アビゲイルと友人たち3
ウィンディス第四聖堂大講義室。
教壇を中心に扇形に、後ろに行けば行くほど、段が高くなる作りをしており、フォルトゥナ教の聖書に関する抗議が行われる他にカレッジスクールや様々な団体がそこを借り、講義や音楽会などのイベントを行うことがある。講義室ということにはなっているがちょっと変わっていて、机を取り外したり、前方の席をなくして演劇などのための舞台を設置ようにできている。
まあ、そんな講義室の教壇になにやら偉ぶったおっさんが立って、偏見と言い訳に満ちた話をしている。ちゃんと歴史の勉強をした人間からしたらつっこみどころだらけで聞くに耐えない内容だ。
しかも、おっさんの話に賛同するように、時々、雄叫びのような声や騒がしい拍手をする奴らがいて、寝て時間を潰そうにも寝られない。
「いやぁ、噂には聞いていたけど、なかなかヒドいね、これは」
ミニョがあたしにしか聞こえないくらいの声で囁く、
「院長にはさ。良い機会だからどういう人達か勉強のために見てこいと言われているけど、これはしんどいわ」
「何というか狂信者って感じよね」
「狂信者ねぇ……」
ミニョはため息をつき言う。
「フォルトゥナ様のこともその位信じてくれれば、もっとエメラルディアとも仲良くしようって気にもなるだろうにねえ。まあ、フォルトゥナ様の教えはそのままだとちょっと博愛が過ぎるんだけどね」
そしてふと思いついたように
「ああ、でも、この人等の扇動の技術は見習うべき部分があるかもしれないね。やり方次第じゃ沢山の忠実な下僕が作れるかもしれない」
「おい、こら」
あたしは不良修道女の黒い発言に思わずつっこみをいれていた。
一瞬、しまったと思ったが、教壇のおっさんに対するなんかの歓声が上がったため、あたしの声はかき消された。
そしていつの間にやら講義は終わったようである。
「さてと、とっとと退散しましょ」
あたしはそう言い席を立つ。
「アビーは本当にイーガ先輩のことが嫌いだよね」
当然である。自分勝手で自らの価値観を強要してくる人間には可能な限り関わりたくない。ちなみに今日は、もともと男子のみであった騎士学校の多くの生徒の持病である女性アレルギーを発症してくれ、遠くに行ってくれたのである。
「ふむふむ、それはアビーのいつものツンデレではなくて?」
「そんなわけあるか」
ミニョが気色悪いことを言ってきたのであたしは即座に否定する。
「そうだよ。アビーにはちゃんと好きな人がいるんだから」
そう言うのはクレア。
おい、なんだそれは。あたし自身が初耳だぞ。
「そうだねぇ。いつも甲斐甲斐しく部屋の掃除に通ったりしているし、この間はあたしも手伝ったんだけど、見せつけられちゃったな」
そう言うのはアニス。
「ちょっと、別に好きな人とかいないって」
勝手に話を進めようとする二人を黙らせるべくあたしはそう言う。
「あれ?ひょっとするとアビーが勉強見てもらっているっていう魔術研究家の人かな?」
「そうそう。ちなみに謹慎中なんか会いに行けなくて悲しいって譫言のようにいっていたよね」
いや、言っていないし、
「魔術のことで分からないことがあったから、クラフトさんに教えてもらいに行きたいって言っただけでしょ」
「房中術についてとか?」
「そんなわけないでしょ」
不良修道女がにやけながらしたセクハラ発言をあたしは即座に否定する。
「だけど、クラフトさんはさすがに歳が離れすぎだと思うよ?」
だから違うというのにクレアがしつこく言ってくる。
「大丈夫!どんな人か知らないけど、愛さえあれば問題ない。愛がなければだめだけど」
なにやら力説するミニョ。
「おおぉ、やっぱり修道女さんの言うことは違うね」
大袈裟に感動を表すアニス。
