アビゲイルと友人たち2
今でもあまり変わらない気はするがあたしはどうにも物事を自分の中で完結しがちな子供だった。どうにも人付き合いが苦手で人見知りをしてばかり。物心ついてから人に聞かされた話だが、信じがたいことに、最初、母親のことすら恐れて何かと苦労をかけたらしい。
まあ、そんな子供だったものだから、友達もできるわけもなく本ばかり読んでいた。
ある日のジュニアスクールでちょっと気になる話を小耳に挟んだ。しゅわしゅわと泡のでる湧き水の話。本で読んだことはあったけど、まさか近所にあるとは思っていなくて本で調べても分からなかったから、クラスメート達の話から場所を割り出そうと必死で噂話に耳を傾けていた。
まあ、そんなあたしの態度があまりにもあれだったのだろう。その時、一緒に行かないかと声をかけてくれたのがレジーナとミニョンの二人なのだ。
あたしはどうにも人と一緒にいるのが苦手でいつもだったら断るところだった。けれども、その時ばかりはどうしても泡立つ湧き水を飲みたい、にも関わらず、情報のなさに途方に暮れていたので二人の申し出に素直に従うことにしたのだ。
ただまあ、実際行ってみると二人もそんな詳しい場所を知っていたわけではなく、迷いかけてしまい、まあ、それでも何とか湧き水かでたどり着いたのだ。
「やあ、お月様がきれいだね」
のんきに言うミニョン。
「やっと、着いたわね。でも、ちょっと聞いていたのと様子が違わない?」
「そうなの?」
困惑するレジーナにあたしは聞いた。なにせこちらは先導する二人にただひっついてきただけなのだ。
「ええ。岩から湧き出しているんだけど、こんな崖の横じゃなくて、なんか洞窟があってその中にあるらしいの」
「何でも良いじゃん。早く飲もうよ。んで、持って帰っておこずかい稼ぎしよ」
背中の大荷物――なんかでかいタンク――を取り出し言うミニョン。
「でも、この水。ちゃんと飲めるのかしら?」
「調べてみるね」
そう言うとあたしは自宅で用意してきた水質検査用の呪符を取り出し、湧き水を数滴垂らして呪文を唱えるとたちまち呪符は色を変える。
「うん。大丈夫。危ない雑菌とか成分とかは無いみたい。ちゃんと飲める水だよ」
「へぇ、そんな紙切れで分かるんだ。というか、アビー、魔術使えるなんてすごいね」
「そうかな?でも、これはちょっと勉強して準備さえすれば誰でも使えるよ」
ミニョンの大袈裟な賞賛にあたしはそう答える。
「そうなんだ。アビーいつも本、読んでるもんね。やっぱそういう本が多いの?」
「うーん。色々かなぁ……魔術はそれなりに興味がなくはないけど、小説とかマンガとかも読むし、色々だよ」
「そうなんだ」
「はい。二人ともどうぞ」
「サンキュー」
「ありがとう」
レジーナにカップに入れた水を手渡され、ミニョンとあたしはそれぞれ受け取り、三人で乾杯した。
その後、湧き水を三人で順番に持って運び、街に戻った頃にはかなり遅い時間だったものだから、探していた大人達にさんざん怒られた。
まあ、それがあたしの二人との馴れ初めだ。
それから二人は何かあるたびにあたしのことを誘ってくれた。最初、あたしは二人のことを警戒して(水質検査の呪符を持っていたのもその一環だった)いたのと馴れ馴れしく「アビー」と呼ばれるのも嫌だったのだけど、いつの間にかそっちの方がしっくり来るようになって、あたしも二人のことをレジーとミニョと呼ぶようになり、二人といるのが当たり前になっていた。そしてあたしの人見知りも彼女らを通じて仲良くなった人たちと話すうちにだいぶ収まった。
ただまあ、勘違いしないで欲しいのは、今のあたしがあるのは話しかけてきたのが彼女たちだったからなのだ。多分、あの時、話しかけてきたのが他の人だったら、あたしは話を断ったと思うし、今も完全に一人で自分の世界を生きていたと思う。
◇◇◇
いよいよ、待ちに待っていない休日。
どうしょうもない、何の足しにもならない集会にミニョとレジーの二人とクレアにアニスを巻き込んでしまい申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「さて、どうしたらバックレられるだろうか……」
陰鬱な気持ちが思わず口から漏れる。
「アビー。流石にそれはまずいって。それに話を聞くくらい良いんじゃない?
