直隆の訪問理由
直隆は、一人でパフェを食べに行くほどの甘党だ。
だから、コーヒーはたっぷりのミルクと砂糖を入れて飲むことを好む。
だがそれをすると、せっかくのコーヒーの香りを損ねる。
それも、直隆は嫌う。
つまりは、味にうるさい奴なのだ。
先に生クリームを食べていたから、今日は砂糖を少なめに入れることにした。
コーヒーを淹れて、俺は直隆の隣に腰掛けた。
彼は眉をひそめた。
「今からコーヒー?」
「酒飲むよりはいい」俺はカップを押し付けた。
「ケチ。寝られなくなるじゃんか」
「話の途中で眠られたら困る。義兄さんは何て?」
「何も。今日は単に俺が来たかっただけ」
意外だった。
「ここに来たって、何もないぞ?」
「何もないからいいんだよ。寝るにはちょうどいい。客用の布団があるだろ? あれ、適当に敷くから何も気にしなくていいよ」
それは引越しのときに、なぜか知らぬ間に部屋に運ばれていたものだった。
「あの布団、おまえのだったのか? 置き場に困ってたんだ。また持って帰ってくれ」
直隆はコーヒーを一口すすった。そしてほっと息をつく。
どうやら、味に問題はないらしい。
「俺のじゃねぇよ。でもあれはここに置いとくって決まってるから、捨てないでよ?」
俺はカップを持つ手を止めた。
「決まってる?」
「詳しいことはアニキに訊いて。答えるの、面倒くさい」
直隆は必要によって言葉を変える。父親の前では「私」、姉の前では「僕」、義兄弟の前では「俺」……その呼称に合うように口調も変わるから恐ろしい。
ちなみに「アニキ」と呼ぶのは、俺や友人の間だけだそうだ。
そりゃ、モデルより俳優が向いているよな、と俺なんかは思ってしまう。
直隆の芸能界に入るきっかけは、モデルとしてスカウトされたことだった。動と静。直隆は顔を作るのが上手かった。アクティブな顔と、その端正な顔立ちに睫毛の長さが相まって表現される、どこか人形めいた冷たい顔。そのギャップに、彼は同年代の若者から人気を博したが、業界の人間は彼が潜在的に持つその演技力を見逃さなかった。
そう、演技なのだ。直隆は本音を隠している。
それを見破ることができる人間は、数少ない。
俺はため息をついた。
「――わかった。じゃあ、そろそろ用件を訊こうか」
直隆は無言で俺を見た。
「どうしてわざわざ来たんだ? ただ寝るためだけに、おまえは来ないだろう?」
「……別に。ただ様子を見に来ただけ。会社内でも、アニキとは何も話していないようだし」
「特に何も話す必要がないんだよ」
「避けてる?」
「いや」
ふうん、と直隆はソファの上で胡坐をかいた。
「直隆、今日はよく喋るよな」
「あんたに気ィ遣ってんの。少しは気づけば? 疲れるんだけど」
直隆が俺を「あんた」と呼ぶときは、一応「義兄」だと意識しているときである。
久しぶりに呼ばれたので、ほんの少しだけ口元の筋肉が緩みそうになった。
「なら、普通にしたらいいじゃないか」
「そうしたら無言で寝ちゃうだろ。あんた、どうせ自分から何も話さないだろうし」
当たりだ。
自然と沈黙が流れた。
けれど別に、居心地の悪いものではなかった。
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