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03

夜中、クロルが辛そうに顔を歪め、小さくうなり声を上げているのが聞こえ、目が覚めた。見ると目には涙が滲んでいる。

嫌な夢でも見ているのだろうと頭を撫でてやると、ん…と小さな声をだし、目をぱちっと開けてがばりと起き出した。下着を脱いでいる。これはもしや、寝ぼけてそのままおねしょする子供の行動か!?


排泄しそうだったっら止める!と緊張しながら見守っていると、慣れないせいかなかなか腰紐が解けずじたばたしているが、なんとか緩められたようで脱ぎ捨てた。そしてホッとため息をついてそのままベッドに潜り込み、すやすやと眠りに落ちた。


そこまで下着が嫌だったのか、ただ寝ぼけただけなのか?


明日様子を見よう。




-----------------------------------------




今朝もまた揺すって起こす。


「おはようございます!寝坊しました!!」


寝坊ではないし誰に報告しているのか、笑いが込み上げてくる。

俺は肩を振るわせながら昨日シェーブルに言われたようにクロルの髪をとかして三つ編み…はできなくて首の後ろでひとつにまとめた。クロルは大人しくしている。それから着がえをして水汲みだ。


井戸の所でちょうどシェーブルに会った。


「おはようございます!」

「お早う。」

「お早うございます。」


3人で朝の挨拶を交わすと、クロルの髪を指で梳いて三つ編みに直してくれた。

水を汲んだ桶をクロルが頭に乗せるのを見て感心している。


部屋に桶を置いたら調理場へ行くように言って、俺は朝の訓練に向かう。

準備運動、素振り、型、そして格闘の組み手。それから各自得意な武器の鍛錬。これを1時間半程でこなして食堂に向かう。


食堂に入ると既に朝食の準備ができていた。いつもなら各自で運ぶのに、水仕事ができないクロルの仕事として、配膳をさせたようだ。皆が席に着くのを見計らって各自の席に置かれたスープボウルに熱々のスープを注いで行く。


「エプロン…かわいい…」


誰かがぼそっと呟く。通常なら腰に巻くタイプの前掛けエプロンを胸の位置に巻いて長過ぎた紐を前にまわして蝶結びをしている。いかにも小さな子供が一生懸命お手伝いをしている風で熱々のスープで火傷しないか、こぼして泣き出さないかハラハラしながら見守っている。


配膳が終わり、クロルが席に着けば食事が始まる。


今日はパンが半分、ゆで卵4分の1、薄いトマトスープにはベーコンが少しとキャベツとニンジンとジャガイモ。小さなブラックベリーの実2粒。一口ごとに幸せそうな顔をしてゆっくりよく噛んで食べるクロルをついつい眺めてしまう。


今まで意識していなかった食事への感謝の念が心に刻み込まれて行く気がした。


食後に食堂でルナール先生が包帯を外して診察してくれる。


「今日1日は水仕事禁止だよ。明日の朝には包帯を外して良いからね。」


始めからそのつもりだったようで先生は持って来ていた新しいガーゼと包帯を巻いた。


洗濯物を入れたかごを水の桶と同じように頭に乗せて運ぶクロル。俺はまだクロルの教育中と言う事で一緒に洗濯へ行く。井戸の側のタライに洗濯物を入れ、水と石鹸を入れてクロルが足で踏んで洗う。これなら手をケガしていても問題ない。


「怪我、もう痛くないのに…こんなに優しくしてもらって申し訳ないです。」


俺が濯いで絞る間、しょんぼりとそんなことを言うクロルに自分にできる事を精一杯やれば良い、と月並みなことを言って見るが説得力の無さに我ながら情けなくなる。


とりあえず、頭を撫でておく。


絞った順に衣類とタオルを洗濯ロープに干す。シーツは日に1、2枚なのだが、小さなクロルにシーツは大きすぎて干すのも無理そうだ。


洗濯ロープは緩めて低くして干してから、引っ張って高くするのだが、濡れた洗濯物は重たくてクロルがぶら下がっても持ち上がらない。


「ぐふっ…」


変な声が出てしまった。赤ん坊は可愛いと思うし、子供もそれなりに可愛いと思っていた。ただ興奮する程ではなかった。それがクロルを見ているとおかしな気分になる。


…これが庇護欲と言う物だろうか。

クロルの行動を見ていると心配になったり助けたくなったりするし、笑顔を見れば安心する。頑張っているのに上手くできていない時など、笑いが込み上げて来る。笑われたら落ち込むかも知れないと思って我慢するが、堪えきれずに変な声がでてしまう事もある。


笑いを堪えながら洗濯ロープを引くと尻餅をついて笑う。


「洗濯物がたくさんあると、重たいんですね!」


新しい発見をしたとばかりに目を輝かせて感心している。


洗濯の次は表を掃いて草むしりをする。


「それ、食べるんですか?」


ちょっと苦いですよね、とむしった草を見て言う。食べないぞ?


