アビゲイル謹慎を食らう
色々と粗はありますがせっかく書いたので公開。
誤字脱字誤変換が多いですが、もし、よろしければ
その時は何と言うか、まあ、あたしは浮かれていたのだと思う。だから、なんでもできると思い込み、老夫婦を突き飛ばして走って来た男をむんずと掴み
「ふざけるな!」
と、一喝。そのまま地面に叩きつけ、腹に爪先をめり込ませると、さらにそのままとどめの一撃を喰らわせようとしてしまったのだと思う。
「アビー、すごっ」
一緒にいた友人のアニスが目を丸くして言う。その言葉にあたしはハッとなり、大きく振りかぶった足を止めたことにどれ程の意味があったであろうか?
結局、反撃のために立ち上がろうとする男の顎を蹴りあげたので、男の意識が飛ぶのが数秒遅れた程度の違いしかない。
仮にここが戦場であったのならば、この遅れは致命的なものとなったのだろう。
しかしだ。
ここは戦場などといった物騒な場所ではなく、平和そのもののウィンディスの街である。
いくら男が何か訳の分からない戯言を大声で撒き散らしながら、多少の暴力行為をおこなっていたからといって、暴力止める訳にはいかない。それをやっていいのは騎士団の正規のメンバーくらいである。
そういう意味で、最初の一撃の時点ですでにあたしの行動はアウトなのだ。
誰かが気を利かせて呼んだか何かしていたのだろう。
あたしがその場を離れる暇も無く、騎士団の警邏隊が現れ、あたしは任意同行というか、そのまま補導されることとなった。
「アビゲイル・テネブライ。騎士学校の生徒ということで間違いないな?」
「はい」
詰め所でしゅんとなり、あたしは警邏隊のしかめっ面で、タバコ臭い騎士の問い掛けに答える。
「いくら騎士学校の生徒だからといってあれはやり過ぎだ」
「はい」
しかめっ面の問い掛けにあたしは再び力無く答える。
そうなのだ。むしろやってはいけないし、私闘は校則でも堅く禁じられ、退学ということもありえる。
「とはいえ、話を聞く限り君の行動は義憤によるものだ。学校の方には連絡を入れない訳にはいかないが、せいぜい数日の停学で済むよう言っておこう」
「ありがとうございます」
有り難いのかそうでないのかよく分からないがあたしはとりあえずそう答えた。
そして翌日、学校で呼び出されたあたしには一週間の停学が言い渡された。
さて、まあ、罰として言い渡された反省文に書く訳にはいかないことなのだけど、なんであたしがああいうことをしたかというと少々有頂天となり、慢心していたからなのだと思う。
あたしとルームメイトのクレアは今年から入学が許された数少ない女子生徒なのだけど、残念なことにあたしはどうにも落ちこぼれなのである。
通常の学科科目は取り立てて成績が悪い訳ではないのだが、実技のほうが落第すれすれ。別にミドルスクールの頃は運動が苦手という訳ではなかったのだけど、悲しいかな、その程度では騎士学校の訓練にはとてもついて行くことが出来ず、最近では学科科目にすらその影響が及びつつある。
ただ、あたしも実技の全てが苦手という訳ではなく、唯一、魔術だけは得意なのだ。
長時間に及ぶ実技の訓練の中でフラフラになっているような状態でも、どういう訳か魔術だけはなんの苦労もなく出来るのだ。
最初のうちは出来て当然くらいの気持ちでいたので、なんとも思ってはいなかった。しかし、気づいて見れば魔術だけは学年でもトップレベルとなっていた。
そこで担任のカトレア先生の勧めでフリーの魔術研究科であるクラフトさんを紹介してもらいそこに通っている。
そしてあの日は彼のもとで大掃除を手伝っている時、「その山の中に欲しい物があったらどれでもあげるよ」と言われ、その中に紛れ込んでいた数冊の貴重な本を見つけてしまったのだ。
それらはライオールの日記と呼ばれるもので、かつて魔王と呼ばれた者の一人でもある覇王ライオールがその魔術や魔導の研究成果、理論などを記したものだ。
その写本や数巻のみ残る原本は現代魔術の基礎となっている。一方で危険な、または人道に反した術式なども幾つか記されていたために原本は勿論、王都の中央図書館などにある写本すら閲覧には厳しい制限がある。