だから違うって言っているのに。クラフトさんは頼りになるし、良い人だけど、男女の関係となると対象外だ。
「そんなことよりエチカズカフェだっけ?早くいこうよ」
とりあえず、あたしは四人を促す。これであたしをからかうのをやめてくれればいいが――まあ、それは無理な気がする。
ちなみに話ながらのんびりと歩いていたせいでまだ第四聖堂の建物の中である。
イーガ先輩にも会いたくないのもあるが、参加者の一部がこれからデモ行進を行うとか言っているようなのでここにうっかり長居したために巻き込まれるとかごめん被りたい。
「そうね。早く行きましょ」
あたしの提案にレジーが賛同してくれる。
「アビーの好きな人についてならば後でゆっくり聞けばいいしね」
うん。レジーならそう言うと思っていたよ。
そんな話をしながらあたし達はカフェに向かうことにした。
「うーん。ミニョも大変だねぇ」
レジーがぼんやりとつぶやく。
何でも第四聖堂に行くなら挨拶をしてきて欲しいと修道院の人にいくつか用事を頼まれたのだそうだ。
カフェには「先に行っていて」とは言われたがそれもなんだか悪いので聖堂を出て少し裏に回ったところ(ここならイーガ先輩に出くわすこともないだろう)で待つことにした。
「ちょっとアビーあれ」
不意にクレアがあたしの服を引っ張り、ささやく。
クレアが指さした先には先ほどの集会で中心になって話していたおっさんと他の反エメラルディアの人達だろうか?それからなんだかガラの悪い人たちが話している。
そして聖堂の中に彼らは入っていく。
「ちょっと行ってみようか」
「そうね」
あたしはレジーとアニスに「トイレに行ってくる」というと裏口から聖堂に忍び込む。
先ほどまでの反エメラルディア派の人たちの講演会も聖堂には妙な居心地の悪さがあったのだが、今度は何か無機質で冷たい悪意のようなものを感じる。
あたし達は見つからないように慎重に、それでいて見つかっても言い訳ができるようにどうどうと廊下を進んだ。
「見失っちゃったね。どうする?」
あたしは小声でクレアに問いかける。
「もうちょっと行ってみよう」
「そうね」
今、仮にここで悪事が行われていたとしてもよほど決定的な証拠がない限り、騎士学校の生徒とはいえ、まだ学生でしかないあたし達に彼らをどうこうする権限はない。まあ、警邏隊の活動を手伝っている時は正規の隊員の指示の元であれば多少は認められているが、今は完全にプライベートだ。もし、この間の様に無茶をすれば今度は停学では済まないかも知れない。
ただ、それでも何らかの証拠や情報が掴めればと思ったのだ。
「アビー。もしもの時はいつも通りにお願いね」
「OK」
訓練の時はクレアとあたしはルームメイトということもあってか、授業でコンビを組まされることが多い。その際、全体的に成績の良いクレアが前衛で、魔術に限って成績が良いあたしが後方からの援護を担当している。
「さて」
あたしはそう言うと短く呪文を唱える。
「ちょっと、アビー」
するとクレアが慌てたように声を出す。
通常、魔術を行使しようとするとその規模に関係なく、周囲の人間は余波のようなものを感じる。
だけど、
「サーチ」
「あれ?」
あたしの発動の言葉を聞いた後、クレアは間の抜けた声を上げた。
「アビー。驚かさないでよ。探索系の魔術を使うのかと思ったじゃない」
口をとがらせるクレア。
「使ったわ。最近、この程度なら殆ど余波を出さなくていい方法があるの知ってね」
「そうなんだ。良かったらボクにも教えてよ」
「いいよ。でも、学校とか騎士団の人の前で使うのは控えてね」
「え?どうして?」
クレアは不思議そうな顔をして尋ねてくる。そしてはたと気づき。
「まさか禁呪じゃないよね?」
するどい。