「この町ではこの草は食べないな。」


そう言うと驚いて


「じゃぁ、これは? この草も食べないんですか?」


と敷地内に生えた雑草を指差す。


…この雑草……もとい野草(?)はすべて裏の畑の肥料になると教える。秋に森からとって来た落ち葉と土をよく混ぜて置いておくと栄養たっぷりの土、つまり腐葉土になって野菜が良く育つ。この土に一緒に混ぜるのだ。芋がたくさん取れるようになるんだぞ、と教えたら口を開けて驚いていた。


芋は村でも作っていたようで、芋で説明したのが理解し易かったらしい。芋の収穫を見せる時がとても楽しみになった。


表の掃除を終えて玄関の掃除。ここは今日はハタキと箒だけでじゅうぶんだ。

続いて事務仕事をする部屋。机を拭けるとこだけ拭く。物が溢れている机は勝手に触ってはいけない。床はモップ掛けしてゴミ箱のゴミは集めて裏庭に掘った穴に捨てる。溜まったら消却する。


次は廊下のモップ掛け、の準備をしていたらお客さんが来たのでお茶の淹れ方を教える。


調理場では常にお茶用に小さな火が焚かれているので、小さな片手鍋に井戸から水を汲んで来て湯を沸かす。ティーポットに茶葉を淹れ、湯を注いで蒸らしてから茶こしを乗せたティーカップに注ぐ。


お茶を持って行くと客は近所に住む一人暮らしの老婦人でウサギの獣人のラパンさん。彼女はよく単なるおしゃべりのために立ち寄るので少し苦手だ。茶飲み話につき合うのは下っ端にまわって来る仕事の1つだ。


ラパンさんにお茶を運んだクロルを紹介する。


「こちらで働く事になったクロルです。雑用係ですがよろしくお願いします!」


明るく元気な挨拶に嬉しそうに挨拶を返すラパンさん。

この人は社交的で寂しがりなのでたくさんの人と交流があり町の噂に詳しい。一緒にお茶を飲みながら話を聞くと時々とても重要な情報をもたらす事がある。と言っても平和な町なので


「おうちがタバコすってる」


と小さな子が言ったのが可愛い、と言う話が煙突が詰まってて火事が起きた時の話。


「飼い猫が2階の窓から帰って来なくなったの」


と言う他の窓から帰って来るなら問題がなさそうな話は、通りに面した2階の壊れた窓枠が外れかけていて怪我人が出そうだった、とかだ。ボヤで消し止められたのも怪我人が出なかったのもラパンさんのおかげ。ただし、本人はただ茶飲み話をしているだけなので役に立つ情報を聞き逃さないのが一苦労だ。


今日は表から見かけたクロルの事を聞きに来ただけらしい。

可愛い小さな子が一生懸命働いているのが微笑ましい、と近所の人が噂していた。詰め所は町の入り口にあるので近所の人だけでなく、いろいろな人が目にしているようだ。


ラパンさんがあれこれ話しかけるのを嬉しそうに受け答えするクロル。クロルが楽しそうなのでますます喜ぶラパンさん。


お昼を告げる鐘が鳴り、だいぶ時間が経っている事に気がついた。


「長居しちゃってごめんなさいね。とっても楽しかったわ!」


お仕事頑張ってね、と付け加えて帰るラパンさんにまた来て下さいね!と言って手を振るクロル。情報収集とは言え御夫人の長話につき合うのが苦痛だった俺にはとても頼もしく見える。


才能? 向き不向き? 適材適所?


しっくりと来る言葉を頭の中で探したが、ピンと来ない。

どうでも良い事だった。

茶器は俺が片付けるから、と言ってクロルを廊下の掃除に戻す。短い直線の廊下だ。

窓も今度は割らないから、とこちらの窓も拭くと主張するがここは職員しか通らない廊下だから、と後回しにさせた。せめて包帯が取れてからの方が良いだろうし。


煤払い用の長いハタキで蜘蛛の巣を払うのだが、クロルでは届かない。台を持って来ても良いのだが俺が一緒にいる今ならこれで良いだろう、と肩車をするときゃっきゃ言って喜んだ。くっ…可愛い!


次にハタキで窓枠を綺麗にし、モップで水拭きをする。足でペダルを踏むとローラーがモップを挟むからそのまま引き上げる。この絞り方を見せるとまた驚いていた。


洗濯物を取り込みに行くと、何やらベンチのような物が3つ置いてある。その脇で副隊長がもう1つ作っていた。


「副隊長、それは何で「触るな!まだ磨いてないからササクレでケガするぞ!」


ビクッ!


質問を遮り、ベンチを触ろうとしていたクロルに鋭い声で注意する。注意されたクロルは驚いて体をビクッと震わせ、固まった。


「洗濯物干したり取り込んだりする時に必要かと思って作ったんだよ。けどまだ完成してねぇから靴で乗るのは良いが手で直接触んな。」


心配されているだけだと気づいて緊張が解ける。

洗濯物干すのに苦労してたのは今日なのに、副隊長仕事早すぎるだろう。


乾いた洗濯物を取り込むのにちょうど良い位置にベンチを並べ、使ってみろと言う。クロルが洗濯カゴをベンチの上に置き、 横に立つ。洗濯バサミを外しながらすいすいとカゴに入れる所を見ると、使い勝手は良さそうだ。


「すごいです!これならちゃんとお仕事できます!!」


ありがとうございます、と頭を下げるクロルにどうだと言わんばかりの満足顔で頷く副隊長。

その脇で無言でシーツを取り込む。シーツはこの場で畳んで倉庫の棚に運び、タオルと衣類は脱衣所で畳む。隊員の衣類には名前が書いてあるので読んでやって分類する。クロルの村での服も綺麗に洗濯されていた。15歳まで下着なしで履くと言う股割れズボン。上衣が長くてしっぽで持ち上がらないようにスリットが入っているから隠れますよ、って言っているが、前屈みになったらぜったい丸見え……


「…女の子も…?」


そう聞いたら女の子は10歳になったら下着を付けるそうだ。


「人のおしりなんて気にしませんけどね。」


と無邪気に笑う。心配している俺の親心が邪だと言うのだろうか?

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