表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術少女アビゲイル  作者: 好魅
8/8

反撃、そして終局へ

 がっしりとした木で出来た扉。今年に入ってこの中に呼び出されたのはこれで四度目だ。部屋の主はヘビースモーカーで、煙草が嫌いなあたしとしては不快極まりない。

 もっとも、これまでの三回全てそんなことを言っているような状況ではなかったし、今回は完全に命に関わってくる。

 今のあたしは腕に手錠をかけられただけではなく、腰に縄をまかれ背後にはそこから伸びたロープを握っている男と更にもう一人監視の男がいる。

 下手な行動をとったら彼らが腰に吊るした剣でバッサリ……ということはこうして処刑場の類でないところに連れだした時点でないことなのだろうが、痛い思いをして更に警戒を強められますます不利な状況に追い詰められるだろう。

「連れてきました」

 男の一人がノックし、そう言う。

「入ってくれ」

 中から声が返ってくる。

 ガチャリというドアを開ける音とともに予想通りの頭を締め付けるような悪臭がムワッと広がる。

「入れ」

 ロープを持った男があたしに命令する。

 まあ、逆らったところで意味が無いだろう。あたしは素直に中に入る。

 中に入ると再生軍の代表となったエリオットが待ち構えていた。

  部屋の中は相変わらずの頭を締め付けるようなタバコの臭いがして不快極まりない

「君がこの部屋を訪れるのは今年に入って何度目だろうな?」

「さあ?まだ片手で充分な回数だったと思いますよ」

 あたしがそう答えると監視の男が「口を慎め」と言いロープを引いてくるが、しおらし「四回目」と素直に答えれば開放してくるのかと思うと笑えてくる。

「それで、あたしに何の御用でしょうか?」

 彼らがクーデターを起こしたことで法など意味が無いだろうし、たかだか一学生から得られる情報などこれから彼らが起こすであろうエメラルディアとの戦争の前にとても意味があるとは思えない。放っておくか捕まえても牢屋に入れてそのまま野垂れ死にさせておけばいいだろう。邪魔ならば適当な理由をつけて殺害だ。

 また、ここに侵入したことなどからエメラルディアのスパイであることを疑われているならばこうして呼び出さずに拷問にかけるなり、自白の魔術をあたしにかけてくるだろう。そういったことがないということはあたし自身に何か用があるということだ。

「これが君の部屋から見つかった」

 そう言うと彼は数冊の本を取り出し、デスクの上に並べた。まあ、予想の範囲内だ。あたしが部屋においてきていたライオールの日記とその研究に使っていたノートは再生軍の人間によって持ちだされていたことは寮母さんから確認している。彼らがあたしに用があるとしたらその内容ぐらいだろう。

「これとよく似たものを国立図書館で見たことがあってね。これが何なのかわからないわけではないだろう?」

「……で、その本をどうして欲しいんですか?」

「そうだな。率直に言おう。死ぬかこの本の研究について協力してもらうか選んでもらおう」

「まあ、悪い話ではないですけどね。あたしが嘘を言わないとも限らないですよ?」

「そうだな。だが、この書に仕掛けられた魔導回路の鍵に適応し、この書を正しく読めるのは何も君だけではない。過去に断片的にならば読むことができた者なら多数いる。それと照らし合わせて明らかに君が嘘の記述をした時はどうなるか分かっているだろう?

 ただ、その手間を差し引いてもこの研究については君を必要としている。詳しい者に尋ねた限り、既に君の研究成果は三十人の人間が読み取った断片の量に相当するそうだ。

 中には通常では許可しきれない研究もあってね。

 我々に協力してくれるのであればそれなりの待遇も約束するがどうだね?」

 そう言うとエリオットは不敵に微笑む。

 ……ここで彼の誘いを断り、大暴れできたらどんなに爽快だろうか?残念ながら今のあたしではどうすることもできない。

あたしは目を閉じ――幾分か肝が座るのだ――開いてからエリオットを見据えてこう答える。

「分ったわ。そんなに悪い話ではないしね」

 あたしが取った不遜な態度に気を悪くしたのか背後の騎士たちが殺気だち剣を取ろうとする。しかし、あたしはそれをさも気にしていないかのように続ける。

「あたしとしてはそれの研究さえできれば構わない。あなた達に食って掛かったのは目の前で暴れているのが、うるさかっただけ。あたしはそれの研究さえできれば、あたしの見えるところ以外でならあなた達が何をやっていようが構わないわ。

