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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

クラブとスペード④

作者: 弥奈

自分の生に執着はなかった。いつ死んでもおかしくない仕事をしていたし、いつ死んでもかまわないと思っていた。考えが少し変わったのは、闇の中からじっとこちらを睨みつけるアイスブルーの瞳に出会ってからだ。

暗殺の仕事を終え帰ろうとしたときに現れたのがその少年だった。ターゲットは彼にとってよほど大切な相手だったのだろうか、彼は自分を殺すと言った。返り討ちにして口封じをすることは造作もなかったが、そうしなかった。

彼の目に惹かれた。その目が自分を追いかけてくるなら、彼を生かしておくのも悪くはないと思ったのだ。成長した彼を、強さを身につけ己に向かってくる彼を見たいと思った。

それ以来、彼の目をもう一度見るまでは死ねないと思うようになった。相変わらず自分の命に価値など見出せないが、それでも彼に会うためにもう少し生きながらえてみようと思った。


「スペード、準備はいいですか」

今回の任務は同期であるハート、ダイヤと四人での仕事だった。

「ああ、いつでもいけるぞ」

交渉担当のハートとダイヤが取引相手の組織からUSBを受け取り、狙撃担当のスペードも加わって、その場にいる者を根絶やしにする、という手筈だ。

「ダイヤがUSBの中身を確認して懐にしまったら僕が合図しますから、あとは作戦通りに」

クラブは総指揮だ。取引現場の向かいにあるこのホテルで、キングサイズのベッドに腰掛けノートパソコンを操作している。

「了解」

スコープで覗くと、ちょうどダイヤにUSBが渡ったところだった。ノートパソコンを出して確認が始まる。

そろそろか。ライフルの照準をこの場での責任者らしき人物に合わせる。いつ合図が出ても動けるよう準備する。

「スペード、今です」

クラブの言葉と同時に引き金を引いた。銃弾が命中し、標的はその場にぱたりと倒れる。しかし……

『ちょっとどういうこと⁉︎扉から敵がうじゃうじゃ湧いてくるんだけど!』

イヤホンから、ハートの焦った声が聞こえてくる。クラブは冷静に答えた。

「こちらの動きが読まれていたようですね。けれど計画に変更はありません。そいつらを全滅させてください」

『簡単に言ってくれるわね!私たち荒事は専門じゃないのよ!』

ハートとクラブの会話を聞きながら、一人ずつ敵を仕留めていく。ハートたちもなんとか応戦しているようだが、如何せん数が多い。

「大丈夫です、ハートもダイヤもそれなりに強いですし、スペードの援護もあります。どうにかなります。というかどうにかしてください。そろそろこの部屋にもネズミどもが押し寄せると思うので、僕は助太刀できません」

