表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術少女アビゲイル  作者: 好魅
6/8

報復

 ん。捗る。

 あたしは魔術理論の本を読み続ける。

 魔法と各種化合物の関係に関する本だ。単純な有機物や無機物のみの化学や通常の物理学の本であるならば学術書中心の本屋に行けばそれなりに置かれているが、魔法となると難しい。

 簡単な魔術のやり方なら割と誰にでも、それこそあたしが小さい頃、読んだように子供だって手に入れられるが、ある一定以上のレベルのものになると厳重にその所持や公開範囲が既定されているのだ。

 その為、こういった調べ物には騎士学校の図書館などそれなりの場所に行かないと不可能なのだが、あいにくあたしは停学中の為利用ができない。だから、こっそりと寮を抜けだしてクラフトさんの蔵書を見せてもらっているのだ。

「アビー、つまらない……遊びに行かない?」

 横でレジーがつまらなそうに机に突っ伏して伸びている。

「……レジー、アビーの邪魔しちゃダメだよ……」

 元気なさげにレジーのことを注意するのはアニスだ。

「だってさ、アビーったら勉強ばかりでつまらないんだもん。やっぱさ、遊んだほうがいいよ、こういう時こそさ」

 こういう時。クレアが事件で入院する事となってしまったことについて言っていて、それであたしとアニスが落ち込んでないかと気遣ってこう言ってくれているのだろう。

「はぁぁ」

 ただ、その脳天気な様にアニスは大きくため息をつく。

「……遊ぶとかないから。だいたい君はバイトと居眠りと遅刻と夜遊びで次のテストで一教科70点以上、平均で75点取らないと落第なんでしょ?」

「そうなのよねー。アビーと一緒で首の皮一枚」

 テヘッと笑うレジー。一緒にしないでもらいたいものである。

「君の場合は遊びでしょ?一緒にしちゃ流石に失礼だよ」

 まったくである。

「だってさ~、こんどの和平式典色々記念品とか出るし、エメラルディアから色々なものが来るのよ?そのためには先立つモノがいるし、その為にもバイトは増やさないといけないわ。でも遊ぶ時間も減るからそこは寝る時間はもう無理だから後は勉きょ……(ゴス)」

 さすがにうるさかったので黙らせることにした。右脇にあった本が重量、サイズ共にちょうどよかったのでそれで叩いて。

 レジーは頭を抱えてうずくまり悶える。そして痛みが引いたのか頭をムクリと上げて

「……今ので今日、頭に入れたこと出て行ったわ。仕方ないからもうみんなで一緒に遊びに行きませんか?」

 と言ってきた。

「却下」

 曲がりなりにもこちらは謹慎中の身である。本当はここにだっていてはいけないのだが、どうしても読みたい本がいくつかあったので来たのだ。遊びに外に出たことがバレて更にペナルティを課されてはたまったものではない。

 チリンチリン

 と、呼び鈴が鳴る。

 あいにく家主であるクラフトさんは買い物に出ているので今はいない。

 こういう時は大抵あたしが代わりに出ていく(だから、この間アニスがからかってきたのかもしれない)のだけど、もし、学校や騎士団の関係者だったりするとまずい。なので今日は「はーい」と、アニスが立ち上がり玄関まで見に行く。

 なんか、ちょっと自分の役目を取られたような気分である。

 あたしは本を読みつつもアニスと訪問者のことが気になって耳をそばだてる。何やら聞き覚えのある男の声とアニスの声、ちょっともめているようだ。

 少しして申し訳無さそうな顔をしてアニスは中に入ってきた。

「アビー……ごめん」

 そういう彼女の後ろには見知った顔が一人。クラスメートで同じ班の友人だ。

「よう、アビー。謹慎は満喫しているかい?」

 満喫はたしかにしていたがあいにく今はそんな気分ではない。今入ってきた君に運命を握られてしまい、気が気ではない。

「おいおい。そんな嫌そうな顔しないでくれよ。なんだかオレが悪者みたいじゃないか」

 あたしの表情ときっと睨むレジーを見て彼は困ったようにそう言うが、まさに悪者ということで間違っていないはずである。世間的に悪いのはあたしだが、あたしにとって都合が悪いやつという意味で。