 ただし、あたしの邪魔をしなければだけど?」

 首に、腹に、脳天に。体中に向けられた殺気に、正直、生きた心地がしなかった。うっかりロープから足を滑らせるように。言葉を上ずらせないかヒヤヒヤした。

「貴様!」

 ついに我慢できなくなったのか騎士の一人が剣を抜き放ち、あたしの首筋へと刃を向ける。

 一瞬、閃光の様な痛みが突き刺さると、そこから仄かに火傷のような熱がじわじわとしびれるように燃える。

 まだ、だ。

どうにかして刃から逃れたい衝動に駆られるがここでそのような行動に出れば怒りと――十全ならば――ある種の恐怖。不遜なもの=得体の知れない何か自らの価値観を壊される恐怖に駆られた男によってあたしは殺される。

しかし、あたしは覆さなければいけないのだ。相手の自信をくじいて自ら有利なカードを得るためにもだ。

「あたしをここで殺したら片付けが大変よ?

その日記の内容をすべて明かすのにも相当な時間がかかるようになると思うわ。

それとも犯す?

生憎そんなことをされたら、本当のことを言う気はなくなるわ。

もっとも、ここに来る前に呪いを仕込んでいるの。ライオールが魔王と呼ばれる前、女戦士を守るために開発したものらしいんだけど、発動したら貴方のちんこはどうなっちゃうのかしらね?」

そう言いうとあたしはエリオットに再び意識を向ける。その前にニヤリと笑ってやればより効果的なのだろうが、あたしはその手のことは苦手なのではぶく。まあ、それでも十分効果はあったようだ。

あたしの後ろにいた騎士たちは恐ろしげにあたしのことを見るようになり、エリオットは睨みつけて押し黙る。

これで綱渡りはひとまず終了だ。賭けの結果を肩の力を抜いて見た後に、次に来るチャンスをゆるりと待ってさらりと掴み取るだけだ。その後は出たとこ勝負となるがそもそもどのレベルのチャンスが来るかわからない。ただ、掴んだものを持って前進しようと決めている。

「いいだろう」

 長い沈黙の中最初に口を開いたのはエリオットだった。

「君が何を企んでいるかは知らないが、私も君が我々の邪魔をしない限り、君を傷つけるような罰を与えるのはやめておこう。

 ただし、先にも言ったように君の研究成果は余すこと無く我々に提供してもらう。それでいいな?」

「いいわよ」

 あたし答える。

「その代わり、研究にはしっかり協力してもらうわよ?後子の首の傷もちゃんと消毒して治療してよね」

「ガキめが」

 エリオットはあたしの言葉に不敵に笑いそう言った。


  数日が経ち、思いの外早く、それでいてぎりぎりのところでチャンスはやってきた。あたしは気絶させた見張りの騎士たちの身ぐるみを剥ぎ、手早く縛り上げると、持てる限りの呪符を持って研究所の外へと飛び出した。

 もともとあのクーデター起こった日から亜空間に幾つか術を忍ばしておいてあったのである。

 ただ、使用するにはそれなりの魔力が必要で封じられた状態では使用は不可能であり、また、脱出の際には軍隊一つと戦う切り札としては不十分であった。

 エリオットとの交渉の際に強気に出たことと、その後、表面的には素直に研究データを渡していたために、あたし自信軽んじられることなくここ数日は快適に研究が行え、密かに逃亡のための準備もできた。

 ミドルスクールの頃、悪さをするためにレジーに指導された色仕掛け――ちょっとゴネたり、甘えたり、どうしてこんなのが有効なのか理解に苦しむが――何人かの再生軍の騎士を籠絡して魔力封じの護符の効力を弱らせ、また、武器の作成に必要な物を揃えさせたのだ。

「アビゲイルさん。一人で――」

 あたしが一人で歩いているのを不審に思った騎士が声をかけてきた。

 あたしはぼそぼそと呪文を唱え、誘惑術を発動させる。本来、精神に働きかける術は意識のある相手には効きづらい。しかし、彼には数日かけて仕込みをしてきたのであたしに対する気持ちが本来のものか術によるものか判別がつかず抵抗できないようにしてある。

