不法侵入
*ジョシュア・クリプトン(アルキュール王国王都ギメリア、北部住宅街、錬金術師アルベール邸前)
昼にも訪れたアルベール邸前だが、夜はずいぶんと印象が変わって見える。
暗くなったからだけではない。
調査のために立ち入り禁止の札が置かれているからである。
あたりを夜の冷気が覆っている。
手袋をはずし、門の鉄柵に触れる。
ひやりと冷たい鉄の感触。
軽く魔力を通してみる。
すうっと抵抗なく吸い込まれる。
よし、これなら問題ない。
材料が集まらなかったのか、ごく普通の鉄だ。
錬金術師の邸宅ということで特殊な処理でもされているかと思ったが。
後ろに控えるクロウを見て、無言でうなずく。
クロウから「行け」とのサイン。
指示通り、ゆっくりと鉄に魔力を通してゆく。
鉄のなかに神経が伸びてゆく感覚。
鉄柵の棒が自分の体のように感じられ始める。
靴の裏で小石を踏んだときや、棒の先で獣をつついたときのように、鉄柵にあたる風の冷たさを感じる。
一般的に錬金術は独自の体系をもつ新技術だとされているが、それは半分間違っている。
錬金術が独自の体系を持っていることは正しい。
しかし、実は錬金術師が使っているのは広義の精霊魔術なのである。
広い意味では魔術師が用いる魔術となんら変わらない。
自分の魔力を代償に精霊とかかわり、思い通りの結果を引き起こす。
魔術師と違うのは、精霊とのかかわり方だ。
魔術師は触媒に宿る精霊との積極的な意思疎通を経て、触媒から莫大な力を引き出す。
言ってみれば、魔術師にとって精霊は炉の中で燃え盛る火のようなものだ。
術式で炉を作り、燃料として魔力をくべることで、大きな効果を持つ魔術を引き起こすことが出来る。
コップ一杯の水から鉄の扉を打ち抜く魔術を行使したり、土から岩の塊を生成して大砲のごとく打ち出したりすることが出来るほどだ。
しかも行使する力の制御は精霊が分担してくれるため、魔力さえあれば思い通りの結果を容易く出すことが出来る。
それに対して錬金術はそもそも精霊との対話が必要ない。
魔術のように詠唱をして術式を組む必要も、大量の魔力を捧げる必要もない。
そのかわり、操作対象に弱く魔力を通すことで、彼らに対象の操作に協力してもらう。
ただ「協力」とはいっても制御はすべてこちらが行う必要があり、制御の大半を精霊が行ってくれる普通の魔術とは段違いの難易度をもつ。
また、普通の魔術とは違うイメージ形成が必要になることから、習得の難易度も高い。
それをクリアしさえすれば、低燃費で使いやすい技術ではあるのだが。
鉄柵に魔力を通し終わる。
人一人が抜けられる程度の隙間を作るために、ゆっくりと歪めていく。
十分な通路が確保されたところでクロウを入れ、最後に門を元に戻す。
こうしておかないと警邏に見つかってしまうからだ。
今晩ここに侵入したのは、マディンが提案した万が一の確率に賭けたからに過ぎない。
認可を求めるには遅すぎたせいなのだが、警邏に見つかったら連行されるのは間違いないだろう。
申し訳ない、とアルベール氏に心中で詫びながら、音をたてないように早めに邸宅の中に入ることにした。
改行を多く入れるようにし、過去掲載作品も改行の入れ方を変更しました。