雨に濡れて―それが出会い―
学校からの帰り道
雨の中で一人、傘も差さずに立ちすくむ姿があったから、声をかけたんだ。
「風邪を引いてしまいますよ?」
それに対して君は、
「そうですね。親切にどうも。」
そう言ってきた。
ただ雨だけを見つめて、こちらを少しも見ることはなかった。
姿を気にしつつ、その日は家に帰った。
しばらくしてまた、雨の日に立っていた。
今度は傘を手に持って(・・・)。
だからまた言ったんだ。
「風邪を引いてしまいますよ?」
そして
「傘は差さなければ意味がないと思うのですが。」
と。
「僕は泣いているように見えますか?」
突然の質問。
しかしやはり、こちらを見ることはない。
確かに雨でずぶ濡れの君は泣いているように見えなくもないだろう。
だが、
表情は不自然なほど何も浮かべてはいなかった。
「泣いているのを隠すために、雨に濡れているのですか?少なくともその心配は要らないと思いますけど。」
つまり、泣いているようには見えなかった。
「そう、ですか。」
静かに呟いて、歩いて行ってしまった。
…傘を持ったまま(・・・・・)
君の望んだ答えは何だったのか、首を傾けながら家に帰った。
二度あることは三度ある
とはよく言ったものだ。
また君に出会った、よく晴れた日に。
「こんにちは。」
君が憶えているかは分からないが、なんとなく声をかけた。
「今日は雨、降ってないですね。」
君はぼんやりしながら、
「憎たらしいくらいの晴天です。」
とこぼし、初めて会話が成り立ったように思えた。
「なんだ、普通に話せるんですね。」
失礼なことだとは思ったが、表情の動きを見ていると言いたくなった。
「雨が降っているときは、人形みたいでした。」
「人形…僕は生きているように見えますか?」
やはり君は不思議だ。
「会話が成り立っている時点で生きている、と言えるのではないでしょうか。ただ…言ってしまうと、生きてはいても、活きてはいない…そう思えます。」
君の目は暗いから。
「そうですか、やはり僕は…」
君は痛々しく顔を歪めた。
言い過ぎただろうか。
気まずい空気に耐えられず、
「のど、渇きませんか?何か買ってきますね。」
この場を離れた。
ぼそりと「…ウーロン茶」
と聞こえた時には、つい顔がニヤけてしまった。
君の方を向いていなくてよかったと思う。
晴れている日は人間らしさがある。
雨の日に長く話したことはないが。
自販機から戻る。
「はい、どうぞ。」
お望み通りのウーロン茶だ。
「すみません。」
「謝らなくても…ありがとうの方がうれしいです。」
無の顔で言われると怖いから。
「ありがとうございます。」
「…いたっ!」
ニコリと、不意打ちすぎる。そんな顔もできるんじゃないか。
缶が足に当たって痛かった。
「僕には、足りないものがあります。」
君はポツリポツリと話し出した。
「雨で濡れれば補えるかと、そんなバカなことを考えて、いつも雨に濡れていたんです。」
「足りないもの、ですか?」
君は頷き、立ち上がる。
そして、
「なっ!突然なんなんですか!」
殴りかかってきた。
問いには答えず、容赦ない。
「ぐっ、つ~…げほげほげほ」
鳩尾にヒットした。
むせ過ぎたせいで涙が出てきた。
「ああ、羨ましいです。僕には足りないものを、あなたは、あなた達は持っているのですね。」
まただ、顔を歪める。あの雨の日のように。
グッと身を乗り出して、君は頬に手を当てる。そしてゆっくりと涙を指で拭いながら、顔を近づけてきた。
はたから見たらキスでもしているように見えるだろうか。
そんな優しいものじゃない。
そんな甘いものじゃない。
あるのは恐怖だ。
今さらになって、なんで君に関わってしまったんだろう、と後悔が浮かんだ。
少しは仲良くなれたと思ったのに、全然理解できなかった。
「あぁ、羨ましいです。そして、綺麗だ。」
「な、涙なんか綺麗なもんか。…ひっ!」
目を、正確には涙の痕を舐められた。
「しょっぱい?雨とは違うのですね。おもしろいなぁ、あはははは…」
怖い怖い怖い!
君に向って右腕を振りかざした。
「げぼっ、げほっ。」
そのまま君はあお向けに倒れた。
苦しそうにむせているのに、涙は出ていない。
今すぐにここから離れなければという恐怖と、
君の目に映る絶望を知りたいという好奇心で、
離れることも近づくこともできず、立ちすくんだ。
「すみません…暴走したようです。」
「…し、し過ぎ、ですよ。…怖かったです。」
君は腕で顔を覆った。
その動作が泣いているように見せた。
「涙に、触れる方法さえ、僕にはもうわからない…。初めから、こんな状態というわけではなかったんですよ。…おかしいなぁ。」
くぐもった声で話す。
「でも、いつからだったのかも覚えてはいないのですが。どこに消えてしまったのですかね、僕の涙は。嫉妬や羨望、そんな感情を僕は他人に抱いてしまうようで、ずっと離れていたんです。それなのにあなたは……本当にすみませんでした。」
君は立ち上がった。
「あなたにも原因はあるのですから、お互い様ということでお願いしますよ。…ただ、僕という存在はあなたには害にしかならないようですから…もう会うことはないと思います。さようなら。」
そう一方的に告げて歩いて行ってしまった。
「…勝手すぎると思います。あれだけ自分のことを話しておきながら、はいさようなら、で終わりですか?ふざけないでよ。私じゃ何の力にもなれないんですか!」
また会えます、必ず。
寂しそうな目が瞼に焼き付いた。
「今度はちゃんと、友達になりましょうよ。人付き合いっていうものを教えてあげますから…」
君には届かない、私の思い。
雨に濡れて、私は厄介な恋をした。
そしてこれが出会いである。