まあ、そんなものが一介の町の魔術研究家のところにある事自体がおかしいのだけど、あたしは読んでみて愕然とした。あたしの知識ではまだまだ理解が及ばない部分もあるものの、そこに書かれた内容は画期的出ものばかり興味深く、また、幾つもの恐ろしい術や魔導具について書かれていた。精神支配に錬金術を利用した呪い、存在率というものの発想とその変換といった世界の法則を根本から捻じ曲げかねない術式などまさに禁じられるにふさわしい内容だった……理解できない部分やここにある本ではまだ完成に至ってない部分も結構あった。だから、読んだからといってすぐにできるわけでないけど、あたしは驚き、少し恐ろしくなった。そしてクラフトさんに本のことを少し聞いてみた。いくら勝手にもらっていいと言われていたとはいえこれはさすがにまずい。
しかし、どうにもクラフトさんの反応はどうにも要領を得なかった。あたしが読んでも問題無さそうな部分について内容の話もしてはみたのだけど、話は完全に食い違っていた。
最初、冗談で言っているのかもと思いアニスにも少し見てもらったのだけど、やはり同様だった。
どうにもおかしく、だからこそ一層強い興味を覚えたあたしはありがたく頂戴することにした。
少し怖くはあったけど、それ以上に興味が強かった。多分、これらはライオールの日記の失われていた原本の間違いはないだろう。
そうでなくても何らかの魔導回路が備わっていると見て間違いない。真贋を問わずに魅力的な研究対象なのだ。
まあ、そんなわけで浮ついていたあたしは何を勘違いしていたのだか、上手く暴漢を制圧できると思って行動に出た結果、やりすぎてめでたく停学を食らう羽目になったのである。いや、まったくめでたくないけど。
さて、停学の間、何が辛かったといえば取り立てて大きな問題はなかった気がする。
体術などのほとんどの実技は落ちこぼれのあたしにとっては、今更一週間遅れたところで大した問題ではないし、また、学科についてはルームメイトのクレアに授業の内容を教えてもらっていたので特に遅れることもなかった。また、魔術に至ってはライオールの日記とじっくりと向かい合う時間が取れたので、捗ったくらいである。
ただ、あまり出歩くわけには行かないので、すぐに外で術式を試したり、分からない箇所を調べに学校やクラフトさんの私設図書館を利用できないのが辛かった。
また、反省文にもなかなか苦戦した。
小論文や魔導実験のレポートなどならば、たかが原稿用紙の十枚なんてなんとも思わないが反省文となると別だ。1枚半書いた時点で力尽きた。
『私は短絡的でおバカなことをしてしまいました。以上』
他に一体何を書けばいいというのだろうか?
とにかくあたしがしてしまったことが原因で色々とおこりうる可能性を考えて書いてみたがどうにも埋まらない。
クレアやアニスにも相談したけれどどうにもならない。
「うーん。適当でいいんじゃないかな?」
「アビーならなんとかなるよ」
こういう時、優等生は当てにならない。あたしは頭をわしゃわしゃとかき回し唸る。
そして、いよいよ最終日。ちまちま書き続けていた反省文をなんとか完成させて、そのまま机の上にあたしは突っ伏して大きなため息をついた。
「あ-、もう二度とごめん」
「お疲れ」
思わず漏れた呟きに、明るくクレアがねぎらいの言葉で応える。
「これでまた、明日から一緒に学校に行けるね」
「そうね……でも、明日は野外訓練の日か」
あたしは明日のカリキュラムを思い出し、鬱になる。
「アビーはあまり体力ないからね」
「いつも迷惑かけてごめんね」
野外訓練は実戦を想定して行われるものが多く、体力が必要なものが多い。また、内容によっては班に分かれての訓練となるのだが、落ちこぼれのあたしはメンバーに迷惑をかけてばかりなのだ。どうしてこうなのだろうと情けなくてしょうがない。
しかし、クレアはあたしを慰めようとしてなのか
「いやいや、今更気にしないでよ」
と、気楽に言ってくる。
「それに体力なんか、そのうちつくよ。アビーだってがんばっているんだしさ」
「そうかな?」
「まあ、そんなもんだと思うよ。それにボクらだってアビーに助けられている部分もあるしね」
そして、クレアは少し声の調子を落として言う。
「昨日あった魔術の集団詠唱の訓練だけどさ。アビー一人減っただけなのに術の制御にてこずっちゃってね。
アビー、コツかなんかあるの?
