魔術師のひらめき
*マディン・ソルネイル(アルキュール王国王都ギメリア、ギルド「ロウキーパー」寮三階)
自室の固いベッドに倒れこむ。
今日は散々だった。
今回の依頼はとんだ貧乏くじだった。
うだつの上がらなそうな中年の錬金術師……アルベールっていったか。
あのいろいろ薄いおっさんと関わったのが間違いだった。
ジョシュアの親父さんと名前がかぶってるっていうのにとんだ下がり目だ。
依頼を受けたのは一週間前。
実験体のスライムに逃亡されたので、捕獲してほしいというものだった。
しかし、この依頼はどんどんきな臭くなっていった。
スライムに織り込まれた探知魔法を使っても、どうやってか捕まらなかった。
そればかりか、同時期に起きていた行方不明事件と関連していることさえ分かったからだ。
極めつけに、ある日、スライムに仕掛けられていた探査魔法が不可解に途切れた。
実験体の組成じたいに織り込まれている魔法だ。
自然に解けたりするものじゃない。
そもそも解除はかけた本人にしかできない場合が殆どだ。
そこで依頼主に報告ついでに様子伺いに行ったのだ。
しかし使用人曰く、ここ数日自室からずっと出ていないらしい。
こういうときは決して部屋に入るな、と厳命されていると聞いてピンときた。
自室に実験設備はないそうだが、おそらく秘密の実験室か何かに籠っているのだろう。
こっちも火急の用事だったから、悪いが部屋を捜索させてもらった。
ジョシュアに頼んだらすぐに地下への入り口が見つかった。
……入り口から声をかけて返事がない時点で、いやな予感はしていたのだ。
まさか、踏み込んだ部屋が食後だとは思わなかった。
部屋はべとべとに濡れていて、酸っぱいにおいが漂っていた。
本と実験道具が足の踏み場もないほど散乱する中、薄そうなおっさんは溶けかけの骨になっていた。
地下の部屋は十メートル四方ほどか。
おっさんが必死に抵抗したのか部屋はだいぶ荒れていて、ひどいものだった。
もともとは本棚にぎっしりと本が詰まり、実験が繰り返されていたのだろうが、見る影もなかった。
部屋の隅には小さな扉があり、恐る恐る開けてみると、ひやりとした空気が部屋に流れ込んできた。
下水道に繋がっている、というのが一見して分かった。
そこからも大変だった。
調査に来た兵士たちに事情説明とやらをしなければならなくなったからだ。
幸い面倒事はジョシュアとクロウが引き受けてくれたとはいえ、心労がかかるのには変わりない。
もともとあまり人前に出るのが得意なタチじゃない。
そもそも遠く南方のトミナール領からはるか王都に出てきたのだって両親が死んだからだ。
確かにギルドの人付き合いは思ったよりも楽しい。
同僚たちも面白く、また才能あふれる人間ばかりだ。
東方の血を引いているらしい黒髪黒瞳の刀使い、クロウ・ナガミネ。
治癒魔術を使うことができ、将来役に立つ前衛になるだろうと目されている。
またあまり話題にならないが、あいつは戦況把握がとびきりうまい。
そのせいか、作戦立案もできるし、前衛としての立ち回りもうまい。
回復役にも回れるから、ギルドの新米の間では連れていけば安心な人材扱いだ。
青髪の錬金騎士、ジョシュア・クリプトン。
宮廷錬金術師団の長を父親に持つ、錬金術師のエリート。
なぜ冒険者稼業についているのかは知らないし、彼自身自分の能力を過小評価しているようだが、あいつ一人いれば出来ることは飛躍的に増える。
たとえば金属でできた腕を伸ばして二階の窓から音を立てず入る、なんていうこともできる。
あいつの性格上活用する機会は多くないだろうが、錬金術師とは恐ろしいものだ。
だが、あいつらがどんなに気の置けない友人だろうと、人と話せば疲れもするし、気苦労も生まれる。
今回みたいなケースがそうだ。
ジョシュアは正義感が強く事態をなんとか収拾しようと頑張っているが、クロウは事態がもう自分たちの手を離れていると考えている。
そういえばジョシュアが何か言っていたな。
あのスライムが立ち寄る場所が分かればと。
しかしスライムの行動パターンなんてわかるはずがない。
湿った場所を好むくらいか。
それも習性みたいなものだしな。
今回の標的は知性を持っているということだから、むしろより動きが複雑化するかもしれない。
こちらを罠にかけようと積極的に動いている可能性もある。
……しかし、今回のスライムが人間並みの知性を持っているとしたら、動きに疑問があるのは確かだ。
なぜ下水を通じて王都の外に出ない?
下水には下級のモンスターが入り込まないように聖水が流されているが、それを回避できるのは実証済みだ。
なにせ錬金術師アルベールのところからスライムが逃走し、のちに再突入してきたルートは下水道なのだから。
人をもっと襲いたいという欲望でもあるのか?
だがそれにしては被害者がここ数週間で数名というのは少なすぎる。
何か狙っているものでもあるのか?
ここまで考えたところで、一つの答えが天啓のように浮かんだ。
時間を確認する。
あと何刻かで日付が変わる時間帯。
まだ間に合うか。
俺は部屋を出て、クロウに相談しに行くことにした。
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