6.18 邪神の使徒
「君は邪神がこちらに転移させた勇者なのか」
「くそ、転移できない。どうなってるんだ」
「転移の魔法は使えない。君の切り札はもうない。答えるんだ」
「僕があっちの世界で手詰まりになった時に、こちらの世界に連れてきてくれたのはアークロン様だ。とても美しい女神だ。冥界神キラニア様と対をなす双璧の女神だ。邪神呼ばわりするとはなんと非礼なやつだ」
「やっぱり転移者か、手詰まりだと言ったな。僕ら二人を殺しておいて逃げ切るつもりだったのか」
「殺してだって、そうか。お前があの時僕に殺された男か。リリーの邪魔をした女を助けた男か。手詰まりの意味が違うな。お前がリリーの従兄だったとは誤算だったんだ。お前を殺したのが僕だとリリーにばれて、殺してやるって僕の事を刺しに来たんだ。そしてリリーをこの手で殺してしまった。リリーのいない世界だ。考えられるか。だから祈ったんだリリーのいる世界に行きたいと。そしたらこの世界に転生していた。将来リリーに会わせる代わりに、俺が殺した男をもう一度殺せてな。アークロン様が言うのは、俺だけが倒せる可能性を持つ魂だと言ったんだ。なのなぜこんなに簡単に僕が負けたんだ」
「アークロンの力はアロノニア様に封印されているはずだ。行使できてもほんの僅か。そもそも、僕がグランスラムに入った直後に戦っていればまずい状態になれば逃げてそのうち倒せたかも知れない。だけど時の運はこちらにあった。なんといっても未来を見るラキシス様が付いているんだからな。僕が新たな力を手に入れたのはシーラリアでゴブリンキングと戦った時だ。それもゴブリンクイーンと共にひっそりと生きる未来を選んだ彼らを見逃したおかげで手に入れたスキル。それがなければお前の転移のスキルを奪えなかった。おそらく取り逃がしていただろう。だけど運は僕に味方した。お前がアークロンの使徒であるなら生かしておくことはできない」
「少年。悪意を持って殺してはならない。私が切ろう。そなたは下がりなさい」
エルドラ王国の剣帝が剣を抜いた。抑えていた二人が切りやすいように体勢を整える。
『まちなさい。その男をそのまま殺してはダメよ。使った力がアークロンに戻るわ』
念話でラキシス様の声が聞こえてきた。
「まって、だめだそうです」
「どうした。使徒だぞ」
「ラキシス様から、使徒を殺すと力が戻るそうです」
「なに?」
『ラキシス様、どうしたら良いのですか?」
『封印するのよ。コテツを封印していた方法があるでしょ。貴方のばかみたいな魔力で封印すれば解けることは無いでしょう。封印石はメリーナから送らせるわ』
「封印するそうです。かつて聖獣を封印した方法で。後でメリーナ様から封印石が送られるそうです」
「わかった。ではそれまでは我々で預かろう。魔法さえ封じれば我らに勝てる者はいないからな」
「そうですね。念のため残っているスキルもすべて奪っておきます」
この男の能力を全て吸い取った後でエルドラの剣帝に男を預けた。
「さて、グランスラムとの対話は不成立だが、ここの責任者は捕まっている中にいるらしい。予め決まっていた内容には調印してもらうか。そして今回の騒動については別途だな。グランスラムには、アークロンの使徒が何人ぐらいいるのかも調べる必要があるな」
「おそらく彼だけだと思いますよ。ラキシス様がごまかしても一人。それも100年に一人しか召喚できないだろうと言ってましたから。どうやら、彼を殺すと多少なり回収できるみたいですね。それもここで封印するから、召喚した使徒に嫌がらせをさせるのもままならない状態になるでしょう」
「神の話はお前に任せよう。政治の話は私がやっておく」
「では、最後に捕らえた竜の解放をしてもらわないと」
「それは無理だ」
横から口を出してきた男が責任者だろうか。
「ではこの国の民共々すべてを巻き込み心中するか。先ほどアロノニア様が出てきてこの地の人間を全て殺そうとしたのぞ。竜を開放しなければアロノニア様の怒りを買うことになる。折角伸びた寿命だったのに、残念だな」
「竜は、皇帝陛下から預かったのだ。私の一存では返せない。すまないが皇帝陛下と交渉して欲しい。私の命は惜しい。頼む。私の一存ではできないのだ。そういう契約になっている。申し訳ない」
「解った。政治的な課題として最優先で連絡を取ろう」
「それと、兵の解散は半分にしてくれないか。兵達の生活もある。全員を一気に開放しても生活できないのだ。半減までで勘弁してほしい」
「良かろう。それではそれで証文をつくろう」
アレクサンドロ公爵がささと動いてくれた。
「兵はそれで良いが、先ほどの魔法禁止のような魔道具は全てこちらで回収するぞ」
「ああ良い」
こうして、平和条約の一部が成立した。残りの条件は皇帝へ直接質問状を送り決めるようだ。
僕は一度シーラリに戻り、完全に独立して新領地として成立する為に準備作業を続ける。




