終わらない分析
*クロウ・ナガミネ(アルキュール王国王都ギメリア、ギルド「ロウキーパー」寮一階大食堂)
深夜。
捜索と後始末を終え、寮に戻る。
とはいえまだ寝るわけにはいかない。
明日までに報告書を仕上げておかないといけないからだ。
三人で軽く相談してから、僕がやっておく。
ことがことだけに、早めにシグルドさんに報告しなくちゃならない。
少なくとも不法侵入については反省文を添えなければ。
イリーナさんからの提案で、食堂の個室を使わせてもらえるみたいだった。
イリーナさんに鍵を取りに行ってもらっている間に考える。
不可解な点が残る事件だった。
マディンの読みは当たっていたし、作戦もうまくいった。
マディンによれば、あのスライムは本を読みに地下室に戻っている可能性が高かった。
理由はともあれ、地下室にいるのなら話は簡単だ。
屋敷側と下水道側から追い立てて、逃げられない状況にして潰せばいい。
屋敷側は痕跡を残さず潜入できるジョシュアに、フォローの僕。
下水道側は暗所でも索敵できるマディンにカタリナ。
ダメ押しでイリーナ先輩にも来てもらった。
両方のグループの連携が懸案だったけれど、マディンの使い魔を借りることで解決した。
作戦はうまくいき、ジョシュアと僕で無事駆除できた……はずなのだが。
思考を整理しよう。
マディンがなぜあそこにいると推測できたか。
それは、探査魔法が途切れたタイミングに拠る。
探査魔法が切れたのはちょうど今日の朝方。
マディンに探査を頼もうとしたときに発覚した。
そこで僕たちはアルベール邸に行き、地下室で死体を発見した。
おそらく朝方からすでに殺されていたのだろう。
けれどもあの地下室にスライムが侵入したのは今回が初めてだったはずだ。
さすがにそうでなければ、アルベールがあっさり侵入を許した理由にはならない。
むしろアルベールはそれなりに用心深い人物であったろう。
だから、僕たちの捜索とは別に自分でも探査魔法を使っていたと思われる。
少なくともスライムのほうはそのリスクを踏まえて行動したはずだ。
ここから二つの帰結が導き出される。
第一に、あのスライムは、探査の目をかいくぐって地下室に侵入した。
探査魔法を使われていないと確信できる時間に下水道から入り込んだのだろう。
夜のうちだろうか。
アルベールの生活サイクルを把握したうえで行動したことになる。
第二に、あのスライムはおそらく相当急いでいた。
いくら何でも夜中の数時間だけで探査魔法の解除法を探るのは至難だ。
むしろ、やりおおせたことを驚くレベルだと思う。
アルベールだって自分の地下室に侵入探知機程度は備え付けていた。
その警戒をかいくぐって侵入。
そしてどこにあるかわからない解除コードを短時間で探し出す。
十分、途方もないことだ。
だが、逆にいえば、あの時間ではそれだけで精いっぱいだったということ。
危険を冒して地下室に残っていたのがその証しである。
状況が裏付けているが、スライムからしても誤算だったのだろう。
あの地下室で、さらに知るべき知識、読んでおくべき本が見つかったのだから。
自分自身の研究レポートでも読んでいたのだろうか。
最初に部屋の様子を見たときから違和感があった。
突入する直前までスライムが留まっていたような部屋。
ごっそりと部屋中に散らかされた書物とレポートの束。
いくらアルベールが抵抗したとはいえ、不自然すぎる。
本はただ散らかっていたのではなく、開き散らかされていた。
問題なのは戦闘面だ。
確かにスライムはそれほど強い魔物ではない。
とはいえ、自分に掛かった探査魔術を解除するほどの相手だ。
魔術を使用して戦況をかく乱してくることは十分予想できた。
警戒して警戒しすぎることはないと思い、虎の子の《聖刃》まで使ったのだが、あまりにも呆気ない幕切れだった。
あのスライムの力量が尋常でないのは、想像すればすぐわかる。
あのスライムは意図的にアルベール邸から離れた箇所を逃走し続けていた。
アルベールの注意が途切れる機会をうかがうためだ。
培養中に得た知識からアルベールの生活サイクルは想像出来る。
とはいえ確実に寝たという保証はどこにもない。
それゆえ侵入は賭けである。
だがスライムは侵入を決意した。
排水溝から下水に侵入し、すぐに精霊魔法を行使する。
自分が乗れるほどの氷板を形成し、今度は水流操作。
アルベール邸地下室の近くまで移動すると、今度は地下室の下水側入口に設置された侵入探知機を氷魔法で凍結。
機能不全にして部屋を探索。
無事探査魔法の解除法を見つけ出す。
結果的にスライムは、アルベールを完全に出し抜いて軛から抜け出したことになる。
ここまで周到に行動していたスライムが、なぜ最後にあっさり討たれたのだろう。
まさか分裂でもして囮を作っていたのだろうか。
そこまで出来るような相手ならどうしようもないが、後日正式に下水の調査を申し入れることを提案しておこう。
しかし、なんとなく、分裂なんてしていないのだろうと思う。
あの感触。
なぜか、まるで生きるのをあきらめてしまったかのように、自分から生きるのを放棄したかのように感じた。
11/18 再構成しました。