とある街のオカマバーにて
※ちょっと男性に辛辣な物言いしてますが、ストーリー上仕方ないので、ご容赦ください
「大将、生1杯よろしくっ!」
タカコは勢いよく開けられたドアから入ってきた二人の人物を見るなり、ゲンナリと溜息を吐いた。ベロンベロンに酔った活発そうなショートヘアの女はトオル、トオルを支えているのが、神の采配かと思われる程の整った顔立ちをした黒髪ロングのユキノ。
ユキノと連絡を交換し合っているタカコは、事前に来るとは知っていたものの、まさかこんな出来上がった状態で来るとは思っていなかったのだ。
「大将じゃないったらぁ!まったくもぅ、それに此処には生なんて置いてないわよぉ!」
ユキノは、そそくさとトオルのミリタリーコートを脱がせタカコのいるカウンター席へ座らせると、自分のチェスターコートと一緒にトオルの左の席へ置いた。一段落して、自らもトオルの右隣の席に腰を下ろす。
プリプリと怒っているタカコを見て笑っているトオルを申し訳なく思い、ユキノは思はず苦笑いを零す。
「ごめんねタカさん。トオル、今回相当参ってるみたいで、タカさんの所に行くって聞かなくて。」
「ほんとこの子はしょうがない子ねぇ〜。凝りもせずに、悪い男ばっかに引っかかってんだからぁ!」
「今回は随分本気だったみたい。プロポーズされた翌日に浮気が発覚したらしくてさぁ。」
「でも、そんくらい男運のないこの子には日常茶飯事じゃないのぉ?」
「今回は本気で結婚出来るって思ってたみたい!しかも、浮気相手に子供が出来てたらしくてね。もう本当、さっきまで大変だったんだから。これでも落ち着いた方なんだから!」
トオルは隣で好き勝手交わされる会話に、口を尖らせていた。私だって好きで暴れてるわけじゃないわ、と。
君とずっと幸せでいたい、何て言われて一人で舞い上がって。この人は前の男達とは違うんだって、今度こそ結婚出来るんだって思ったのに。
「まぁ、良かったじゃないのぉ!」
「まぁ、ね。」
悔しさと悲しさでまたしても溢れそうになる涙を堪えていたトオルの耳に、聞き捨てならない言葉が聞こえてきて、思わずタカコを睨んだ。
「何よ!何が良かったのよ!人の不幸は蜜の味ってか〜!?」
今にも掴みかかりそうなトオルをユキノがまぁまぁと宥める。タカコがトオルを見る目はもう完全に可哀想な子を見る目だった。
「馬鹿ね、そんな男は結婚してからも浮気するのよ!そんな男と何て幸せになれる訳ないじゃない!」
その言葉に思わず言葉を失った。
確かにそうかもしれないと思った、思ったけど。私はあの人と幸せになりたいと思ったのに。
「じゃあどうすればよかったのよぉ〜!」
毎回グズグズと引きずっている自分も嫌になるが、こればかりはしょうがない。毎回、この人は大丈夫そうっていう人に裏切られてほとほと嫌になる。
それにしたって自分の男運は素晴らしく悪い。テレビでよく見るダメ男何かに引っかかるか!と思っていても、引っかかってしまう。お金だけ持ち逃げされたことも多く、実は私が浮気だったということも多い。もう恋愛なんかしたくない、だけど結婚はしたい。せめて、両親を安心させてあげたいのだ。
「男のために尽くして、何が悪いのよ〜!」
「アタシはあんたも悪いと思うわよ!あんた、男見る目無さすぎなのよ!もっと周りにいい男が居るのに気付きなさいよ!」
子供のように泣き出したトオルに叱咜しながら、タカコはちらりとユキノを見るが、ユキノは取り合うつもりはないらしい。知らん振りで水を飲んでいる。
「なぁんで女って人のモノが良いと思うの!?頭湧いてんじゃないの!?そんな女に靡く男も男だわ!去勢してしまえ!くそぅ〜!」
「トオルは尽くし過ぎるんだよ。まぁ、私はそんなトオルが好きなんだけど。何だろう、馬鹿可愛い?ばかわいい?」
不服そうにトオルはユキノを見つめた。
いつものことだけれど、ユキノは超絶美人だ。おまけに性格も良い。それなのにこんな平凡な女と仲良くしてくれる。トオルもユキノと一緒にいるだけで疲れが取れる気がしていて、居心地がいい。
ふと思った。もし、ユキノが男だったら。顔も良くて仕事にもちゃんと就いてて性格も良くて一緒にいて苦にならない。そうだ、ユキノこそ完璧な私の理想の相手だ!