今までなら一人減ったぐらいじゃ特にかわらなかったでしょ?」
「うーん、詠唱のタイミングや強さ、通す魔力の量とか一応みんなを見ながら変えてはいるけど、ちょっと説明しにくいな……どうしてかってところまで踏み込むとまだ授業でやっていないところだから、ちょっと長くなるけど――」
「いい、やめておく」
「そう?」
あたしがどこから説明しようと考える間すら持てないタイミングで拒絶するクレア。説明する気満々だったあたしは少し残念な気持ちで聞き返した。
「まあ、でもやっているとぴりぴり感じたり、心臓が強くトクンってなるような前兆みたいの感じないかな?」
「うーん。分かるような分からないような」
「あたしの場合、いつもふらふらだからそういうの感じやすいのかなぁ」
「アビー体力ないもんね。
……あ、でも、体力が無いことが魔術の才能に繋がるのならば、あまり頑張れ、頑張れと言わないほうがいいのかな」
そう言うと、クレアは冗談とも本気とも着かない顔で唸り出した。
まあ、真面目な話。
魔術とは言って見れば魔法を利用して行う世界への反逆のようなものである。簡単な術であるならば一応世界の法則の中で収まるため問題はないが、ある程度高度なものは世界の法則をごまかすため少なからずなんらかのリスクを負うこととなる。
とはいえ、禁呪とされるものを除けばたいした問題はないのだけど、あたしの場合、たいてい訓練でふらふらなので、世界からの制裁の影響が大きいのかもしれない。一言で言えば、弱っている時は風邪をひき易いみたいなものなのかもしれない。
そう考えると、今後何らかのリスクが生じてくるか分からない。徐々にでも良いから体力を付けていこうと思う。
「お風呂行ってくるね」
気持ちを切り替えあたしはそういう。
「お、ボクも行くよ」
クレアがそう応える。そして二人で浴場に向かい、それから寝る準備をすることにした。
明日は久しぶりの学校だ。訓練にも万全の状態で挑みたい。
翌朝、あたしは簡単に身支度を済ませると朝食の前に談話コーナーの一角に置かれた新聞を手にとった。
寮の談話室には、主だったところの新聞が一~ニ部ずつ置かれている。けれども朝食の後だと誰かが読んでいて空いていないことがあって読め無いことも多い。しかし、この時間なら確実だ。
クラフトさんもとっていてあたしもお気に入りの新聞。アメシスト社の朝刊を手にとり、とりあえずは一面から見出しを流し読みをする。
『エメラルディアとの和平。反対の声大きく』
『増税に国政議会、大きく割れる』
『ディアナでホムクルと思われる遺跡を発見』
『フローライティア初の魔法学校。校舎完成。いよいよ来年開校』
『クリシュナ繊維。洗濯不要の新魔導繊維開発に成功。』
『ファルファッレ商会。ミーミル鉄道の株式買収は観光業への布石』
『広がる脱法ドラッグ。殺人鬼も常用の疑い』……
……
いくつか気になる見出しがあった。まずは魔法学校の話。あたしはどうにも体力がないが魔術については人よりも秀でているので、魔法学校に編入してみてはどうかと勧められている。確かに魔術や魔導回路について興味はあるのだけど、騎士になるという夢はそう簡単に捨てるのも難しい。
ミドルスクールの新入生オリエンテーションの時にあたしはある事件に巻き込まれた。ジュニアスクール時代からの友人と新しい友人、みんなでスタンプラリーで街を回っていた時のことだ。たまたま近くで強盗をして逃げてきた男とはち合わせてしまい、友人の一人が人質にされてしまった。
あの時、女でありながら賞金稼ぎとして活躍する彼女に出会った。
人質を取り抵抗する犯人に騎士達は手をこまねいているしかなかった。
そんな中、颯爽と現れあたしの友人を助け、犯人をあっという間に助けてしまった彼女はあたしにとって憧れの存在だ。今頃どうしているだろうか?