「調度良かったわ。必要な道具があって買い物に行きたくて貴方のことを探していたの」

 あたしは彼の手を握りながらそう言う。

「か、買い物なら自分が」

「貴方と一緒に行きたいの」

 研究のことは刑罰の一貫であり、本来どんな理由があっても外にでることはできない。また、なにか頼んだとしてもエリオットの許可が必要なのだが、術が効いている彼にはそのような判断はできなくなっている。

 外まで彼に案内させると出入口に立っている警備のとこをあたしは電撃の魔術で昏倒させ、ついでに彼のことも物陰に誘い込んだ後縛り上げて放置する。

 おそらく何かのプレイと勘違いしているのだろう。だらしない顔で嬉しそうに研究所を去るあたしの方を見つめていた。

 さて、ここまでは順調と言っていいだろう。大事なのはこれからだ。

 あたしがこんなにも簡単に脱出ができたのは今日が魔女王モリガン二世の処刑の人なっていてそちらの方に兵が回されているからだ。

 新聞を読むことはスポーツ面と経済面以外許可されていなかったので、見張りの騎士たちとの会話から得た情報なのだが、再生軍に反感を持っている人はいるようで、そんな彼らを警戒してというのが理由なのだそうだ。


 街の外れに作られた処刑場には物々しい雰囲気が漂っていた。

 何人もの再生軍の騎士たちの背には太い木で出来た柵があり、その中には首切り台が置かれていた。

 また、それなりの観衆はいる。ただ、見たところそのほとんどがあたしと同世代かそれより少し上の20代と言った感じであり、

「いよいよだな」

「これでエメラルディアも思い知るだろう」

「世界が正しい方に向かう」

 などと、口々に言っているあたり、単に物見高いというよりは再生軍の賛同者達なのだろう。

 少し離れたところからゴロゴロと車が近づく音が聞こえ、その護送車は木の柵の入口の前へと止まる。

 今しかない!

 あたしはそう思い、用意してきた煙玉で煙幕を張ろうとする。しかし、その前に乾いた音が響き、それにつられて思わず踏みとどまる。

 処刑場にいた聴衆のうち数人がプロメテウスを騎士たちに向け放ったのだ。

そして彼女たちが用意したと思われる煙幕が広がり、更に煙の中を乱反射するように魔力が広がり

「「「救いの御手。悪しきを射抜け」」」

 魔術の発動の言葉とともに無数の光が騎士たちを射抜く。

 突然のことに聴衆の多くは逃げ惑い、また、一部は気丈に振る舞ってみせるがそもそも襲撃者達は彼らのことなど眼中になかった。

 襲撃者達は護送車まで近づくとそのまま車と中にいるモリガン二世を拐って逃げようとする。しかし、相手は騎士だ。不意をついたとはいえ、そうそう簡単になんとかなる相手ではない。

 襲撃者の一人が着られて血しぶきを上げ、また、一人はプロメテウスで応戦するにも全て銃弾は剣と物理防御の結界で阻まれる。

「浄化の雷鎚よ」

 雷光が放たれ一人の騎士を襲う。しかし、魔術の雷は男が左手に持つ両刃の片手剣に集まるとそのまま飲み込まれるように消える。

「さて、これはどういうことかな?シスターマリエール殿」

 男は術を放った主に向かい言う。

「うちの修道院を破壊しておいてよく言うわね、エリオットさん」

「ふむ、この国を滅ぼそうとする国賊がいたから相当しておいたという部下からの報告は聞いたが――弁明があるならばして欲しいと言っているのだよ」

「国賊はあなた方でしょう。平和を願うルナティア様を監禁し、モリガン殿を殺してエメラルディアとの戦争を引き起こそうとしている。決して許されることではないわ」

「やれやれ、シスターには分かってもらえると思ったのだがね。フォルトゥナ教の聖地奪還部隊として戦争に参加していたあなたには我々の怒りが、失われた同胞の悲しみが」

「たしかにあの戦争では多くの命が失われたわ。でも、それはエメラルディアも同じでしょう。せっかく平和になったのに、また、世界を戦争へと導く貴方の行動は容認できるものではないわ」

「ふん。かつてのエメラルディアの侵攻は看過できるものではなかった。だからこそ我々は戦い、そして開放した地では復興できるように尽力を尽くした。

しかし、何だ!?さも我々に非があるかのように、エメラルディアの侵略に漬け込み、フローライティアが他国を侵略していったなどと言いふらす歴史家や政治家共は?

