逆向きの独白
* クロウ・ナガミネ(???)
誰しも悔いることがある。
後悔は年波とともにやってくる。ありえた未来と目下の現実を比較するのだ。
けれど誰しも過去を忘れる。
年月はぬるま湯のように、崇高な決意も悲痛な過去も鈍らせてしまう。
わたしの名前はクロウという。
もうずいぶんな年になる、神聖魔術師だ。
長靴と虹色の回廊がコツコツと響き合う。
時のはざまを過去へと緩慢に歩いてゆく。
バランスが重要だ。心を張り詰め、細心の注意で一歩一歩、魔力を練り上げる。
神聖魔術とは、神々の力を借りて世界に望みの現象をひきおこす魔術のことだ。
世界は、神々と精霊の力がさまざまな仕方で相互に干渉しつつ均衡をたもつことで構成されている。もちろんこの均衡を崩すことは容易ではなく、神々や精霊同士の相互干渉そのものに干渉するのは人間には不可能だ。単純に必要なエネルギーが全く足りない。馬同士が綱を引っ張り合っている場面で蟻に何ができるだろう?
しかし、この綱引きの本筋にかかわらないかぎりでは、世界は意外にいい加減にできている。神々の論理を喚び出して現世の現象を書き換えることは規模さえ押さえればそれほど難しいことではない。これが神聖魔術の原理であり、本質だ。ちなみに、同じように精霊の力を借りる魔術を精霊魔術という。
さて、いまわたしは神聖魔術師としても史上初の、かつてない冒険の只中にいる。
過去に戻ろうとしているのだ。
この途方もなさをどのように説明すればよいか。
先の例でいえば、たくさんの馬が綱引きしているところで突然、時空に穴をあける蟻が現れた! というところか。それくらい次元が違うはなしなのだ。神々も精霊もそれぞれの仕方でではあるが時間から自由な存在など一切いないのだから。
わたしはそれを、神々と龍族の助力で成し遂げつつある。
龍とは、大量の精霊をその身に住まわせる、生ける天災である。
神はこの現世を超えて、この世界そのものを作り出した存在である。
いずれもわたしごとき蟻を簡単に踏みつぶすことのできない巨馬たちだ。
そんな彼らが何故わたしに力を貸したのか。
事情は簡単なことである。
彼らには変えたい過去があり、変える手段もわかっていた。
だが、彼らの体躯は――もちろん概念上の言い方であることを理解してもらいたい――時空に空けることのできる穴に比して大きすぎたのである。
そこで、自らの寿命を削ってまで過去に戻りたいと願い、かつ穴を維持する力のある魔術師に白羽の矢が立った、というわけだ。
一人の冒険者の話をしよう。
その男は冒険者として生計をたて、ある小国でギルドを立ち上げた。だが、折悪く戦争に巻き込まれ、ギルドの人員はみな死んだ。男は嘆き悲しみ、悲嘆にくれながらも生き汚く生き延びて、すべてを覆す方策を探し続けた。幸か不幸か彼の才覚と運は並み外れていたようだ。龍と神々とに力を借りて、余命いくばくになりながらも過去に戻ろうとできているのだから。
勿体ぶることでもない。わたしのことだ。
かつての友人たちの顔が思い浮かぶ。青と赤と金に染められた輝かしい時間。彼らを救うことができたならと悔いた時間は長い。けれども、倦んで忘却していた時間もまた長い。だからつい自問してしまう。果たして私は過去を悔いてこの場に立っているのだろうか、それとも。
虹色の回廊と長靴がコツコツと答える。
私ははじめから答えを知っていた。だから、改めて問うことはしなかった。ただ、彼らを紙きれのように千切り潰した「金色の皇帝」と「仮面の魔導士」の顔だけが鮮明に思い出された。
2016/6/18 改稿しました