思いやり
「――義兄さんには迷惑かけてばかりだな」
ぽつりと漏れた独り言を、直隆は静かに否定する。
「違うよ。あんたを心配するのに、迷惑なんてないんだ」
「……」
「それに、心配しているのはアニキだけじゃない」
瞼が震えた。
俺は目を閉じて、肺に溜まった空気を吐き出した。
「ごめんな」
「謝ることじゃないと思う」
「……ごめん」
「あんたは一人じゃないってこと、忘れないでくれたらそれでいい」
直隆はため息をついた。
「時々こうして言葉にしないと、あんたはすぐにはみ出る。面倒くせー義兄だよな」
直隆がわざわざ部屋を訪れた理由。
本当に俺は、心配かけてばかりだ。
軽く、義弟の頭を揺さぶった。
「感謝してるよ、いつも」
「……」
直隆はカップの残りを飲み干して、ゆっくりとテーブルに置いた。
「アニキからの伝言、聞く? あのコについてなんだけど」
あの子、つまり千尋だ。
「いや、いい」
「何で?」
「俺はあの子の家族になれなかった」
「籍が入れられなかった、てこと?」
「あの子を預かったのは彼女の母親だ。だからもういい」
「あんたらしくない」
直隆はソファの背にもたれて仰向いた。
「血なんて、関係ないんだろ? だから俺たちの関係があるんじゃないの?」
「それとこれとは話が違う」
「俺は似てると思うけど。――あんた、好きだったんでしょ? あのコも含めて、ちゃんと好きだったんでしょ? 勝手なこと言うけど、あんたってさ、イイ父親になれたと思うんだよね」
「勝手だな」
「勝手だよ。でも、あんたもずるい。血ってさ、無償の愛を受ける条件みたいなモンだけど、結局は気持ちがなかったら何の意味もないんだ。無条件に、同じ血の人間だからって仲良くできるわけじゃない」
俺が初めて会ったときの直隆は、自分をうまく表現できない人間だった。年の離れた姉と義兄。母親は直隆を世継にさせようと執念を燃やしていた。
彼を彼として見る者がいなかった。
彼もまた、孤独だった。
「俺は……俺たちは、櫻子さんとあんたに教わったんだぜ。家族って何なのか」
「買い被りすぎだ。俺は何もやってない」
「――思いやり」
俺は直隆を一瞥した。
彼は目を閉じていた。
「自然と相手を思いやること。あんたと櫻子さんは、それができてた」
俺は少し面食らった。
「当たり前だろ?」
直隆は笑った。
「――あんたらしいよ。その答え方」
少しの沈黙の後、
さてと、と直隆は大儀そうに立ち上がった。
話は終わった。
「良介、風呂借りるぜ」
友人の顔に戻った義弟は、大きく伸びをしながら去っていく。
その途中で、
「人の好みに合わせて味を調整するなんて、ふわぁ……むずかしいんだぜ」
直隆は、少々大げさに欠伸をした。
俺は苦笑して、彼の着替えを出してやった。
「ありがとな」
直隆は変な顔をした。
「なんだよ、気持ち悪い」
「言いたかったんだ」
直隆の訪問もまた、その思いやりの一つだった。
読了、感謝します!
本当は、もう1つだけ『裏話』を用意しているのですが、
中々思うように書けず、今のところ投稿する予定がありません。
もし、待ってくれている方がいらっしゃったらすみません!
でもいつか、伏線を回収しに戻ってきます!!
やはり、るり姉も書いておきたいですし……。