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ちまたの短編集

こだわりとデリカシー

作者: 生気ちまた


 私の彼氏にはデリカシーがない。

 はっきりぽっきり、これっぽっちもない。本当におかしい。汚らしい。

 例を挙げたらキリがないかもしれないけど……とりあえず一番許せないのは、こっちが晩御飯を食べている時に平気で歯磨きをするところだ。近くでシュコシュコされたら口の中のツバとミントの香りが飛んでくるじゃないの。ありえない。

 あと、きちんとしていればカッコいいんだから、いつもパンツ一丁になるのはやめてほしい。私がそれをしたら、女の子が身体を冷やすもんじゃないとか言ってくるくせに、それを言うなら自分から正すべき。

 2杯目のカレーライスを食べ終わった皿に白ごはんを入れて、ほんのり残っているカレーを回収するのもやめてほしい。だったらフツーに3杯目を食べたらいいじゃない。ミートソースに食べ残ったパスタを混ぜるのもやめてほしい。残飯みたいになっちゃて口にしたくなくなっちゃう。

 セックスが終わってから、すぐにスポーツの話をするのもやめてほしい。

 せっかく幸せなのに、それのせいでいつも変な気分になってしまう。

 ディナータイムにチャンステーマ(?)を歌うのもやめてほしい。というかスポーツ好きなのは別にいいけど、それを私の前でやっても何にもならないよ?

 いずれにせよ、このままでは別れ話になってしまいそうなので、私の方からアクションを起こしてみることにした。


「ねえ、人が食べている時に歯を磨くのはやめてくれない?」


「私はスポーツ好きじゃないから、その話は他の人としてよ」


「そんな食べ方していたら恥ずかしいよ」


「そんなものにお金を出して、なにか生まれるの?」


「その川口憲史って人の話よりフツーの話をしようよ」


「おちんちん触ったら手を洗ってよ」


「トイレに行ったらセッケンを使ってよ」


「マンガなんかより有益な趣味を持ったほうがいいわよ」


 こうして彼氏のダメなところを一つ一つ叩いているうちに、いつのまにか世間はクリスマスを迎えていた。彼氏と同棲するようになってから初めてのクリスマスだ。

 ところが――数日前から体調不良を起こしていた彼氏は、その日の朝、変わり果てた姿で発見されてしまう。

 別に死んでいたわけではない。

 どういうわけなのか、小学生くらいの女の子になっていたのだ。

 初めは彼氏が隠し子でも連れてきたのかと思ったけど、本人が「彼氏」だと言い張るものだから、私としては信じるしかなかった。ウソついたらお母さんに山村留学させられるよと脅しても「カアちゃんは死んだだろ……」と返されたから、きっと彼氏なんだろう。

 彼氏は女の子になってもいつもどおりの一日をこなした。

 本人には女の子になった自覚はないみたいだけど、しっかり有休を取ってくれて、私のネイルを褒めてくれて、きちんと私好みのプレゼントを用意してくれていた。もちろんパンツ一丁にはならないし、へんてこりんな食べ方もしない(ケーキのいちごは残しておくべきなのだ)。一日が終わるまでにスポーツの話もしてこなかった。

 今日は減点なしね……とメモ帳に書きこもうとしたところで、私はふと「今日はセックスできないじゃない!」と気づいてしまった。

 せっかくのイブの夜なのに。

 どうにかならないのかなあ……色々と考えているうちに、私はぼんやりと悟った。


 彼氏が女の子になってしまったのは、きっと私が「男の子らしさ」をみんな取り去ってしまったからだ。本当はセックスのように凸凹を合わせるべきものなのに彼氏の「生きる上でのこだわり」を削りすぎたせいで、二人の形が合わなくなってしまったんだ。

 私はとてもいけないことをしたような気がして、彼氏の前で泣いてしまった。


「ごめんなさい、私ってば、あなたのことを何も考えてなかった。デリカシーがないのは私の方だった。だって、あなたにはあなたのこだわりがあるはずなのに、なぜかあなたのことを汚いから修正しないといけないと思っちゃって、だからこんな感じに……」

「……いいよ。別に気にしてないからさ」

「本当に?」

「オレがだらしないのは否定できないから。それが気になったんだろ?」

「うん……」


 私たちは抱きしめあう。彼氏の優しさが余計に辛くて、どこまでも涙が止まらなかった。

 結局、私はそのまま泣き疲れて眠ってしまった。

 セックスはできなかったけど、私たちにとって大切な夜になった。


     × × ×     


 翌朝。5枚切りトーストの上にミートソースの残りをかけている彼氏に「やめてよ」と言いかけて、私は口をつぐんだ。そういうのは私のこだわりであって、ちゃんと彼氏のこだわりも大切にしないといけない。

 こうやって正統派にバターを塗るのだって私のこだわりに過ぎないのだから。

 やがて8時になったので、私たちはそれぞれに家を出て会社に向かう。私はいつものように私服で、彼氏は赤いランドセルを背負って……


「って、戻ってないじゃない!」


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