我々の犠牲を踏みにじる政府に一体何の信用ができる!?

今回の和平の話だってそうだ。エメラルディアの技術が欲しいと思うのはわからぬ話ではない。しかし、和平という名のもとに条約を結び彼の国に隷属する。そのようなことは国のためにならず、また、かつて犠牲となった者達への侮辱だ。

投降し給え、シスターマリエール」

「そうして犠牲者を更に増やすのね」

 エリオットの言葉にマリエールさんは悲しげに言った。

「私はあんなのはもうたくさんよ。昨日まで笑っていた子たちが泣きながら死んでいくの。そんなことはもう二度とあってはいけないわ」

 そしてプロメテウスの引き金を引き乾いた音を響かせる。放たれた弾丸は吸い込まれるようにエリオットの体へと飛び込むと、そのままガンという衝撃音とともに弾かれた。

 一切の魔術発動に関する予兆はなかった。魔術を亜空間で編む技術に関してはあたしの切り札なので彼らには教えていない。

 あたしは驚きながらエリオットを観察すると右手に持つ片刃の曲刀が発光し、その光が淡くエリオットを包んでいる。

 彼らが奪った聖双剣の機能の一つだ。

 左手の直刀が魔力を始めとしたあらゆるエネルギーを吸収し、右手の曲刀がそれを障壁や魔力弾、より鋭い刃に加工する。これもかつてライオールが開発したものらしく日記に構造や製法が書かれていた。ただ、それを知ったところで今どうとなるものではない。

「さらばだ。シスターマリエール」

 マリエールさんの首をはねようと剣を振りかぶる。

 あたしはそれをどうにか防ごうと術を練るが間に合いそうにない。

 間一髪。マリエールさんの仲間の一人が飛び出し、彼女を助ける。

「助かったわ、ミニョン……傷は大丈夫?」

「ちょっと斬られただけですよ」

 そう言うと二人は体勢を立て直すためにエリオットから距離を取る。

 あたしはミニョの姿を見て一瞬ホッとするが、ぽたぽたと落ちる彼女の血を見る限りどうやらあまり安心することはできないようだ。

 パンパンパンとたて続けに発砲音が響き、ミニョが放った弾丸とその横でマリエールさんが放った熱衝撃波の魔術が炸裂する。

 しかし、エリオットは気合の一閃とともに全ての弾丸を弾くと、ついで襲いかかってきた魔術を直刀に吸収させる。

 聖双剣の唯一の弱点。曲刀の作る力場と直刀のエネルギー吸収の能力を同時に行使できない点をついたのだろうが彼の剣の技量の前にはやはり無意味だったようだ。ちなみにエネルギーを吸収し貯めこむタイプの道具攻略のセオリーとして過剰な蓄積によるオーバーヒートを狙うというものあるが、聖双剣の許容量は理論上世界中の魔力の総量に等しいので論外だ。

 プロメテウスと魔術を駆使して応戦するもミニョとマリエールさんは劣勢を強いられる。特にミニョは傷が深いのか顔色も優れず、徐々に目の焦点も怪しくなってきている。

そして処刑に断末魔の叫び声が上がり、それに続く怒声に人々は同じ方向を見た。

「魔女王を奪われた」

 これでミニョ達を助かることができるだろうか?

 あたしは一心にモリガン二世の手を引き、走り逃げる。

 できることならば、彼女に施された魔術封じを解いて手を貸してもらいたいのだが、ちょっとやそっとでは無理だろう。

 再生軍の騎士たちが放つ魔術が背後からあたし達を襲う。

 だけど、拘束されてしまった数日前とは違いこちらの魔力は万全だ。あたしは用意していた術の一つを展開する。

「門よ。飲み込め」

 亜空間への扉が口を開けてすべての攻撃が無効化される。原理的には聖双剣の直刀の方と同じだ。違うとすれば吸収したエネルギーを利用できないことと、向こうが実質消耗なしで行使できるのに対し、こちらはある程度は魔力を使う。