「最近、読んだ本に載っていてね。禁呪ではないけど、使われている理論が結構危険な術の副産物らしくてね」
これは本当。しかし、クレアに納得した様子はなく、
「アビー。何か隠しているでしょう?」
と尋ねてきた。
「……気のせいだよ」
「それなら良いけど、いくら魔術のことが好きだからって、逮捕されるようなことしちゃだめだよ。ボクらは正規の隊員ではないとはいえ、警邏隊の一員なんだからね」
「わかっているよ」
でも、もう手遅れです。そして耳が痛い。
もっとも、今、使った術事態はクレアに話した通りの効果しかない。ただ、載っていた本というのがクラフトさんの家で見つけたライオールの日記であり、読むことはもちろん無許可で所持しているだけで重い罰則が課せられるのだ。
でも、バレたり誰かに迷惑をかけなければ平気である。
「本当に分かっているのかなぁ?」
疑い深げに問いかけてくるクレア。
「それよりこの先二つ目の通路の先にある。礼拝堂かな?そこに人が集まっているみたい」
「了解。じゃあ、まずは行ってみようか。アビーの素行については、今夜、問いただせばいいことだし」
「いや、問いただす必要はないから」
そこで軽口をやめ、あたしたちは礼拝堂に向かう。
途中、幸運にもあたし達は誰にも会うことはなかった。人払いでもされているのだろうか?
あたし達は不気味なものを感じつつも閉ざされた扉に耳を当てて中の様子を探る。
一応。先程の探索魔術と同じ要領で魔力の余波を抑え、より正確に中で何を話しているか聞けなくはないのだけれども、うっかり呪文が中へ聞こえたらもともこうもないのとクレアには今さっきのことを忘れて欲しいので、これ以上の使用を控えることにした。
まあ、忘れることはないだろうけど……
とにかくあたし達が耳を済ませて扉を挟んで礼拝堂の中からは男たちが話すことが聞こえた。
「ブレッシング……です」
「そう……してくれる……どうだ?」
「ま……500です。他都市……ンバーを入れて…………情けない……りです」
「…………仕方ないだろう。我々の……はりさびし……」
今後も集会を開き同士を一人でも多く募ろう。決行日は近い」
「私も……」
「……司祭……」
礼拝堂の中で何を話しているかは聞こえなかった。しかし、ブレッシングという単語には聞き覚えはある。ここ最近出回っている脱法ドラッグの一つだ。
少量であれば筋肉の増強効果と精神を高揚させる効果があり、逆に一定以上体内に入ると今度は逆に意識を酩酊させ、また、筋肉を弛緩させるという話だ。
今のところ軽い依存性がある他に目立った副作用はないため、法的には禁止されていないが、ここ最近使用者による事件が問題視されていたり、体質によっては翌日に副作用で体調を崩す者もいるらしい。
彼らが何故そんな話をしていたのか、そしてただならぬ口調で言っていた決行日という言葉が気になる。
「動くな」
唐突に背後から声がしたかと思うと背中にごりっと堅い物が当たる。
どうするかクレアに目配せを送るが彼女の方も余裕はないらしい。ひとまず声の主に従い、様子を見る他ないだろう。
「手を挙げて静かにゆっくりこっちを振り向け。変な気は起こすなよ」
あたしは言われたとおり手を挙げ、ゆっくりと振り向く。そして――
うっかり大声を出しそうになる。
ひとまず気持ちを落ち着け、先ほどまであたし達の背後を取っていた人物の名前を静かに呼ぶ。
「ミニョ。いったいどうしたの?」
するとミニョはあたし達に押しつけていた二丁のパイプのついた道具をどことなく修道服の中にしまい。
「それはこっちのセリフだよ。ここは基本、関係者以外立ち入り禁止だよ。バレないうちに行こう」
そう言うとさっさと裏口の方に向かって行く。
その後、レジーとアニスと合流してカフェへと向かった。