ずっと訊きたかったこと
衣擦れの音がした。
直隆はリラックスするように首を回した。
「あんたは俺の義兄で、でもそれ以上に友人だ。そうだろ?」
直隆は他人の内面を読むのが上手い。
肯定の意味も込めて、俺は無言で続きを促した。
「でも家族だ。アニキだって、姉さんだって、あんたをちゃんと『弟』だと思ってる」
「るり義姉さんも?」
「もちろん」
直隆はコーヒーを飲み干した。
「次、カフェオレ」
「まだ飲むのか?」
「おかわり」
彼はにっこり笑った。俺は肩を竦めた。
直隆は末っ子というのもあって、義父はどうしても彼に弱かった。
上手い甘え方を心得ているのだ。いつもではなく、時々ねだるというのがコツらしい。
それを俺にも使われると、諦めるしかない。
今度はミルクたっぷりで、コーヒーは少量、濃度は濃くして淹れてやった。
「あんたって、無意識に線引きしてる」
俺は、直隆がカップの中身をフーと冷ますのを見ていた。
「俺たちのこと、ちゃんと家族だって思ってる?」
「思ってるよ」
「今、答えるのに間があった」
「嘘じゃない」
「わかってる」
ちょびりと、直隆はカフェオレをすすった。
「アニキがよく言うんだ。俺の無関心とあんたの気にし過ぎを足して二で割ったらちょうどいいだろうって」
「……否定できないな」
「うん。当たってる。でもそれができないから、アニキの心配性があるんだと思う。それでうまく回ってる。それでうまくやっていけているんだ、俺たち」
やっと、俺はコーヒーを飲み干した。
「……最近、義兄さんどうしてる?」
「あんたと同じ。仕事に没頭してる。そういう現実逃避のやり方って、ホント似てるよ」
直隆はふーっと息を吐き出した。
「まだ、立ち直れない?」
彼は前を向いたまま言った。
たぶん、ずっと俺に訊きたくて、それでも俺を思って訊かなかったのだろう。
つい先日、彼女が亡くなって一年が経った。
直隆は遠慮がちに頬を掻いた。
「俺さ、アニキが泣いた訳……わかる気がする」
「……」
目裏にあの時の義兄の姿が映った。
晩夏の夜。
廊下を照らす明かりが、
床に膝をついて体を震わす義兄を、静かに見下ろしていた。
次回、ほんのちょっぴり回想シーン入ります。
で。
関係ないですが、一応、ここにも書いときます。
『胡蝶の夢』少し手直しを加えました。
よかったらぜひ、読んでください。