「弁解はしないわよ」

 あたしはため息を付き、覚悟を決めて彼に言う。

「だからそう言うのじゃないって、クレアがあれだろ?だからお前が困っているんじゃないかって、今日の授業内容書いたノート届けに来たんだよ。

そしたらお前、留守みたいだし。多分、こっちじゃないかってきてみたの」

「そうなの。ありがとう」

 あたしはそう言う。しかし、どうしたものかギャグ漫画じゃないのだから彼を亡き者にするとかは論外である。

「まだ、疑っているのかよ。オレはお前に嫌われることなんかしたねぇってのに。

 まあ、いいや。じゃあな。好きだけ疑ってくれ、ノートは明日の分持ってきた時に返してくれればいいからな」

 そう言うと彼はルーズリーフを置いて帰っていった。

「ねぇ、アビー」

 彼を見送り戻るとレジーが何やらにやけており、アニスも楽しげな表情を浮かべている。

「好きなだけ疑っていいみたいね」

「?」

正直彼女が何を言いたいのか訳がわからない。

「わからないか、残念ね。ミニョならこういう言葉遊び気づいてくれるのにね」

 そして彼女はふふふと怪しく笑う。

 気にしても仕方ないことなのだろうが、あたしは数秒考え答えに至り、

「いや、あいつとはそういう関係じゃないし」

 レジーの妄想を否定する。

 つまり彼女は「あたしがあいつのことが好きなら、あいつが学校にあたしの外出をチクらないようあいつのことが好きなのと同じ分だけ疑え」と言っているのだ。

「青春ね。アビーがモテるのは知っていたけど、これまで近づく前に皆撃沈されていたからなぁ。

 姫の前までたどり着ける勇者が現れてお姉さん嬉しいよ」

 相変わらずわけのわからないことを言うレジー。あたしはモテたことなどないし、

「やっぱりモテモテだったんだ。アビーかわいいし、スタイルもいいもんね」

 とアニスが褒めてくれるのは嬉しいが実感はいまいちである。

 まあ、逆に誰かに惚れたこともないので、告白とかされても返答に困っただろうけど。

「でも、真面目な話。彼はいいと思うよ?」

「やっぱり?」

 レジーの発言にアニスがニコニコ笑いながら言う。

「だって彼、ちゃんとアビーのこと見ているもん。アビーってさ、すぐ思ったことが表情に出るのに結構それに気づかない人多いのよね。でも今の彼は――」

 確かにあいつにはよく話を先読みされる。だけど、

「そうは言われても別に好きでも何でもないし、そもそも名前すらうろ覚えだしねぇ……」

「さすがにアビーそれはひどいかも」

 アニスが気の毒そうに言い、レジーもそれに真面目ぶって頷く。

 そうは言っても実習中はコードネームで呼ぶことが多いし、特に彼に興味もないから覚えるに覚えられないのだ。

「まあ、アビーだし仕方ない」

 レジーが何やら失礼なまとめ方をする。まあ、これで話が終わるならば仕方ない。あたしは彼から借りたルーズリーフを開くと自分のノートに写しはじめる。

「で、ノートからはいい匂いとかしますか、アビーさん?」

「するかっ!?」

下卑た笑いのレジーに一括するも彼女の冗句は一向に収まらず、その日は勉強が進むことはなかった。

ちなみにレジーはテストの点数は指定された以上であり、彼女の落第は見送られたらしい。

その結果を聞いた時、

「やればできる娘なのに」

 と言いながらついたアニスのため息は深かった。


 謹慎中。彼は毎日ノートを持ってきてくれたおかげであたしは授業から取り残されることはなかったし、彼はあたしが謹慎中に出歩いていたことを人に言うことはなかった。それについては感謝してもしきれない。ただ一方で、寮では困ったことに妙な噂を立てられ、翌日以降「デートでは?」などという目で見られてしまい、クラフトさんの家に行くことができなくなってしまった。