今後のなんかの参考になるかもだし」
「参考ね……」
クレアがあたしのグチをたしなめてくるが、申し訳ないが同意しかねる。
「まあ、キース先生の話で耳にタコができているか……」
「うん」
今度はあたしも素直に返事をした。キース先生とは教官の一人で、あたし達、一年の授業も受け持ってくれているのだが、エメラルディア憎しで何かと授業を脱線させる困った人なのだ。
エメラルディアとの戦争の際に戦友と片足を失ったということを考えれば憎む気持ちも全く分からなくもないが、平和になった今の時代にエメラルディアに対する敵対心をあたし達に植え付けようとするのは止めていただきたいものである。見事に実を結んで真に受ける生徒もいるし、そいつらの行動がイーガ先輩を介する形であたし等まで巻き込む形となっている。イーガ先輩もそういう鵜呑みにした困った人の一人なので、文脈的におかしいのだが――
「騎士学校は色々大変なんだね」
あたしがげっそりしていると、同情するように言うアニスが言ってくる。
「うちの学校にも反エメラルディアの人はいるけど、そんなに熱心じゃないからね」
「そうなんだ」
「うん。ほら、デモ活動とかしている人見てなんかかっこいいと勘違いしちゃった男子とかが言っていてね。あとはまあ、そういった子を彼氏にしている娘とかがつきあいでね。
ただ中には、強引な勧誘しているのもいてね。そういうのたしなめるのもなかなか疲れるよ」
「委員長は大変だね」
ため息をつくアニスに笑いながら労うクレア。一方であたしは改めて申し訳ない気持ちになってしまう。
「せっかくの休みなのにごめん」
あたしは謝る。しかし、アニスは全く気にかけない様子で手を振り否定しながら、
「大丈夫だよ」
と言う。
「確かに学校で無茶な勧誘している人たちを注意するのは大変だけどさ。あいつらの言っていることって基本的に誰かの受け売りなんだよね。だからさ、その発信源を知っておけば今後言い負かすのがもっと楽になるかなって思ってね」
「そうなんだ。ありがとね」
あたしは彼女の言葉になんと言って良いか分からず、ただ、少し気が楽になった感じがしたので感謝の言葉を口にした。
「お礼を言われるようなことでもないと思うけどな。
まあ、それとは別にレジーナとアビーの友達だっていうシスターさんに会いたいのが一番の理由かも。すごい仲良かったって聞いてる」
「うんうん。あたしも気になる。それにレジーナともまだ何回かしか会ったことないから、もっといっぱいおしゃべりして仲良くなりたかったんだよね」
楽しげに言うアニスとクレア。そしてクレアはしょうもない冗談を付け加えた。
「それでね、二人に言おうと思うんだ「アビゲイルさんを僕のお嫁さんにいうださい」って」
「絶対、言わないでね」
あたしは即座にそう言う。
あの二人のことだ、そんな冗談を聞いた日にはどんなにめんどくさい冗談を被せてくるか分かったものじゃない。
「まあ、もう聞いちゃったんだけどね」
「うう……いつかアビーもお嫁に行ってしまうって分かっていたけど、やっぱりお姉さん悲しいな」
しかし、どうにも遅かったらしい。背後から聞き覚えのある鬱陶しい声が聞こえてきた。
「あー、はいはい」
あたしは疲れを感じながら振り向き、いつの間にかやってきていたミニョとレジーの言葉にあたしは適当に相づちを打つ。
「レジー、ダメだよ。送り出すときは笑顔でないとって聖書にも書いてある」
いつも持ち歩いているのか妙に分厚い本を取りだして言うミニョ。
仕方なくみたいなことを言っていた割には意外と熱心である。というか、こういう冗談に使っていいものなのだろうか、それ?
「あたしフォルトゥナ教徒じゃないから関係ないわ」
「ふむ。それなら複婚も同性婚も問題ないね」
「いや、法や倫理、あと生理的に問題あるから」なんて言ったら更にめんどくさい流れになるんだろうな。
「ああ、アビー何か言いたそうだね。両手の花だけじゃ飽きたらず、このあたしもって思っているのかな?
曲がりなりにもあたしは修道女さんだからね。君の思いには応えられないや」
うっとりと両手を赤らめた頬に当て、気持ち悪く身をよじらせるミニョ。
いや、応えなくて良いし、そんなこと思っていないし、そもそもシスターの格好でそういう冗談はやめて欲しい。ただでさえ目立つのだ。
「で・も、アビーがどうしてもって言うなら、戒律もなにもかも投げ出して、アビーにあたしをあげても構わない。アビーの為なら世界を敵にまわせる!」
何か格好良さ気なことを言うシスター。うん。だから、その格好でそう言うことを言うのはやめろ。変なプレイをしているみたいじゃないか。というか、普通の格好でもやめろ。
「ミニョ……とりあえず、あたしにはそう言う趣味はないから」
あたしはミニョにそう言った。なんか自分でも分かるほど、疲れた声だ。
しかし、ミニョはそんなことはお構いなしに
「いやいや、アビーの気持ちはよく分かっているから平気だよ」
「いわゆるツンデレよね。昔から」
いや、分かっていないだろう。そして誰がツンデレだ。
「ちなみにジュニアスクールのころは髪を伸ばしてツインテールにしていたのよね」
「ほほう。それはボクも見たかったな。アビーが見た目でもツンデレ宣言してたころか」
興味深げに言うクレア。しかし、いったい何を言っているのか訳が分からない。
「そう言えば、ミドルスクールに入った頃、ばっさり切っちゃったよね」
「ダメよ。ミニョ。もう三年たったとはいえ、アビーの失恋の記憶をえぐるようなこと言っちゃ」
その時、一番しつこくからかってきたのはレジーだった気がするのは気のせいだろうか?
「一応、言っておくけど、あの時切ったのは邪魔だったからよ」
当時、賞金稼ぎに憧れ、格闘技を始めたのだ。長すぎる髪は何かと邪魔で部活の仲間にも迷惑をかけることが多いだろうと思い切ったのだ。
まあ、長い髪にはそれなりに愛着があったので新しい出発への清々しさと共に多少の喪失感がなかった訳ではないが、生憎、失恋はしていない。
ちなみにライオールの日記によれば彼は失恋を経験し、それでも尚彼女のためにといくつか実益などを無視した魔術を開発したようだが――
まあ、そんなことより、
「今日はみんなごめんなさい。あたしがうっかりしていたばかりに」
と、あたしは謝罪の言葉を口にした。
「また、謝る。アビーは気にしすぎだよ」
アニスが言う。
「そうだね。この間からそればっかり、気にするほどのことじゃないのに。
同じ部屋だから、何度も謝られて、もう、耳にタコができちゃうよ」
「ご、ごめん」
クレアの言葉にさらにあたしは申し訳なくなって謝る。
「ほら、また」
「まあ、アビーだし。昔からこんな感じだったわよね」
「とにかく行くだけ行って、適当に聞き流しておこうよ。あたしもそんなどうでもいいことよりもその後のご飯が気になる」