 しかし、出し渋って追いつかれては意味が無い。そもそも体力的にこちらは圧倒的に不利だ。

「次元よ。あるべき姿に戻れ、爆撃よ」

 事前に組み上げておいた魔術の一つを開放する。

 余波一切なしの予測不可の攻撃に騎士達は吹き飛ぶ。

 魔術による応戦を繰り返しながら、細い路地を抜け、空き家――以前クレアが捕らえられてしまったあの忌々しい酒場――にあたし達は転がり込む。

 ぜえぜえと荒い呼吸をするモリガン二世。その姿はどこにでもいる女の人で、かつての騎士団を半壊させ、また、フローライトの首都へ強大な魔術を放ったとは思えないほどはかなげだ。

「大丈夫ですか?」

 一先ずここで少しでも休憩ができればいい。そう思いながらあたしは声をかける。

「ええ……すみません」

「いえ――」

 迷惑をかけているのはこちらの方――そう言いかけた時、ガチャリと入口のほうで音がする。

 音を立てず、それでいて確かな人の気配があたしたちに近づく。

「アビゲイル・テネブライ。どうして君がここにいるか知らんが、自分がどれだけバカげたことをしているのか分かっているのか?」

「あなた達がやっているほどのことではないわ」

「そうか……君はまだ若く、未熟だ。それに免じて特別に活かしてやろうと思ったわけだが、私が甘かったというわけだな」

「利用価値があるからと言ってもらえると、少しは嬉しかったのだけど、舐められていたわけね」

「そういう考え方がまだまだ子供なのだよ」

 そう言うとエリオットは一気に間合いを詰めてあたしを切り伏せにかかる。

「爆撃よ」

 あたしはとっさに魔術を放つ。至近距離ではなったためにあたし自身も強い爆風に叩かれ、背後へと吹き飛ばされる。

 だけど、これでいい。あの場に立っていれば間違いなくあたしは今頃真っ二つだ。即座に立ち上がり、エリオットを見やるがとっさに直刀の方で爆風雨を吸収したのだろう。傷ひとつ負った様子はない。

「雷撃よ」

 あたしはエリオットに向かい魔術を放つ。

「爆撃よ」

 立て続けに放つが全て直刀に吸収されてしまう。

「鬱陶しいわ」

 再び、あたしの目の前まで迫り、右手の曲刀が袈裟がけに振り下ろされる。

 ガン。と言う強い衝撃音とともにあたしの張った魔術障壁でそれは止まるが、ついで放たれた左手の刺突があたしの心臓へと吸い込まれていく。

 ザクリ。とも、音を立てずにそれは貫きあたしの視界は紅く染まったような気がした。

「がぁ」

 あたしの目の前でエリオットが信じられないような様子で目を見開き、その口からは紅くヌラリとした液体が吐き出され、胸の間からは一本の剣が生え、その切っ先はあたしの喉元まで迫っている。

 あたしの心臓を貫くはずだった切っ先はねじ曲げられた亜空間を通って、彼の背後へと向かい彼の心臓を貫いたのだ。

 彼の持つ直刀はあらゆるエネルギーを吸収するが魔術そのものを無効化するわけではない。

「魔炎よ、焼き払え」

 あたしの放ったとどめの一撃により彼は炎に包まれた。


◇◇◇


 チュンチュンと雀が鳴き、窓から朝日が差し込む。

 あたしはふかふかのベッドからもぞもぞと抜けだすと身支度を整える。部屋の片隅にはフレイさん――モリガン二世の幼名だ――が用意してくれた旅行鞄が一つ。中には身の回りのものとライオールの日記といくつかの魔導具が入っている。

 エリオットを殺した後、空間を捻じ曲げるという摂理への大きな反逆魔術によって大きな反作用を受けて、再びその存在が希薄になった。

 おぼろげな体と精神をなんとか奮い立たせ、クラフトさんの家までたどり着くとそのまま匿ってもらったのだ。

 クラフトさんはあたしの状態を見て驚きはしたが、何も聞かずにモリガン二世とあたしを家の中に招き入れてくれた。

 そしてあたしとフレイさんが国を出る時に見送ってくれたのだ。

 フレイさんを迎えに来たエメラルディアの密偵とともに船を用意している隣国への国境へと向かう際、クラフトさんにも亡命を誘ったのだけど彼はあたしに笑いながら断った。

「僕にはこれまで集めた本があるからね。そうそうこの国を出れないよ」

「でも――」

「それに君が無事であることをご両親や友達にも伝えないといけないし、エリオット氏が死んだとはいえ、まだ再生軍は残っている。彼らから君の大事な人達を僕が守るよ」

 今のところ、フローライティアがエメラルディアに攻め込んでくる様子はない。彼らにとって対魔術の切り札であった聖双剣をあの時フレイさんが回収したことによって失ったことも理由のようだが、何より国内の各地で反発が起こり、その平定に追われているようだ。