 そして謹慎が開けても、だから付き合っていないって」と一日一回はあたしは否定の言葉を口にする。

 確かアニスの友人の一人だっただろうか?おさげの女の子があたしに彼との関係を聞いてきた。

「あいつはノートかしてくれただけ」

「でも、昨日も一緒だったよね?」

 ……しつこい。

「実習の班が同じなだけよ。ちょっと作戦について話していただけ」

 これまで、実習の反省などについてはクレアと話していたのだが、あんなことになってしまい、最近は彼と話すことが多いのだ。

まあ、治療のかいもあって、ちょっとした雑談ぐらいならばクレアとも話すことはできるようにはなったが、まだどこか意識は朦朧としているようなのだ。それに――

「……それにもうすぐ会えなくなっちゃうしね」

「え?」

 うっかり口に出してしまったらしい。

 おさげの彼女はおそらく勘違いしたのだろう、何やら興味津々の様子であたしの方を覗きこんでくる。

「クレアのことよ」

 更に誤解されては困るので正直に言う。

「ああ、ルームメイトの娘よね……」

 アニスからクレアのことは聞いていたのだろう。彼女は一転して暗い表情となって去ってしまった。

 まあ、無理もないだろう。あたしだってどう言ったらいいかわからないし、どう言われたら気が楽になるかもわからない。

 何よりもあたしはクレアが苦しんでいることが辛いのではなく、クレアをそういう状況にしてしまったのが悔しいのだ。

 寮を出てクレアに会いに病院へと向かう。

 エメラルディアとの和平の式典まで残り一週間ほど。待ちは活気付き、一方で反対派の人達の周回はいよいよやかましくなってきた。

 今日は警邏隊へ参加している生徒は警備や来場者の誘導の任務につくため、数日前から訓練を受けているが、あたしは二度に渡る謹慎を理由に謹慎こそ解けたものの、活動の方への参加はまだ禁じられている。

 そのことについてイーガ先輩が警邏隊のウィンディス地区の隊長、あの煙草臭い騎士と掛け合って抗議してくれたらしいが、ダメだったとのことだ。

 イーガ先輩が将来のことがあるだろうに、あたしのことについてそこまでしてくれたことについては嬉しく思うのだが、正直、あまり強引に復隊するのもいささか気が引ける。

 それにこの謹慎期間中に気づいてしまったのだ。あたしは騎士になりたいわけでもなく、あの賞金稼ぎの彼女のように活躍したいわけでもないことに。

 あたしはただ、力が欲しいだけなのだ。それが何のためなのかは自分でもよくわからない。一般的にイメージの良い物に例えるならばそこに山があるから登る登山家や何処かの格闘家の様に武の高みを目指しているのかもしれない。別にあたしより強いやつに会いに行こうとは思わないけど。また、悪く例えるならば目的無き権力の渇望に近いだろう。

まあ、ひょっとすると無意識下には本当に欲しいものがあって、それがひょっこり目の前に現れた時に気づくのかもしれない。

とにかく、来年、あたしは担任のカトレア先生とクラフトさんの勧めに従って魔法学校の方に入学するつもりだ。そういう前提もあって、今、警邏隊の任務に、それも半ば強引に参加させてもらうのは世間的にどうかと思うし、その時間を魔術の勉強に当てたいのである。

とはいえ、まったく心残りがないわけでもなく。

警邏隊の人やそれに参加させてもらっている生徒の傍を通るたびにあたしは暗い気分となるのである。


 クレアの入院する病院に付くと何やら様子がおかしかった。

 総合受付の前の待合所は騒がしいというか、落ち着きがなく、看護師さんや事務の人たち、更には魔法医の人たちまで出てきて患者さんへの対応に追われていた。

 一体何があったのだろうか?