「私ユキノと結婚する!」
「ぶふぅっ!」
「やだ、ユキノきったないわよ!アタシにかかるじゃない!」
そんなのはトオルに言ってよ!と、言いたいのは山々、急に抱き着いてきたトオルを困ったように見つめるユキノ。その顔はどこか嬉しそうに口角が上がっていた。
よしよしと頭を撫でれば、嬉しそうに擦り寄ってくる。可愛くて思わず顔がほころんでしまいそうになるのを必死で隠して、タカコがカウンターを拭いてくれるのを見つめて気をそらした。ゴリゴリのタカコが女の格好をしているのを見れば、何かが萎えてくる、そんな気がするのだ。
「……何だか今失礼な事思われた気がするわね。」
「そんな事ないよ。少しお腹空いたから、なんか軽く作ってくれない?」
「サンドウィッチでいいかしら?」
「うん、ありがとう。」
「それにしてもあんたも、よく気付かれないわね。そんないかにも大事ですみたいな顔してるのに。」
「トオルは馬鹿だから。ばかわいいから。」
そう言ってるのなら、新しい男が出来る前にさっさと奪っちゃえばいいのよ。それが出来るならとっくにやってるよ。と、そんな言い合いをしたのも最近のことだと、タカコは思い出す。
今この瞬間、彼女等に背を向けタカコが冷蔵庫で具材を取り出しているときも、きっとユキノはトオルがまるで宝物のように大切そうに見ているのだろう。
でも、トオル馬鹿だけど本能でユキノに惹かれている。じゃなきゃ、さっきのあの言葉は出てこないはず。それなのに、ユキノはその事に気付かない。二人して馬鹿なのだ。早くくっついてしまえと思うが、そうもいかない。難しいところだ。
二人のことを考えると無性にイライラしてくる、この性分はタカコが男であったときの短気な性格からくるものだ。
「代金はいいわよ。それよりも早くその馬鹿を家まで送り届けなさい!」
包まれて渡されたサンドウィッチを受け取ったユキノは、ため息を吐きながらトオルにコートを着せた。トオルはどうやらユキノに抱きついたまま寝たらしい、ぐてりとして動かない。
「ありがとうタカさん。今度はちゃんとこっち本命で飲みに来るから。」
「そうしてちょうだい。それよりもあんた、何時までもそんな格好してないで、しっかりしなさいよ!あんたはこっち側の人間じゃないんだから!」
「……分かってるよ。それじゃあ、今日はありがとう。」
軽々とトオルを背負ったユキノは来た時と同じように、そそくさと店を出ていった。
その後でタカコはひっそり、アタシも早く恋がしたいわ、と呟いた。
外は思わず身震いをする程冷え込んでいた。まぁ、来た時はユキノもトオルも程よく酔っていたので、あまり寒さを感じなかったのもあると思うが。
幸い、トオルの家はタカコのバーから歩いて数分なので、タクシーを呼ばずこのまま背負っていくことにした。
背中に預けてくれる温もりが嬉しくて、ユキノは思わず。
「……早く、俺が男だって、気付けよな。……馬鹿トオル。」
そう、小さく呟いた。
その小さな呟きは冬の星空に吸い込まれるようにして消えて、行く前に、トオルが吸い込んだ。
トオルの目はパッチりと真ん丸になっている。ユキノの背中は心地よかったものの、外の寒さに眠気も覚めてしまったらしい。店から出て、すぐに目が覚めた。
それで、いつ降りようかと、でもユキノの背中が余りにも心地よくてこのままでいいかもとか思ってたら、ユキノが呟いた。
男だって。
驚いた。でも、驚きよりも、トオルは良かったと思った。これで安心して、ユキノを好きでいられる。と、思って、不意に我に返る。
あれ、私ってユキノの事が好きだったの?
そう思ったら、背中から伝わる温度が急に恥ずかしいものに変わる。
それにしてもどうしよう、明日からユキノに合わせる顔がないよ。
早く俺に気付けと女装男が一人、その男に背負われて急に自分の思いに気付きアタフタしてる女一人、ゆっくり闇に溶け込んでいった。