『ああ、もう!わかったわよ!』

会話が途切れると同時、扉の開く音がした。続いてバタバタと人の倒れる音。ちらりと後ろを確認すると、胸や額にナイフの刺さった男たちが倒れていくのが見えた。

「こちらは僕一人で問題ありません。ハートとダイヤの援護を」

「わかった」

狙う範囲が入り口だけな分、集中しやすいのか、クラブは敵が部屋に入るより速く片付けていく。確かに問題はなさそうだ。

スペードの援護で調子を取り戻したらしく、ハートとダイヤも確実に敵を片付けていく。根絶やしも時間の問題のようだ。

「あ」

背後から小さく声が聞こえた。

「スペード、武器をください。ナイフが弾切れしました」

「そういうのは余裕を持って用意しておけ」

足元の鞄から、適当な拳銃を取って後ろへ放り投げる。ちゃんと受け取ったらしく、一発銃声が響いた。

「かなり余裕のある数を仕込ませてたんですが、何せ当初の予定の数十倍の人数が出てきたもんですから」

「それもそうか」

スコープを覗くと、向こうの敵はかなり数を減らしているようだった。クラブの援護に回ろうと銃を手に取ると、スペードの脳天をめがけて弾が飛んでくる。

「邪魔です」

撃ったのはクラブだった。しゃがんで避けた体制のまま、スペードは苦笑する。

「それは失礼」

『きゃっ』

唐突に、イヤホンからダイヤの悲鳴が聞こえた。

「少々あざとすぎますね……62点」

「そうか?少しわざとらしいぐらいが楽しいと思うが」

『ないわ。これはさすがにやりすぎね』

『あんたたち悲鳴の品評してる暇があったら助けなさいよ』

どうやらダイヤが敵に捕まったらしい。

「ダイヤ、もう少し時間稼ぎをお願いできますか」

作戦の都合上、まだ時間が必要なようだ。ライフルでダイヤを捕まえた男を狙うが、ダイヤを盾にしていて撃つことができない。

『えぇーやだぁ。こいつ、USB探すついでに私の体まさぐるんだよー?ひゃっ!ちょっとどこ触ってんのよ!』

「あ、今のはなかなかですね。89点」

「ふむ、悪くないな」

『及第点ね』

『だから悲鳴の品評やめなさい』

背後から、銃声と共にノートパソコンのキーを叩く音が聞こえる。

「ダイヤ、そろそろ大丈夫です。USBを破壊してください」

『ごめん!取られちゃった』

ダイヤは敵を蹴飛ばし、その手から逃れたようだった。男の手にUSBが握られているのが見える。

「問題ありません。……スペード」

「了解」

引き金を引く。銃弾は命中し、USBは男の手から吹き飛んだ。

『ナイス、スペード!』

男本人もハートの拳銃に撃ち抜かれるのが見えた。

ダイヤがUSBの中身を確認するふりをしてECS本部に情報を送り、現場にいる敵を一掃する間に敵のパソコンをハッキングし、元のデータを削除する、それからUSBを破壊するまでが今回の作戦だった。つまりUSBの中身を敵組織から丸ごと消す、というのが今回の任務だ。ハッキングが終了するまで、念のためUSBを確保しておかねばならなかった。

「間に合ってよかった。敵のパソコンのハッキングをツヴァイに頼んだのは正解でしたね」

『うちの組織でいちばんパソコン系強いのツヴァイだもんね。あ、こっち全員殺ったよー』

「お疲れ様です、ダイヤ、ハート。ボスへの報告に行ってもらえますか?僕らは後片付けをしておきます」

『りょーかーい』

話しているうちに、こちらも全員片付いたようだ。


今回は、後片付けと言っても自分たちの痕跡を消す程度のもので、おそらく誰もここで痕跡を残すような下手は打たない。念のための確認だ。

「よ、ようレノ……久しぶりだな……」

ホテルの床を確認していると、ドアの外から声がかかった。見れば、敵組織の服を着た、クラブと同じ年ぐらいの少年がいた。

「強くなったな、お前……」

少年は引きつった笑みを浮かべ、クラブを見ている。

「お、覚えてるか?俺、昔よくお前と、その……」

レノというのは、クラブに教えられた名だった。本名かどうかはわからない。けれど、この少年はクラブの、クラブ以外の名を知っている。

「ん?ああ……」

クラブの返事を聞く前に、スペードの手は引き金を引いていた。少年の眉間に、穴が開く。

「スペード?」

クラブが不思議そうにこちらを振り返る。

「彼が情に訴えかける前に始末してしまおうかと」

呆れたようにため息を吐いて、クラブは部屋を出る。少年の顔を踏みつけていった。

「この場面で命乞いをするような無様なネズミにかける情など持ち合わせてませんよ」

「それならよかった」

クラブに倣って少年の顔を踏みつけながら、後に続く。次は向かいのビルの後片付けだ。

「……今晩、飲みに付き合ってくれませんか」

「かまわないが、どうした?」

「僕の名前を呼んだ、あの汚いネズミが誰なのか、まったく思い出せないんです。気持ち悪いので、飲んで忘れようかと」

顔だけ振り向いて、クラブは笑う。こちらの気持ちを見透かすような笑みだった。

「僕が、あなたを殺すことだけを考えて生きてきたのは事実ですし、今だってそうですけど……僕が他に目を向けようとするたび視界を塞ぐのは、いつだってあなたなんですよ」

驚いた。まさか気付かれているとは思っていなかった。


クラブはスペードを殺すために生きてきた。けれどまだ殺せない。だから今もスペードのことだけを考えて、スペードへの恨みに縋って生きている。そういうように仕向けているのは確かに自分だ。自分に向けられるクラブのあの目がなければ、スペードだってきっと生きてはいられない。

クラブはスペードを殺すため、スペードはクラブを生かすため、生きている。自分と彼の関係は、そうして上手く成り立っているのだと思う。そうでなければ困る。彼が、自分以外にあの鋭い瞳を向けるようなことは……

「俺が死ぬときは君に殺される予定だから、安心してくれ」

「そんな余裕な口、聞けないようにしてやりますよ」

彼が自分に寄越す執着と、同じだけの執着でもって返せば、お互いに満たされると思った。けれど心は枯渇するばかりだ。

「もっともっと、執着と欲望をくださいよ。そしたらいつか、寝首を掻いてあげますから」

くるりとこちらを向いた彼の、笑顔が目に入る。もう視界には、それしか映らなくなる。

「君は本当に、俺を煽るのが上手いな」

「履歴書の特技欄に書き加えておかないと」

ふふ、とクラブは楽しげに笑った。

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