシェーブルがクロルの髪を洗い直している。ゆっくり丁寧に梳いてもらってすっかり寛ぎ、体も洗ってもらって湯船では膝に乗せられている。ピトンがこっちにも来い、と奪って膝に乗せ、シェーブルと取り合いになっている。クロルは楽しそうにクスクス笑っている。
脱衣場には今日もクロルのための飲み水まで用意されていて驚きを通り越して呆れる。
未だ慣れない下着の着用に苦労している。子供用でも布が長いようで折り畳んで調節させている。
「おやすみなさい!」
みんなに挨拶して部屋に戻ると、当然の事のようにまっすぐ俺のベッドに乗る。
「ルーさん、早く寝ましょう。」
苦笑いしてベッドに入ると、
「ぼく、この町に来てうれしい事ばっかりです。」
うふふ、と笑ってそのままおやすみなさいを言って幸せそうな顔ですとんと眠ってしまう。幸せそうな寝顔に心が温かくなる。こんな感覚は初めてだ。頭をひと撫でして横になると、規則正しい寝息にすぐに眠りの淵に誘われた。
「ぅう…あ、っは!」
今夜もまたうなされるクロルの声に起こされた。いやいやと首を振り、うめき声を上げ、襟元を掴んで引っ張り、がばっと起き上がる。
じたばたしながら下着を脱ぎたがるが上手くいかないようでベソをかきだした。手伝って脱がせてやると下着をぽいっと投げてニンマリ笑って横になる。そして即座に寝てしまった。やはり慣れない下着のせいでうなされているのか…
下着なしでベッドに入って来られるのと夜中に起こされるのだったら下着なしの方が良いな。クロルはすり寄って来る以外、寝相は良いから起こされるよりマシだろう。
そう決めて眠った。
「おはようございます!」
「おはよう…」
俺より早く起きたのが嬉しいのかしっぽが揺れている。そして着替え、となって初めて下着を履いてない事に気づいたらしい。
「あれー?脱げちゃってる?」
首を傾げて不思議そうなクロル。そこまで覚えてないのか。
「苦しがって騒いで脱いでたぞ。」
「えぇっ!?」
驚く顔は面白いが、朝の支度だ。
包帯を解いて、ちゃんと下着を履いて服を着るよう念を押す。髪をまとめてやって桶を持たせる。井戸のところにはシェーブルが櫛まで用意して待っていた。
顔を洗って水を汲むと、どこから持ってきたのか小さなイスに座らせて香油までつけて髪の手入れをしている。枯れ草色だった髪が淡い金髪になって朝陽に煌めいている。
その艶髪に桶を乗せたらシェーブルが泣くんじゃないかな。
思った通り「持ってやる」「自分でやる」と揉めているので昨日も一昨日も運んでくれたから交代だ、と俺が運んだ。
朝の鍛錬と朝食の支度に分かれる。
鍛錬が終わって食堂へ移動すると、今日もエプロン姿のクロルがスープをよそっていた。
「今日はポタージュスープです!こんなトロッとしたスープ初めて見ました。楽しみです〜。」
クロルの分はまだ薄めてあるのでサラッとしている。それでも嬉しいらしい。パンが4分の3になって薄めたスープと温野菜サラダ少しと薄切り肉3枚。
調子が良さそうだからもっと食べさせても良い気がするが、大丈夫そうならルナール先生が指示を出すだろう。
「もう食べられません〜…」
そう思っていたのにクロルが食事を残した。具合が悪くなったのか?さっきまでいつも通りの幸せ笑顔だったのに…
「おなかいっぱいです。」
驚いた事にこの量では多かったらしい。
ルナール先生がうんうん、と頷きクロルの頭を撫でながら
「無理して食べなくて良いから。」
そう言って夕飯からの食事を料理長に指示している。いつの間にか近づいたペルランがクロルの残したパンひとかけらと肉一切れをひょいと自分の口の中に片付けた。
食後、ルナール先生がキズを確認し完治したと太鼓判を押されたので安心して洗い物をするクロルは嬉しそうだ。今日は薪割り当番だから、と伝え、食堂の仕事が終わったら洗濯物を持って井戸の所に1人で行くよう伝える。
「大丈夫です。1人でちゃんとできます!」
と仕事を任される喜びに耳をピンと立ててしっぽを揺らしながら笑顔を見せた。
…俺が子供好きになったのか、クロルが可愛いだけなのか。後者だと認めよう。クロル、可愛い。
薪割りをしていると、クロルが背負いカゴに洗濯物を入れてやって来た。カゴはシアンが使えと持って来てくれたそうだ。自分が入る大きさのカゴを背負って歩く姿はカゴに足が生えたようだ。
クロルは見た目に反して力がある。家の事を小さな頃から手伝っていたんだろう。構いたくなるが自立心を尊重して我慢だ。
と、薪を割りながら見ていたら隊長がカゴを持ち上げ、一緒に持ち上がったクロルをからかっている。隊長、あんな人だったかな?
洗濯物を井戸のそばに置き、タライを運んで来て水を入れる。洗濯物を粉にした石鹸と一緒に入れ、足で踏む。怪我をした時に教えたやり方だがこのままで問題ないだろう。
隊長はまだクロルを構いたいようだったが副隊長に連れて行かれた。薪割りをしながら濯ぐタイミングを見計らっていたが、シアンが来て手伝うようだったので薪割りに集中した。
薪割りが終わった頃、洗濯も終わったようだ。斧を片付け、薪を軒下に運び終わるとクロルがタライを片付けた所だった。背負いカゴは脱衣場に置くよう言われたそうだ。
表を掃き掃除していると通りかかる町の人がクロルに挨拶をしたり声をかけてくれている。ラパンさんの情報網が「警備隊詰所の新人クロルちゃんは良い子」を広めたのだろう。今日は仲の良いアルエットさんを連れて来るかも知れない。
表と玄関の掃除が終わった頃を見計らったようにラパンさんとアルエットさんが連れ立ってやって来た。
「「クロルちゃん、お早う。」」
「おはようございます!」
クロルは応接室に2人を案内して
「お茶の用意をしてきますので、しょうしょうおまちください。」
ぺこりとお辞儀をして教えられた言葉を口にした。客2人は「まぁ良く言えたわねぇ」とか「なんてしっかりしてるのかしら」と嬉しそうにお喋りしている。