 不安になったあたしは急ぎ足でクレアの病室に向かう。するとその入口には人が集まっていて、クレアのことを見てくれているお医者さんと看護師さんもいた。

 何があったのだろう?

 胸になにか重いものが支えて、それを吐き出したくてしょうがなくなる。

「一体何があったんです?」

 あたしは彼らの後ろまで行きそう聞く。

「アビーちゃん……」

 顔見知りの看護師が振り向き、あたしの名前を呼んだ。

 それにつられて何人かが振り向き、そのおかげで部屋の様子が見れた。

 部屋は荒らされており、中にはクレアの姿はない。

「ちょっと、いいかな?」

 集まっていた人の中でもやや年配の男の人があたしに声をかけてきた。

 しかし、あたしはそれを無視する。

『クソ女へ 酒場にこい』

 ベッドの傍の壁にはそう大きく殴り書きされているのだ。

 あたしは病室を飛び出し、聖堂地区へと向かう。

 本来ならば騎士団に頼るのが筋だろう。

 しかしだ。

 あたしはそんな気にはとてもなれなかった。

 そして酒場というのはこの間あたしとミニョが襲撃した酒場のことであり、クレアを攫ったのはこの間の男たちだろう。他に心当りがない。

 しかし、あの時の男たちは全て騎士団によって逮捕され、今は牢屋の中にいるはずである。騎士団やその関係者の誰かが手を回しでもしない限り、こんなことはできないはずなのだ。だけど、犯人たちの内通者が騎士団にいるならば?

 ちょうど来たバスに乗って聖堂地区へ。細く入り組んだ路地をあたしは駆け抜け、男たちが根城にしていた酒場まで辿り着く。

 外から見た限り中に人がいる様子はなく、一瞬、自分は思い違いでここに来てしまったのではないかとあたしは戸惑った。

 しかし、一旦気持ちを落ち着かせ呪文を唱え、

「サーチ」

 と探索の術を使う。

 世界と紙一重の場所に存在する場所、亜空間に探索のための魔力の波動が走る。

 亜空間への干渉はあたしがライオールの日記の研究をはじめて最優先に身につけた術だ。あたしを中心に半径100メートル弱ほどへ干渉することができ、また、自らの次元の一部をこの空間内にずらすことで他者に感知されることなく魔術を使えるのだ。ただ、一方で問題もあって、詠唱中だけでなく発動時にも相手に気づかれないようにするには魔術を完全に亜空間内に発動しなくてはならない。そのために普通に術を使用する場合に比べ、だいぶ精度は落ちるのだ。例えるならば色のついたガラス越しに景色を見たような感覚が近いかもしれない。

だからこそ、より意識を集中させてあたしは中の様子を探る。

人数までは分からないが先日クレアが捕まっていた部屋に数人の人影があり、また、わずかではあるが店のホールの方にも人がいるようである。

 当然、待ち伏せはされているだろう。一人で行っては返り討ちに合うだけだ。

 しかし、クレアが入院していた病院は一応騎士団の傘下の病院なので、あたしが病院に辿り着いた時には騎士団には連絡がいっているだろう。その為、もう数分もしないうちに正規の騎士達がここまでやってきて彼女を助けてくれるかもしれない。

 しかし、騎士団に犯人達に通じている人物がいると思われることからあまり過剰な期待できないし、そうでなくても中でクレアがどんな目にあっているか想像すると、とても待っている気分にはならない。

 あたしはできるだけ気配を殺してクレアがいると思われる部屋窓際にまわる。梨地ガラスのはめられた窓には格子がついており、そこを破って侵入するには相応の術を使う必要があった。

 仕方ないのであたしは術を唱え、時限式で発動魔力の爆弾を一時的に亜空間の方に置き、同様に裏口や他の窓際にも同じような仕掛けを施す。

あとは煙幕でもあればいいのだけど、あいにく魔術で物質を作るのはほぼ無理なのだ。一応、理論上は可能であり、ライオールの日記でも方法は書かれている。しかし、無から有を生み出した代償として、術者は自らの肉体や魂を構成する大本を世界に奪われるのだそうだ。