彼女を目標とし、部活で拳法を入ったり、また、騎士学校での女子生徒の募集が始まった時はすぐに応募を決めた。
また、あの時の騎士たちは彼女に比べれば色あせて見えはしたけれど、騎士になるということは、警察庁に入れば人々を犯罪者から守る仕事ということには変わらない。また、賞金稼ぎを生業にする人達の中には元騎士という人も少なくなかったり、騎士団の仕事の一部を請け負うこともある。
また、騎士になれば戦いや調査のノウハウなども訓練や実戦の中で身に付けていけるし、賞金稼ぎになった後も「元騎士」という身分は社会的信用にもつながる。
だから彼女のように人を守れるようになりたい。その為にはやはり騎士になるのが一番だろう。
一方で魔術や魔導工学などいわゆる魔法技術にも興味もあり極めたいとも思う。
ただ、それは純粋な探求の興味とは言い難い。どちらかというと、強くなるため、足りていない体力を補うために求めている部分があって、純粋な探求心があるかと聞かれれば、正直は自信がない。自分の力を高めることにつながるので研究や勉強は楽しいが、ただ一途に深淵を目指すとなると少し違ってくるのだ。
魔の根源、いわゆる真理に辿り着きたいという気持ちがないわけじゃない。だけど、あくまでそれは力への渇望が基本で、どの程度知識欲が原動力になっているか自分でも分からないのだ。
ただ、魔法が楽しいのは間違いなく、正直に言うと少し心が揺らいでいる。
次にエメラルディアとの和平の話。あたしが生まれるつい数年前までこの国フローライティアとエメラルディアは戦争状態にあった。戦争状態と言ってもあちらこちらの国に侵略していたエメラルディアに対し、フローライティアは侵略を受けた国への支援という形で参加していたために、あたしの親達以上の世代にとってもあまりピンと来ない人が多いらしい。ただ、当時、戦争の中心人物にして先代のエメラルディアの女王であったモリガン一世の暗殺の成功を境に戦況が一変したのはよく知られた話だ。
王の死にエメラルディアの軍が大きく撤退したことから、いよいよフローライティアを中心とした連合軍の勝利で戦争は終わると思われた。しかし、そのニュースの直後、魔術によって生み出され一筋の光の柱が連合軍のキャンプに落ちたのだそうだ。
そして、さらにエメラルディアからフローライティアの王城などいくつかの重要施設にも同様の魔術が撃ち込まれ破壊された。
それは当時、若干12歳で王位を次ぐこととなるモリガンニ世が放ったものだった。
通常、遠距離にある建造物を壊せるほどの大規模魔術は複数人で行使するのが一般的である。
しかし、彼女はそれをたった一人で行い、人々を震撼させたのだ。
若すぎる年齢の女王が相手とはいえ、このままではフローライティアは滅ぼされる。いや、幼いからこそより苛烈な行動を取ってくるかもしれない。
そんな不安が人々の心をよぎった。
なにせ彼女の力は唯一現存する伝説。五大魔王の一柱に数えられていた先代のモリガン一世を大きく超えていたのである。
しかし、結果は呆気ないもので、さほど間をおかずにエメラルディアから休戦の申し出があり、戦火は終息へと向かったのだ。
こうしてフローライティアの多くの国民にとって対岸の火事だった戦争は一瞬だけすぐそこに迫ると、あっという間にどこか遠くへ去っていったのである。
その為かこの事については一般の人に加え、ある一定の世代以下の騎士団関係者ですら、当時前線にいた騎士達との間には大きな隔たりがある。あたし自身も学校では比較的ベテランの教官から当時の聞くことがよくあってもいまいちピンとこない。
とはいえ、教官達の言葉を真に受けエメラルディア憎しの啓蒙活動?らしきものに熱を入れている生徒も決して少なくはない人数がおり、あたしとしては彼らとあまりお近づきになりたくないのが正直なところだったりする。
「さてと」
そろそろ朝食にしようと立ち上がる。
「アビー。おはよー」
「おはよう。クレア」
あたしは元気いっぱいのクレアの挨拶に笑顔で返した。
「相変わらず熱心で偉いね。何かおもしろい記事あった?」
「まあ、いくつかね」
あたしがそう応えるとクレアはあたしが先ほど置いた新聞を手に取り、ぱらりと殺人鬼に関する記事を指さして
「ふむ。謹慎明けなのに一人でこれに挑もうとか考えているとか?」
「ないない」
あたしは手をひらひら振って否定する。
まあ、気にはなっていたけど、どうしたらそんな結論に結びつくのだろうか?下手に首突っ込んで何かの弾みにまた謹慎を食らうような自体は避けたい。
「まあ、ちょっと悩んでいてね」
「ふーん。そうなの」
気のない返事に少し寂しい反面、あたしはほっとする。魔法学校への編入はクレアと分かれることを意味するのだ。まったく会えなくなるわけではないけど、ここから離れたところにできるので引っ越しは避けられないし、当然学校で会うこともできない。