 今回、何かと暴力に頼ってしまうあたしが言うのもなんだが、力による解決はどこかほころびが生じてしまうということなのだろう。

 密偵たちの報告を受け、一部の大臣達は今こそ好機であり、報復としてフローライティアに攻め込もうとフレイさんに進言しているようだ。しかし、フレイさんはそれを寂しげに、

「それでは意味が無いのです」

 と、否定する。

 国賓として割り当てられた部屋を出、食堂に向かいフレイさんと朝食を共にする。こんがりと焼かれた四枚切りのトースト一枚とサラダにスクランブルドエッグ、そしてエメラルディアでは国民食と言われるほど多様な種類のある腸詰め肉だ。今朝のはナッツや色々なナッツやドライフルーツが入っている。

「寂しくなりますね」

「お世話になりました」

「もう一日ぐらい延期できないかしら?」

 フレイさんがいたずらっぽく言う。

「ここのご飯は美味しいですからね、決意が鈍ってしまいそうです」

「私ではなくご飯?」

「いぢわるですね、分かっているのでしょう?」

 どうにも親しい人間にはわかりやすいほど気持ちが表情に出てしまうらしいのだ。

「こういうことは誰しもちゃんと言葉にして欲しいものでしょう?」

「はて?なんのことでしょうか」

「そう言うあなたも意地が悪いですわ。でも、そんなこと言っていいの?ここは私の国よ」

「そうですね、横暴な女王様のいる独裁国家だということを忘れていましたよ」

 あたしはわざとらしくため息をつくと、楽しげにこちらを眺めてくるフレイさんに忌々しげに口にする。

「モリガ――」

「え?聞こえないわ!」

 フレイさんはあたしの言葉を遮り、大声で言う。それならばと大声であたしも、

「モ――!!」

「聞こえないわ!!!!!!!」

 更に大声を挙げられ、あたしはいよいよ観念する。また、あたし達のやりとりを聞いていたメイドさん達がクスクスと笑い出していて、正直恥ずかしくてしょうがない。

「フレイさんにしばらく会えないのが寂しいです。正直、ここにずっといたい」

 恥ずかしくて顔が赤くなる。対してフレイさんは「よろしい」と言って満面の笑みを浮かべている。

「でも、行くのよね?」

「はい。やりたいことがありますので」

 ここ数ヶ月の間ずっとライオールの日記にとりかかっていたのだけれど、その研究の中でライオールを含めた四人の魔王たちが残した遺跡についてどうしても抑えられない興味があたしの中で沸き起こってきたのだ。

 かつて都市一つを空中に浮かせ、地上を支配したという天空王ウラニアの空中都市シーエ。

 伽羅倶梨仕掛けの偽りの生命体、人形の王コッペリウスの機械都市ホムクル。

 魔術の研究の末に不死者へとたどりついた不死王フェニキアの死都アルカド。

 いったい、そこに何が眠っているのか興味が尽きない

 そして出来ることならば、ライオールが亜空間に構えたという彼の城にしてアトリエでもあるアカシャへも行ってみたい。

 ただ、それらの前にまずは同じくフローライティアの外へと亡命したらしいミニョにも会いに行こう。

 また、いつになるかわからないがフローライティアに戻り、みんなにも会いたいなとあたしは思う。

 


趣味で書き綴った小説。これで完結です。

もし、ここまで読んでくださった方がいましたら、本当にありがとうございました。

最初はどこかの出版社に投稿しようと思っていたのですが自分で読み返すうちにそのへっぽこさに愕然となり、見るのも億劫な状態で数ヶ月封印していました。

ただ、それでもお蔵入りさせることは無意味であり、恥は恥として晒そうと思い、この場を借りて発表させていただきました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