しかし逆に魔力とはエネルギーなので熱や光、電気などには割と変換がしやすい。

あたしは術を唱えて入口から中へ閃光の術を放り込み、中へと駆けこむ。店の中では男たちが目を抑えており、あたしは男たちに前回と同じように電撃の術をお見舞いする。

 しかし、残念ながら完全に無力化することはさすがに無理だったらしい。

 男の一人がなにか警棒のようなものを振りかぶりあたしに殴りかかる。

 ドン。と鈍い衝撃がとっさに出した腕に響くと熱のような痛みが腕に広がり指先がほとんど動かなくなる。

「雷撃よ」

 ホールでの騒ぎを聞きつけ、奥の部屋から出てきた男があたしに向かい術を放つ。

 だが、魔力の余波を隠すことのできない彼の術などお見通しである。痛みに耐えながらも避雷の術を編みあたしは雷撃をやり過ごす。

 ライオールの日記を研究しだしてからは一ヶ月。あたしの魔術と知識は格段に上がっている。訓練や実戦における経験値は正規の騎士には劣るが、それでも魔術戦に限って言えば負ける気はしない。

 しかし、逆に剣術や格闘戦においてあたしは騎士学校内においても底辺である。技術的なものは多少なんとかなるのだが、筋力や体力では圧倒的に劣っている。

 今、魔術を使った男だけでなく殴りかかってきた男もおそらくゴロツキに肩入れしている騎士団の人間だ。魔術が使えないほど接近されては手も足も出ないし、そうでなくてもあまり長期戦になるとあたしの体力が持たない。

「雷撃よ」

 あたしは殴りかかってきた男に術を放ち無力化させる。周囲にある石などを杭状に加工してとして放ったり、高熱弾など殺傷力の高い術も使えないわけではないのだが、そんなものを使ったことがバレた日には停学では済まず牢獄行きだろう。既にこれがバレたら停学じゃ済まずに退学は確実なのだけど。

 前もって仕掛けて置いた魔術が発動して大きな音と振動が店内にいるあたしたちを襲う。運悪く窓の傍にいたゴロツキはガラスを浴び、血を流しながらパニックに陥っている。

しかし何人かのゴロツキは――実際には騎士なのだろうが――周囲を警戒しながらも焦った様子はない。

 しかし、それで十分だ。

 こちらから気がそれた一瞬を狙ってあたしは周囲に電撃を放つ。

 バリバリと大きな音をたて部屋中が雷撃で眩しく発光する。

 そして最後にクレアが捉えられている部屋にいた男を倒してあたしはクレアを助けだした。


 翌日、あたしは、また、呼び出しを喰らった。

あたしはノックをし、警邏隊ウィンディス支部隊長の執務室へと入る。

「来たか」

 しかめっ面をした男が顔を上げ、あたしを迎え入れる。

 前回もそうだったのだが、デスクの上には煙草が山積みとなった灰皿がのっており、タバコの臭いが充満した空気の悪さからあたしは強い不快感を覚える。

「自分がなぜ呼ばれたのか分かっているな?」

 エリオット隊長は重々しい様子であたしを見つめる。

「…………」

どういったものか?あたしは黙り考える。確かに前回停学を喰らった時、クレアと行った無謀な調査はたしかに非難されても仕方ない部分はある。しかし、ごろつきの中に騎士団の人間がいたこと、そして今回、彼らが何故か釈放されており、それ故にあたしが騎士団に不信感を抱いていることはどう説明をしたらいいのだろうか?

 そしてもう一つ気になることがある。

 男たちの一人があたしたちに恨み言を叫ぶと自らに何か薬品を注射したかと思うと、彼の腕や足がいきなり膨れ上がり、まるで筋肉のお化けのようになったのである。彼は咆吼を上げながら襲いかかって来たのだが、そのさまはまるで血に飢えた獣のようであり、理性や生存本能のようなものは持ち合わせていないようで店の壁などをめちゃくちゃにして暴れまわった。

 そして一通り暴れまわると肉体が限界に達したのか風船がしゅるしゅるとしぼむように縮まり、そのまま血を吐いて倒れたのである。

 一体あれは何だったのだろうか?あたし達、学生が捜査などについてあまり詳しい話をして貰える機会は滅多にないが、ひょっとするとエリオット支部長はあれについて知っているかもしれない。

 しかし、それを言うとなると昨日一人独断でクレアを助けに行ったことを話さなければいけないし、今回の事件は騎士団のことをどこまで信じていいのかわからない部分がある。

 勿論、疑ってばかりでは何も進展はしないし、疑うのであればあたしは騎士団の人間として何が何でもそれを正そうとするのが道理なのだろう。

 しかし、あたしは

「正直、戸惑っている部分があります」

 と答え、

「たしかにあたしは病院の先生たちの静止を振り切って病院を出ました。

 でも、それはクレアを助けに行ったのではなく、自分の力の無さに愕然としてふさぎ込んでいただけなのです。勿論、心当たりもありませんでした。

 正直、騎士学校の学生としては恥ずかしい行為です」

 嘘をつくことにした。

 悔しい話ではあるが今のあたしではどうにもすることができない。

騎士団内の腐敗がクレアを傷つけたのは事実だし、今後もあたしの友人たちに牙をむかないとも限らない。

しかし、今は目の前の男が信用に足る人物か判断ずることすらできないのであればこの件は完全に黙秘した方がいいだろう。万が一、学友や警邏隊の騎士達が隊長を信じようとしないあたしの心内を知れば、――あたしにしてみれば地位が上の人間だからといって無条件で信じられることのほうがどうかしていると思うのだけど――不遜であるということになり少々立場が危うくなる。

「ほう。君の友人を攫った。男たちは何者かに手ひどく攻撃を受けていたようだが?」

「隊長、先日、たしかにあたしは問題を起こしました。しかし、あたしがたった一人で何人のもの人達をどうにか出来ると思いますか?」

 エリオット隊長は何かを言いたげにあたしのことをじっと見つめ、無言の圧力をかけてくる。

さて上手く、シラを切る続けるのにはどうしたらいいか?

 クレアを保護し病院に戻った敬意についてはどう説明すれば合意的だろうか?

 下手に込み入った嘘をつけば容易にバレるだろう。ここはシンプルな発言がこのましいだろう。

「たしかに少しは犯人達の居場所を探しました。しかし、見つけられなくて歩き回っていたら、女の人が彼女を抱えてくれていてあたしに渡してそのまま去っていたんです」

「ほう、彼女はなんで君に渡したまま去っていったんだろうね?」

「わかりません。お礼を言われたりとかそういうのが苦手だったのかもしれません」

「あるいはなにか非合法な行為に及んだとか?」

 隊長の瞳が鈍く光った気がした。

「そうですねぇ、あまり考えたくはありませんがそういう可能性は考えられなくはないと思います」

 あたしはそう言い受け流す。クレアを攫った男たちがどうなったか確か新聞には書かれていなかった。あまり下手なことは言わないほうが無難だろう。

「ふむ。実は君がクレア君を保護したという辺りで暴行事件があったのだが、何か心当たりはあるかね?」

「いえ、まったく」

「そうか、聞きたいことは以上だ。

……しかし、改めて言わせてもらうが騎士団の一因とはいえ、君は女の子だ。あまり無茶なことをするものではない」

「はい。心得ておきます」

 隊長の言葉にあたしはとりあえずそう答える。

「それでは失礼します」

「ああ、時間を取らせて悪かった」

 敬礼をしてあたしはドアを閉める。

 なんとかやり過ごした。まだ、疑われているようなので謹慎や退学の危機が完全に去ったわけではないがひとまずの結果として悪くはない。

 とりあえず、あたしは寮に帰ってシャワーでも浴びて着替えることにした。髪や服についたタバコの臭いが気持ち悪い。

 そして、その後クレアのお見舞いへと病院へと向かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